ストーカー

口羽龍

ストーカー

 明夫(あきお)は彩夏(あやか)をずっと見ていた。だが、彩夏は付きまとわれているのに全く気づいていない。


 彩夏は都内に住むOLだ。ロン毛の茶髪で、黒いリュックに赤いドラゴンのぬいぐるみのストラップを付けている。


 明夫と彩夏は1ヶ月ぐらい前までカップルだった。だが、明夫の素行がバレてからの事、彩夏はその人と付き合いたくない、結婚したくないと思った。そして、彩夏から一方的に別れを告げた。明夫は抵抗したが、彩夏の気持ちは変わらなかったという。


 彩夏は仕事を終え、最寄りの駅で降りた。その後ろを、同じく仕事帰りの明夫が付けていく。だが、彩夏はまだ気づかない。


「あの女・・・」


 明夫は怒っていた。あんなに愛していると言っていたのに。どうして別れなければならなかったのか。何が何でも、もう一度復縁して、結婚してやる。


 彩夏は改札を出た。その後を明夫が追いかけていく。だが、誰もそれがストーカーだと気づいていない。普通のように見ている。


 と、彩夏は誰かの気配を感じ、後ろを振り向いた。だが、そこには誰もいない。一体どうしてだろう。彩夏は首をかしげた。


「誰もいないな」


 何事もなかったかのように、彩夏は家までの道を歩き出した。駅を出てすぐ、女友達の舞(まい)と再会した。舞はこの近くでOLをしている。


 彩夏は今さっきの事が頭から離れない。誰かかが付け狙われているようで気になってしょうがない。


「どうしたの?」


 その様子を見て、舞は不信に思った。何か悩んでいる事があるんだろうか? 悩んでいる事があるなら、話してほしいな。


「誰かに付きまとわれているみたいなの」


 舞は驚いた。まさか、ストーカーだろうか? 大丈夫だろうか?


「そう。大丈夫?」

「うん」


 彩夏と舞は帰り道を一緒に歩いていた。一緒に歩いていれば、ストーカーなんて大丈夫だと思っているようだ。


 だが、全く大丈夫ではなかった。その後も、明夫は彩夏に見えないように付きまとっていた。


 彩夏は住んでいるマンションに戻ってきた。ここは明夫との愛の巣だった。だが、今ではたった1人で住んでいる。それでも、寂しくない。また新しい人を探さなければ。


「じゃあね」

「じゃあね」


 2人はマンションの入口で別れた。舞はその近くのアパートに住んでいる。


 明夫はその様子をじっと見ていた。待ってろ。必ず復縁に持ち込んでやる!


「よし、今日はもう帰ろう。また明日、付きまとってやる。覚えとけよ」


 明夫は降り立った駅に戻った。明日も付きまとってやる! 覚えていろよ!


 明夫は細い道を歩いていた。この辺りは閑静な住宅街で、人通りが少ない。わずかに歩いている人は、どことなく寂しそうだ。


 と、明夫は振り向いた。誰かに付きまとわれているようだ。一体誰だろう。気になるな。だが、そこには誰もいない。


「あれっ!?」


 明夫は首をかしげた。おかしいな。いるような気配はするのに。まさか、ストーカーをしている自分にもストーカーがいるとは。


「おかしいな・・・」


 明夫は再び駅までの道を歩き始めた。歩くにつれて、駅が近づいてくる。駅は多くの人で賑わっている。この辺りとは正反対だ。


「ん?」


 と、明夫は再び誰かの気配に気づいた。だが、ここでも誰もいない。誰かが物陰に隠れているんだろうか?


「誰もいないな」


 結局、見つけられないまま明夫は駅に向かった。徐々に明夫は不安を感じていた。ひょっとして、ストーカーをする自分への報復では?


 明夫は帰りの電車の中、彩夏の住んでいるマンションを見ていた。あの頃に戻りたい。そのためには、もう一度アタックしないと。


「はぁ・・・」


 明夫はため息をついた。彩夏が恋しい。大好きなのに。どうして別れたんだ。もう一度戻って来てくれよ。


「あの頃は楽しかったな。あの頃に戻りたいな。また復縁してくれないかな?」


 明夫は自宅の最寄りの駅に着いた。ここから自宅のあるアパートまでは1分もかからない。目の前に見える。


 明夫は駅前のコンビニに入った。明日は休みだ。今日は缶ビールでも飲んで疲れを取り、寂しさを紛らわそう。


 明夫はコンビニから出てきた。缶ビールと柿の種が入ったレジ袋を右手に持っている。今夜も一人酒だ。寂しいな。恋人だった頃は2人で飲んでいたのに。


 自宅に戻ってきた明夫は部屋の電気をつけた。部屋は少し荒れている。別れてからの事、そのショックで家事があまりできない状況になている。


 明夫は手を洗うとすぐに、買ってきた缶ビールを開け、飲み始めた。向かいには誰もいない。彩夏がいたのに。


 明夫は柿の種を食べた。だが、一緒に食べる人は誰もいない。


 缶ビールを飲み干した頃、明夫は眠気に襲われた。1週間の疲れがたまっているのだろう。明日は休みだ。しっかりと寝よう。


 物音に気が付いて、明夫は目を覚ました。一体何だろう。明夫は首をかしげた。朝から騒々しい。休みの日なのに、何があったんだろう。


「ん?」


 明夫は窓から顔を出した。すると、赤いドラゴンがいて、駅の周辺で暴れている。明夫は驚いた。どうして想像上の生き物がいるんだろう。そして、そのドラゴンは彩夏がリュックに付けている赤いドラゴンにそっくりだ。


「ガオー!」


 と、赤いドラゴンは明夫に反応した。そして、赤いドラゴンは明夫をにらみつけた。明夫を狙っているようだ。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 明夫はパニックになった。まさか、赤いドラゴンに狙われている。このままでは殺される。誰か助けてくれ。


 明夫は窓を閉めて、カーテンも閉じた。どうか来ないでくれ。このまま立ち去ってくれ。明夫はうずくまり、立ち去るのを待った。


 だが、赤いドラゴンは腕で窓ガラスを割った。明夫は悲鳴を上げた。そして、赤いドラゴンはカーテンを鋭い爪で引き裂いた。そこには明夫がいる。


「グルルル・・・」


 赤いドラゴンは明らかに明夫を狙っている。明夫はびくびくしている。だが、赤いドラゴンは襲うのをやめようとしない。


「や、やめてくれ!」


 明夫は焦った。次第に明夫はわかってきた。自分が狙われているのは、彩夏に執拗に付きまとっていたからに違いない。だから、あのぬいぐるみが怒って、襲ってきたに違いない。


「ま、まさか俺に付きまとったのは・・・」


 そして、明夫は気づいた。今さっき、自分に付きまとっていたのは、赤いドラゴンだったのか?


「許して! もう彩夏に付きまとわないから!」

「ガオー!」


 明夫は必死に謝った。だが、赤いドラゴンは引き下がらない。灼熱の炎を吐いて、部屋中を燃やし始めた。木が多く使われている部屋は瞬く間に燃え広がる。明夫はパニック状態だ。このまま焼死してしまうんだろうか?


「ギャー!」


 明夫は目を覚ました。夢だったようだ。明夫はほっとした。


「ゆ、夢か・・・」


 そして、明夫はストーカーをしていた自分を反省した。もう彩夏の事は忘れよう。そして、新しい恋人を見つけよう。


「こんなの、もうやめるべきだな。これ以上したら、またあんな夢を見るばかりだ」


 と、明夫は何かに気付き、床を見た。そこには何かが燃えたような跡だ。まさか、あの赤いドラゴンだろうか? だとすると、あれは本当にあった事だろうか? いや、夢だ。今も生きている。


「えっ!? そ、そんな・・・。あれは、夢なのか?」


 それ以来、明夫は赤いドラゴンに焼かれる夢ばかり見るという。だが、彩夏はそのキーホルダーにそんな力がある事に全く気付いていない。

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ストーカー 口羽龍 @ryo_kuchiba

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