第6話 『交流』

 カイトとマホルの関係は日々親密になっていった。

 宿舎でも、カイトはマホルと共有の個室を与えられるようになり、一日の大半をいっしょに過ごした。


 それまで、クラスにいても、宿舎にいても、一人で過ごしていたカイトにとって、いつも行動を共にしてくれるマホルの存在はとても大きかった。


 しかし、初めはマホルと一緒にいるだけでうれしくてたまらなかったカイトだったが、次第にマホルへの態度がぞんざいになってきた。


「マホル、おなかすいたんだけど、何か俺の好きな食べ物出してくれる?」


「……あなたの『好きな食べ物』は何ですか?」


 マホルは困ったように聞き返した。


「そんなのわかってるだろ? 一番うれしいと思う物をおまえが考えて、出してくれればいいじゃないか」


「……すみません、具体的に言ってもらわないと、私にはわかりません」


 その言葉にカイトは苛立いらだった。

 どうして理解してくれないのか、マホルに対して腹が立った。


「もういいや!」


 そう言って、カイトはマホルに背を向けた。

 しかし、マホルは黙ったままだった。

 それにさらに腹を立てたカイトは、マホルを怒鳴りつけた。


「どうして黙ってるんだよ! 俺に興味ないのかよ!」


 すると、マホルは壁に向かって自分の頭を打ちつけた。

 それを見てカイトは驚いた。


「え! 何やってるんだよ! マホル! やめろって!」


 カイトは混乱し、マホルを止めようとしたが、マホルはカイトの手を振り払い、大声でわめき出した。


 その声を聞きつけて、老先生とほかの先生たちがカイトの部屋に入ってきた。


 二人の先生がマホルの体を両側から押さえつけ、部屋から連れ出す。

 追いかけようとするカイトの前に老先生が立ちはだかる。


「君は、わしの言った言葉を少しは思い出したのかな?」


 その声は優しげだが、カイトを見る目はどこか厳しい。


「マホルは君の怒りの感情をまともに受けて、自分の中で処理しきれずに、暴走してしまったんじゃ。よいか? 君の感情はマホルにも強い影響を及ぼす。自分というものがないマホルには、相手の感情と自分の感情の区別がない」


「俺は悪くない! マホルが俺をイラつかせるんだ!」


「マホルは何もしとらんよ。『自分』のないマホルは、人に対しても何に対しても自ら働きかけることはない。そんなマホルの態度に、君が勝手にイラついているだけじゃ」


 老先生の言葉に、なぜかカイトは悲しくなった。


「じゃ、俺はいつも一人ぼっちなんだ……。俺の感情だけが存在するんだ。マホルは俺のことを同じぐらいに大切に思ってくれないのかな。だって、やっとできた大切な友達なんだ……。マホルは俺をどれだけ理解できるんだろう。俺はどれだけマホルを理解できるんだろう。わかんないよ……」


 カイトの目からぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。


 そんなカイトを慰めるように、老先生はカイトの肩に手を置いた。


「一つ言えるのは、変えられるのは自分だけだということじゃ。相手を無理やり変えてしまうことはできない。相手は自分ではないのだから」


 その言葉に、カイトはこくりとうなずいた。


「大事なのは相手を理解しようとすることじゃ。そしてそれと同じぐらい、自分を理解してもらえるよう伝えることじゃ。言葉はそのために使うんじゃよ。時に言葉は破壊をもたらし、時に言葉は希望をもたらす。それが魔法をとなえるということじゃ」


 老先生が言い終わるのと同意に、マホルがまたひょっこりと部屋に現れた。

 カイトはマホルに抱きついて、心から謝った。


「さっきはひどいことして、本当にごめん! 痛かったよね?」 


 カイトはマホルのひたいをそっとなでた。

 その時、マホルの中に何かが流れ込んできた。柔らかく温かな光……。それはそのままカイトの中にも流れ込んでくる。


「『交流』じゃな。まずは最初の段階は合格じゃ」


 そう言って、老先生はにっこりと微笑んだ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る