第33話 王都を散策してみよう


「はあ……さすが、王都だな」


 思わず、感嘆のため息が漏れる。

 この世界ではトーアル村しか知らない俺は、店と人の多さに驚いていた。

 二階建て以上の建物がたくさんあり、つい見上げてしまう。


⦅おぬしが向こうの世界で住んでおった町も、それなりに人はおったようじゃが……⦆


「俺が住んでいたのは地方の町だったから、ここまで人はいなかったけど、首都はもっと大勢の人が住んでいたぞ」


 ただ、あっちの世界でもこっちの世界でも、こういう場所はたまに遊びに行くだけで十分だよな。

 人も多いし物価も高いから、住みたいとまでは思わない。

 

 俺にはトーアル村が合っていると、改めて実感したのだった。



 ◇



 せっかく王都に来たのだからと、普段買えないようなちょっと高級そうな菓子店をいくつか覗いてみる。

 こんな庶民の恰好をしていても大丈夫なのかと心配になったけど、今日は地方からも大勢の観光客が来ているからなのか、どの店も様々な装いの客で賑わっていて目立つことはなかった。

 行商人のフリムさんが扱っているのは日持ちするお菓子だから、俺は村には入ってこないあまり日持ちしない物を選ぼう。

 お土産の予算はたくさんあるし。


「清掃業で懐が温かかったのに、さらに賞金まで出たからなあ……」


⦅金貨十枚とは、国王も太っ腹じゃのう……⦆


 領地を下賜してもらった上に、さらに賞金もだもんな。

 ホント、びっくりだよ。

 俺が驚いていたら、国王様は「運営にかかる費用を考えれば、安いものだ」と笑っていた。

 たしかに、これからは経費はかからず税収だけが入ってくるんだよな。

 そして、村は自分たちで責任をもって運営していかなければならない。


「人材を集めないとな……」


 何の相談も事前情報もなしに、いきなり「今日から、トーアル村はあなたのものになりました!」と言われて、ゴウドさんは驚いただろうな。

 二人と村を守るためとはいえ、急な話で本当に申し訳ない。

 だから、せめて優秀な人材を村へ勧誘スカウトするくらいはしないとな。


⦅おぬしは騎士団の代わりはできるが、運営は無理じゃろう?⦆


 そうなんだよね。

 魔物の討伐や犯罪の取り締まりはできるけど、経営的なことはまったくの専門外。

 もう、国家公務員のドレファスさんにも頼れないし……


 買い物を終えた俺は、店を出た。

 ちなみに、俺が買い物をしている間トーラはどうしていたのかというと、なんと、店の隣で預かってくれるサービスが!

 最初にかなり高い利用料金を払うけど、買い物をしたら返金されるから大変有り難い。

 聞けば、散歩がてらペット同伴で訪れるお客様も多いのだとか。

 客の要望に応える形でできたものらしいけど、俺はピンとひらめいた。

 トーアル村の温泉に、ペット専用風呂を設けたらいいじゃないかと。


「村に、ドッグランみたいなものを作ってもいいかも」


 まだまだ課題が多いけど、村が発展していけば良い人材も集まってくるはずと信じて、俺は村おこしを続けていく。

 

 

 ◇



 公園で、夕食代わりに買った屋台の料理を食べていた。

 定番の串焼きは、俺の膝の上でトーラが一生懸命食べている。

 彼は王都でも、店の売り上げに大いに貢献していた。

 俺が食べているのは、川魚の塩焼き。

 ライデン王国は内陸部に位置している国で、海はないのだそう。

 だから、この国で魚といえば川や池の魚…淡水魚のことを指す。


「う~ん、味は……まあまあだな」


 あっちの世界で新鮮な魚介類に慣れ親しんでいた俺としては、ちょっとニオイが気になる。


⦅ふむふむ、『生け』や『釣り堀』というもので、魚を育てるのじゃな?⦆


 ハハハ、マホーには俺の考えは筒抜けだな。

 トーアル村の水は綺麗だから、あそこで育てた魚ならもっと美味しくなるはず。

 場所的にあまり大きい規模ではできないから、小規模で魚を育てて王都へ卸すとか、釣り堀にして魚釣りができるようにするとかね。

 それにしても、ちょっと足を延ばせば池があると聞いていたけど、村でほとんど魚料理が食べられないのはなぜなんだろう?



 ◇



「さて、日も暮れてきたし、そろそろ帰るか」


 お腹がいっぱいになったトーラは、かなり眠いみたい。

 今日は、闘技場とか王都の町中とか人が大勢いる場所に連れ出したから、疲れちゃったんだね。

 寝ていいよと言ったら、すぐに夢の中へ。

 トーラは体は大きいけど、まだ子供だからな。


「うん? 何かコゲくさいぞ……」


 夕暮れの空を見上げたら、遠くに煙が立ちのぼっていた。


「火事だ! この世界にも、消防士みたいな人たちはいるのか?」


⦅儂が若かりし頃は水魔法の使い手がやっておったようじゃが、最近のことは知らぬ⦆


 「知らぬ」と、あっさり言われた(苦笑)

 晩年は、世捨て人のような生活をしていたマホーに尋ねた俺が悪かったよ。


「ちょっと気になるから、行ってみよう」


 現場に駆け付けると、野次馬がたくさんいた。

 「消火部隊はまだか?」の声が聞こえるから、消防署みたいな部署はあるようだ。

 どうやら飲食店から出火したらしく、周囲の建物に燃え広がりつつある。

 王都は石造りと木造の建造物が混在しているから、もし木造家屋に飛び火したら大惨事になるかもしれない。

 火事のときは初期消火が重要だとあっちの世界で学んだけど、消火部隊はまだ到着しないのか。


「だれか、たすけて! 二階には、まだチロちゃんがいるの!!」


 女の子が、泣きそうな顔で叫んでいる。

 近所の人の話では、『チロちゃん』とは子犬のことらしい。

 でも、女の子の両親は小さく首を振る。

 彼らは出火元の飲食店の隣に住んでいる三人家族で、外出先から帰宅したら家が燃えていて呆然と立ちつくしていた。


「おねがい、だれか……チロちゃんが…死んじゃう……」


「…………」


⦅行くなら、あのローブを着ていけ。防火・耐熱の付与も付いておるから安心じゃ⦆


 マホー、ありがとう。

 ペットだって、大切な家族。

 どうしたって、見捨てられるわけがないよな。

 素の姿で人目につくことは避けたいから、またあの姿になるとしよう。

 建物の陰でサッと着替え、人混みを抜ける。


「お嬢ちゃん、儂が助けに行こう。戻るまで、この子を頼む」


「おじいちゃん……」


 眠っているトーラを女の子へ預けると、すぐに消火活動を開始する。

 「おいおい、あんなヨボヨボのじいさんで大丈夫か……」と不安そうな声が聞こえたけど、心配ご無用。

 だって、俺は大魔法使いのモホーなんだからな。

 探知魔法で他に人が取り残されていないことを確認し、野次馬たちの目の前で遠慮なく氷魔法を発動させる。

 とりあえず、出火元も含め燃えている部分だけを凍らせた。

 もし出火原因が油だった場合、水をかけるとかえって危険な場合があるらしいから、一応念のため。

 それに、凍らせておけば、犬を救出するまで建物が崩れ落ちることもない。


 俺は、凍り付いた家々を愕然とした表情で見つめる人たちを横目に、二階へと急ぐ。

 マホーの補助で、犬の周辺は避けてあるから問題はない。

 ただ、煙を吸っていないか心配だった。


「お~い、チロ。出ておいで!」


 呼びかけると、「ク~ン」と鳴き声が聞こえる。

 チロは、部屋の隅にうずくまっていた。

 

「よしよし、怖かったな。さあ、ご主人さまのところに帰ろう」


 チロを抱っこして外に出ると、わあ!っと大歓声が起こり、女の子が駆け寄ってきた。


「おじいちゃん、ありがとう!」


「どういたしまして」


 トーラを引き取り、チロを渡す。

 こんな騒々しい中でも、トーラはグーグーと寝ていて起きる様子がない。

 うん、トーラはやっぱり大物だな。

 女の子に抱っこされたチロは、ク~ンと甘えた声を出した。


「……あっ、チロちゃん、あしをケガしてる!」


「じゃあ、ついでに治しておくかのう」


 回復魔法で、はい、治療も完了!

 では、俺はすぐに退散しま……


「……失礼ですが、あなた様はモホー殿でございますか?」


 振り返ると、赤い騎士服を着た壮年の男性が立っていて、その後ろに騎士さんたちが勢揃い。

 そして、俺と同じようにローブを着た方々もいる。

 そのデザインの騎士服、色違いのものを以前にも見たな……トーアル村で。

 

「そうじゃが」


「私は、第一騎士団団長のハリソン・ミルバネと申します。武闘大会の覇者にお目にかかることができ、大変光栄でございます!」


 この人、俺を見てめちゃくちゃ興奮しているけど、なんで?

 それに、声が大きいから野次馬へも届いてしまい、周囲がざわざわしている。

 名前を聞いて武闘大会の優勝者だと気付いた人も多く、これはマズい流れだ。

 闘技場で俺を待ち伏せしていた貴族たちに見つかるのは、非常に困る。


「ミルバネ殿、おぬしにあとのことは任せる。では、儂はこれで!」


 さっさと変装を解いて、人混みに紛れ、早く村に帰りたい。

 しかし、くるっと向きを変え歩き出した俺の肩は、ガシッと力強く掴まれる。


「お待ちください! 王都の街を救った英雄に、このままお帰りいただくわけには参りません。ぜひ、私どもの第一騎士団本部までお越しくださいませ!!」


 ……デスヨネ。

 当然、こういう展開になるよな……(涙)



 

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