第35話 それって、誰のこと?


 ちょっと、待ってくれ。

 『黒髪・黒目』って、もしかして……


⦅うむ……おぬしのような気もするが、『冒険者』だと断定しておるしのう……⦆


 その探している冒険者が俺だったとして、どうして俺の容姿を知っているんだ?


⦅召喚主じゃから、姿が見えるのかもしれんのう。だが、居場所まではわからぬから、依頼を出したのやもしれぬ⦆


 マジか……


「ルカよ、もう一つ訊いてもいいかの? 依頼を出す場合、依頼票には依頼主の名は載るのか?」


「自分(依頼人)の名を出したくない場合は、代理人を立てることもできるぜ」


 なるほど。

 とにかく、その依頼人が誰か確認したほうがよさそうだな。


「明日、一度冒険者ギルドへ行ってみるかのう」


「だったら、俺が付いていくぜ。アンタには世話になったし、なんせ武闘大会の優勝者だ。ケンカを売りにくるバカが、必ずいるからな」


⦅そんな輩は、儂が返り討ちにしてやるわい!⦆


 こらこら、マホーさん。

 小説の中でも、ギルド内での私闘は御法度というのが常識だろう?

 揉め事を起こして、今度は俺が騎士団へ連行されたらシャレにならない。


「ただ、できれば変装をしてもらえると助かる。アンタなら、その…魔法でできるんじゃないのか?」


 Sランクさん、いくら大魔法使い(のアンデッド)でも、そこまで万能では……そうか、その手があった!

 せっかくだから、この設定を最大限に利用させてもらうとするか。

 


 ◇



 結局、今日は王都の宿屋に泊まることになった。

 帰りが遅くなり、トーアル村の閉門時間を過ぎてしまったことが最大の理由。

 転移魔法が使えることは皆には秘密にしているから、門が閉まっているのにどうやって村内に入ったのか?と思われるよな。

 そして、王都の門も同じく閉じられるようだが、こちらは夜間の出入りはできるようになっている。

 ただし、厳しくチェックされるとのこと。

 身分証の提示はもちろんのこと、人相も確認されるらしいから、俺では絶対に通り抜けは不可能だ。

 王都をぐるりと覆うように結界が張られているようで、門の外へ出ないと転移魔法が行使できないから仕方ない。

 まあ、そうでないと、敵がいきなり王都へ侵入してくることになるもんな。

 

 余談だけど、今回モホーがSランク級のトーラ召喚獣を呼び出したことで、王都の結界がさらに強化されるかもしれないとSランクさんが言っていた。

 つまり、王都外から高ランクの魔獣の召喚ができなくなるということ。

 他の人たちに悪いことをしたなと言ったら、「心配しなくても、アンタ以外にあんなのを召喚できる奴はいない」と真顔で言われてしまった俺だった。



 ◇◇◇



 翌日、俺はSランクさんことルカさんと一緒に冒険者ギルドへ向かった。

 

「えっ、おじいちゃんは本当に若返ったの?」


 ルカさんの妹、アニーさんが目を丸くして驚いている。

 昨日と同じローブは着ているけど、俺の腰は真っすぐに伸び、杖もついていない。

 そう、俺は魔法で若返った(ことになっている)のだ。

 ただし、話し方はわざとモホーのままにして、なるべく地声は認知されないようにした。

 トーラも、ルカさんの助言(それなりの冒険者ならメガタイガーだとわかってしまうため)で、布でくるんでアニーさんに預けてある。

 遠目からだと、赤ん坊を抱っこしているように見えるかもね。



 ◇



 王都の冒険者ギルドは石造りの三階建てで、とても立派だった。

 中に入ると奥にカウンターがずらりと並び、ルカさんの説明によると、依頼受付と査定・精算受付に分かれているのだとか。

 冒険者は一階のフロアに溢れんばかりにいて、活気に満ちている。

 さすがは、王都のギルドだけあるな。

 俺が物珍しげに周りをキョロキョロしていると、さっそくテンプレ展開が来たみたい。

 目つきの悪い、いかにもガラの悪そうな人たちが近づいてきた……と思ったら、俺を通り越してルカさんへ挨拶をし去っていく。

 それが数人ではなく、何十人も。


「……一応、俺はSランクだから、皆が挨拶に来るんだ。ただ、アンタの前でされるとな……」


 ルカさんは、少し気まずそう。

 おそらく、俺のほうが実力が上なのにってことなんだろうけど、ルカさんは自分の実力でのSランク。

 対して、俺の能力はマホーからの貰いものだから、こちらが申し訳なくなる。

 Sランクの冒険者は少ないとドレファスさんも言っていたし、彼らにとっては特別な存在なんだろうな。

 


 ◇



「これか……」


 掲示板の目立つ位置に、それはドーンと貼り出してあった。


     『情報を求む』

      ・ 十四~十八歳くらいの男性。

      ・ 黒髪に黒い瞳。

      ・ 職業は、商人ではなく冒険者。

      ※ その他の特徴については、口頭による説明が必要


      <報酬> 有力な目撃情報:金貨一枚

           本人を同行:金貨十枚


      <依頼人> 冒険者ギルド



⦅ふむ、年齢はちと下じゃが、見目の特徴はおぬしに合致するのう……⦆


 依頼人の名が『冒険者ギルド』になっているのは、なんでだろう?


「……行方不明人を確実に探したいのであれば、これのように規定報酬に上乗せすると、情報も集まりやすいぜ」


 ルカさんがコソッと教えてくれたから、俺もコソッと尋ね返す。


「……依頼人が冒険者ギルドなのは、ここのギルドが探しておるからか?」


「この場合は、ギルドが代理人となっているんだ。おそらく、他国の冒険者ギルド経由の依頼なんだろうな」


 ほうほう、他国からの依頼の可能性もあるのか。

 今後の参考にするため(という名目で)、この依頼について受付で質問をしようとしたら、ルカさんが俺の代わりに聞いてくれるんだって。

 この人、かなり面倒見のいい人だな。


「ギルドが依頼人になっている人探しの件で、尋ねたい」


 ルカさんが受付嬢へ話しかけると、お姉さんはパアッと瞳を輝かせ愛想の良い笑顔を浮かべる。

 男前は、何をするにも得だな。

 ウラヤマシイ……


「こんにちは、ルカさん。もしかして、心当たりがあるのですか?」


「いや、ただの確認だ。依頼人がはっきりしていないのに、本当にあの高額報酬が支払われるのか疑問に思ってな」


「あれは、シトローム帝国のギルドからの依頼なんです。ですから、その点は心配ありませんよ」


 『シトローム帝国』?

 初めて聞く名だな。


⦅この国と、儂が住んでおった『マンドルド共和国』の中間地点にある国じゃ⦆


「ただ、目撃情報だけであの報酬ですからニセ情報が多くて……情報を精査するために、確認事項が設定されています」


「確認事項ってのは、なんだ?」


 お姉さんによると、彼に関する特徴を答えるものらしい。

 その内容を知っているギルドマスター、もしくは副ギルドマスターの前で、その男性について詳細を語る必要があるとのことだった。


「そう簡単に、高額報酬は受け取れない仕組みになっているんだな」


 納得したように頷いたルカさんは、この件について自分の見解を話してくれた。

 黒髪・黒目はこの国では珍しいが、シトローム帝国ではそこまで珍しいものではないこと。

 おそらく、自国から出国したSランク冒険者を探しているのではないか?と。


⦅それにしては、情報が厳しく制限されているようじゃが……⦆


 だよな。だから、余計に気になる。

 ルカさんに、この『シトローム帝国』の情勢についてギルドへ確認してもらったところ、特に政情不安も魔物の大規模発生もなく安定しているとのことで、勇者を召喚した理由が見えてこない。

 この依頼主が探しているのが俺なのか、確かめる術は一つしかないけど……


⦅それは、危険ではないのか? 『君子、危うきに近寄らず』と言うのじゃろう?⦆


 『虎穴に入らずんば、虎子を得ず』とも言うぞ。

 まあ、俺はすでに『虎子トーラ』を得ているけどな(笑)


⦅では、こんな作戦はどうじゃ?⦆


 ……うんうん、なるほど。

 それなら、直接ギルドマスターたちと対面しなくても相手の反応がわかるし、いいかも。

 さすが、マホーはやっぱり頭が良いな。



 ◇



 冒険者ギルドの前で、ここまで付き合ってくれたルカ・アニー兄妹と別れる。

 お礼に、昨日買った高級菓子を差し出したら、意外にもルカさんが喜んでいた。

 アニーさんによると、甘いものが大好きなんだそうな。

 昨日あげた温泉ソーダも、お子様向けのを好んで飲んでいたらしい。

 余計なことを言うんじゃねえ!とご立腹だったけど、温泉ソーダもいるか?と尋ねたら無言でコクリと頷いたから、かなり気に入ってくれたのは間違いないね。

 彼らはしばらくの間は王都に滞在して、依頼を受けながら皆でこれからのことを考えていくみたい。

 落ち着いたらまた温泉に入りに行くって言ってくれたから、村でお待ちしております!




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