第2話 見習いマホル使い

 四人部屋の宿舎には、まだ一人だけ眠っている少年がいた。

 ほかのルームメイトはすでに起きて授業に出ているというのに、彼だけまだ目を覚まさない。


 すると、銀色の長い髪をした老人が現れた。そして、ローブのすそを引きずりながら眠る少年に近づく。


「カイト! 今何時だと思ってるんじゃ!」


 森村海斗はシーツをはぎとられ、ベッドから板床に転げ落ちた。ここでは「カイト」と呼ばれている。


「あれ……俺……」


 強い衝撃と共に宙を舞った記憶と、引っ越し先の東京の中学校での暗い日々、すべてが夢のように思える。


 雨の日の交通事故で、海斗はこの世界に飛ばされたのだ。

 

 ここは魔法を学ぶための学校で、全寮制になっている。


 カイトはつい最近、入学したばかりだった。


 この世界でもカイトに友だちはいない。朝起こしてくれるのも先生だけだ。


 しかし、そんなことはもうどうでもよかった。異世界転生、念願の魔法使いへの道、これからの日々への期待に、カイトはわくわくしていた。


 ところが、授業に出てみると、思っていたものとはまったくちがった。まずは生物学の授業で動植物について学び、次に心理学の授業で人の気持ちや考え方について学び、さらに人とのコミュニケーションの方法についても学ぶ必要があった。


「先生! ちょっと質問があるんですけど!」


 ある日の授業後、カイトが廊下で呼び止めると、老先生は長い銀色のあごひげをなでさすりながら、ゆっくりと振り向いた。


「何かな、カイト君」


「こんな授業、何の意味があるんですか? 俺は魔法使いになりたいんです! 早く魔法が使えるようになりたいんです! 」


「……やれやれ、なるほど。君は根本から理解してないというわけじゃな」


 老先生はため息をつくと、カイトに向き直って諭すように言った。


「まず、魔法を使うのは君じゃなく『マホル』だ。ただし、マホルは魔力を備えているだけで、魔法を発動することはできない。魔法を使うには意志の力が必要じゃ。しかしマホルには意志がない。それをうまく誘導して、魔法を発動させること、それが『マホル使い』の仕事じゃ。

 規律正しい生活は心身ともに健やかな人格を形成し、生物学や対人術もマホルとの交流にはきっと役立つ。君たちマホル使い見習いには必要なものだと思うがね」


「マホル……? マホル使い……?」


 カイトが目をぱちくりさせると、老先生は眉間にしわをよせる。


「君は本当に何もわかっていないんじゃな。そんなんで今度の体験実習は大丈夫かね?」


「体験実習?」


「……あきれた。まだ日程は告げていないとはいえ、クラスメイトもその話題で持ちきりじゃないか。君、少しは周りのことに興味を持ったらどうかね」


 老先生の言葉にカイトはぐっと言葉をつまらせた。まるで友だちができないことを責められているかのようだ。


「まあ、マホルとは個人の相性もあることだし、君には君にふさわしいマホルがいるかもしれない。がんばりたまえ」


 老先生は、顔色を変えたカイトを見ると、励ますようにそう言って、その場を後にした。


「……なんだよ、マホル使いって。この世界では、俺がえらいんじゃないのかよ……」


 カイトはおもしろくない気持ちでいっぱいだった。

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