第4話 契約

 残りの実習期間、マホルの森で、カイトはほとんど毎日をマホルといっしょに過ごした。マホルは何時に現れるかはわからなかったが、カイトに必ず会いに来て、何をするわけでもなく、そばにいた。


 それだけでもカイトにはうれしかった。


 マホルが自分から何かをしてくることはなかったが、カイトが食べたい物を伝えれば、一瞬でそれを用意し、ゲームがしたいとつぶやけば、この世界にあるはずもないゲーム機のようなものさえも出現させた。


 それこそが「魔法」であることをカイトは理解していなかったが、マホルが自分のために何かしてくれていると思うと、自分が必要とされた気がして、うれしくてしかたなかった。

 

 その思いはそのままマホルに伝わり、マホルもまたカイトのことを必要としているかのようだった。


 そして実習期間が終わると、マホルは森を去るカイトに当然のようについていった。



 学校に戻ると、カイトはすぐに老先生に呼び出された。


「ほほう、まさか君がマホルをみつけるとはね」


 老先生は眼鏡をくいっと持ち上げて、カイトの隣にいるマホルをじっと観察した。


「君と同じ姿をしているとは、実におもしろい」


「先生、俺はマホル使いになれますか?」


 カイトは真剣な目で老先生をじっと見た。


「うむ、まずマホルと契約を結んでもらおう」


 そう言って、老先生はノートのような石板せきばんを見せた。


「何ですか?それ……」


「この石板せきばんの上で二人の手を重ねなさい。石板を壊すまでは、二人は離れることはない。これはマホルの魔力を利用した『契約けいやく』だよ」


「……マホルに逃げられないようにですか?」


 カイトはマホルについて今まで以上に勉強していた。マホルには「自分」というものはなかったが、人間が持つ「マホル」の情報を知っているので、カイトが知りたいことは何でも教えてくれた。


 そのため、カイトは、マホルという生き物が警戒心が強く、すぐ逃げ出す特性があることも理解していた。


 カイトの不安が伝わったのか、マホルは今にも逃げ出しそうで、そわそわとして落ち着かない。その様子を見た老先生は慌てた口調でカイトに言う。


「もちろん、君たちの信頼関係を疑っているわけではない。ただ、人には感情というものがある。感情というものはとても不安定じゃ。いつその信頼に亀裂が入るかもわからない。だが契約があるうちは、君たちは簡単には離れることはあるまいよ。見習いの君はまだまだ学ぶことが多くある。用心のためにもこの契約は必要じゃ」


 この学校にいる以上、それは従わざるを得ない校則のようなものだった。


 カイトは老先生の言う通り、石板の上に手を置いた。

 すると、それを見たマホルも、真似をするように、カイトの上に手を重ねた。


 その途端、石板はまばゆい光を放った。

 その光がカイトとマホルを包み込む。

 

 それは不思議な感覚だった。

 とてつもない安心感と強固な何かを得た気がした。


 やがて光がおさまると、老先生はにっこりと笑ってカイトとマホルに言った。


「おめでとう。これで契約は結ばれた。これからは二人で一つ、立派なマホル使いとして成長しておくれ。期待しておるぞ」


 カイトはマホルと自然と手をつないでいた。

 その顔は、大きな自信に満ちあふれていた。


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