第36話 会いたかった


 建国祭の翌日は、月に一度の温泉施設一斉休業の日だ。

 トーアル村では、この日に普段は(入浴客がいるため)手が付けられない設備の点検や補修を行っている。 

 しかし、今日はその前に、ゴウドとルビーが集会場に集まった村人たちへ今回の件について説明をしていた。


「……じゃあ、これからも以前と変わらず、村主体でやっていけるのだな?」


「その通り。モホー殿が、一切の権利を『トーアル村の村長』へ譲渡してくださったおかげだ」


 医師であり教師でもあるジェイコブの質問にゴウドが大きく頷くと、村人たちに安堵の表情が広がる。

 皆、口にはしていなかったが、村が貴族へ下賜されるかもしれないとの噂を聞き、不安を感じていたのだ。


「モホーのじいちゃんは、すごかったぞ! 向かってくる敵を次々と倒して、この村を貴族たちから守ってくれたんだ!!」


「あんな大きな召喚獣を、僕は初めて見ました! この世のものとは思えない真っ赤な魔獣が現れたとき、会場中が静まりかえりましたからね!!」


「国王様だって、驚いていたもんな!」


 武闘大会を観戦していたソウルたちは、一日経っても興奮冷めやらぬ様子で、口々にまくし立てている。

 他にも、王都へ行った村人が瓦版を持ち帰ったため、皆が順番に食い入るように読んでいた。


「ただ、これからは自分たちで村を運営していかなければならない。皆の協力を、よろしく頼む」


 実際のところ、国の手が回らないこともあり、これまでもほとんどのことは自分たちでやってきた。

 しかし、その一角を担っていたドレファスは国の役人であるため、今後は彼の手を借りることはできない。

 早急に穴埋めできる人材を確保する必要がある……父娘の共通認識だった。



 ◇



 集会が終わり、村人が解散していく。

 ルビーは各温泉浴場を回り、従業員から不具合等の聞き取りを終えると、役場へ戻る前にある場所へ立ち寄った。


「やっぱり、まだ帰ってきていないのね」 


 ドアをノックしてみたが返事はなく、人がいる気配もない。

 きっと仕事が忙しく、昨日は王都で一泊したのだろうとルビーは思った。


 昨夜、ドレファスが王都へ戻ったあと、ルビーは真っ先に和樹へ会いに行った。

 懸念材料がなくなり、苦しかった胸のつかえがおりると、無性に彼の顔が見たくなったのだ。

 ドレファスの言った通り、本当はルビーも不安な胸の内をすべて打ち明け相談したかった。

 でも、それをしてしまうと、和樹は必ず解決に向けて動き出してしまう。

 貴族相手のゴタゴタに、彼を巻き込みたくはなかった。


「明日は、絶対に帰ってきてよ……」


 温泉開業に合わせて、王都・トーアル村間を往復する馬車が毎日運行されている。

 それに加えて、昨日は臨時便も増便されていた。

 しかし、今日は温泉休業日のため馬車も運行していない。

 和樹が王都から戻ってくるのは、どんなに早くとも明日になるのだ。

 ため息を一つ吐き、ルビーは役場へ向けて歩き出す。 


「顔が見たかったのに…………カズキのバカ」


「……誰が、馬鹿だって?」


 振り返ったルビーの瞳に映ったのは、人の良い笑顔を浮かべた和樹の姿だった。



 ◆◆◆


 

 ルカさんたちと別れた俺は、さっそくマホーの作戦を実行してみた。

 王都で一般的に流通している紙にあることを記入し、封筒に入れる。

 それを、冒険者ギルド前を歩いていた幼い兄弟にお小遣いを渡し、受付のお姉さんまで届けてもらったのだ。

 依頼票を見ている冒険者を装いながら、こっそり様子をうかがう。

 封書の宛名は、ギルドマスター殿・副ギルドマスター殿とし、裏側に『人探しの件での情報提供』と書き記したけど、反応はあるだろうか?

 お姉さんは封筒の表と裏を確認すると、すぐに奥へと下がる。

 とりあえず、ギルドマスターたちへは届けてもらえるようで、まずは一安心。

 お姉さんはすぐに受付へ戻ってきて、何事もなかったかのように冒険者たちの対応を始めた。


⦅うむ。これは、別人ということでよいかのう?⦆


 まだ、もうしばらく様子を見てみよう。

 手紙をすぐに読んでもらえるとは限らないしな。

 ……なんて、脳内でマホーと会話を交わしていたときだった。

 ドタドタと奥から中年のおじさんが出てくると、対応中のお姉さんへ何か話しかけている。

 それから、冒険者たちをぐるりと見回した。


「私は、この冒険者ギルドで副ギルドマスターをしているケインという。この封書を出した者へ、ギルドマスターが直接話を聞きたいと仰っている。該当の者は、すぐに名乗り出てくれ!」


⦅ふむ。これが『ビンゴ!』というやつじゃな?⦆


 そうだな。

 全然嬉しくないけどね……



 ◇



 重大事件でもない限り、王都を離れる者に対しては特に確認もないようで、すんなりと外に出ることができた。

 布でくるんだトーラを抱っこしていたから、騎士さんたちの前を通るときはめちゃくちゃドキドキしたけどね。

 門を通り抜け人気ひとけのないところまで行くと、転移魔法を発動させ村近くの森へ移動する。

 村まで歩きながら、人探しの依頼について考えていた。

 

 俺が紙に書いたのは、以下の通り


 ・ 黒髪の彼は、大きな魔獣と行動を共にしていた。

 ・ 遠目から見た感じでは、魔獣はフェンリル、もしくはメガタイガー。

 ・ 目撃したのは二か月ほど前で、場所は『マンドルド共和国』。 



 俺の見た目以外の特徴といえば、トーラを連れていること。これしかない。

 フェンリルと書いたのは他に似たような魔獣が思い付かなかったからで、遠くから見かけたことを強調しておいた。

 国名は、マホーがここを書いておけと言ったから素直に従ったまで。

 いろんな種族が混在しているそうだから、身を隠すには最適な場所らしい。

 それと、このライデン王国とは反対方面にあるので、もし捜索の手が伸びたときには時間稼ぎにもなるとのこと。

 二か月前と書いたのは、その頃には俺はこの国にいましたよというアリバイ工作だ……通用するかはわからないけどね。


⦅とりあえず、おぬしを探しておることがはっきりしたのじゃ⦆


 ここまでして、俺に一体何の用なんだろうな?


⦅気になるのであれば、直接シトローム帝国へ乗り込むという作戦もアリじゃな⦆


 いやいや、絶対にナシだぞ!

 とにかく俺は、勇者として生きることは全く望んでいないから、このまま放っておいてほしい。



 ◇



 村に入ったところで、観光客が全くおらず、今日は温泉休業日だったことを思い出す。

 王都からの馬車が運行していないことにも気付いたが、今さら王都へ戻るわけにもいかず、素知らぬふりで家へ向かうと、見慣れた後ろ姿が。

 後ろから脅かしてやろうとそっと近づいたら、「……カズキのバカ」と聞こえた。


「……誰が、馬鹿だって?」


 俺、ルビーを怒らせるようなことをした覚えはないんだけどな。

 ご機嫌をうかがうべく、努めてにこやかな笑顔で声をかけると、ルビーが振り返った。


「カズキ……いつ帰ってきたの?」


「えっと……」


 やっぱり、聞かれた。

 もう、ルビーには転移魔法が使えることを話して……


「ル、ルビー、なんで……泣いているんだ?」


⦅おぬし、女子おなごを泣かすでない……⦆


 俺は、泣かすようなことは何もしていないぞ!




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