第32話 戦い終わって、日が暮れて……
武闘大会は、終わった。
褒美も貰った。
買い物も終えたし、もう王都に用事はない。
あとは、村に帰るだけだ。
それなのに……
どうして、俺はまだ王都にいるんだ?
◇◇◇
俺はウキウキしながら、闘技場の控え室で帰りの準備を進めていた。
決勝戦は意外と早く終わったし、せっかく王都まで来たのだから、少し観光をしてから帰ろう。
武闘大会で優勝しすっかり有名人になったモホーの変装は解いて、事前に用意したこっちの世界の一般庶民の服装に、鍔の広い帽子を被るつもり。
この国で黒髪・黒目の人はほとんど見かけたことがないってルビーが言っていたから、髪色だけでも隠しておいたほうがいいよな。
やれやれ、ようやくこの窮屈な体勢ともおさらばできる。
帰りは、王都の門を出たら転移魔法で一瞬だから、馬車の時間を気にしなくてもいいのが有り難い。
自分が認識した場所なら、いつでも行き来できるのはとても便利だね。
ルビーたちへの土産は、何がいいだろう?
お菓子の他に、良さげな物があるといいけど。
さて、(アイテムボックス内の)荷物の整理は終了!
控え室の片付けも、よし。
ゴミは、もちろん持ち帰るよ。
温泉ソーダの容器は再利用するから、売店に返却してくれたお客さんには容器代を支払うシステムになっている。
Sランクさんにも、きちんと説明済み。
返却してもらうことを目的としているから、別に買ったものでなく貰い物を持ち込んでもOK!
トーラ?
トーラは試合が終わったあと、召喚魔法で先に村へ帰そうとしたら、拒否られた。
もう留守番は嫌なんだって。
たしかに、今日はずっと良い子にしていたもんな。
ただ、さすがに表彰式で国王様の前にSランク級の魔獣はまずいから、小さくなってもらった。
マホーによると、国王様は強力な結界で守られているらしいんだけど、近衛騎士さんたちがピリピリしている感じだったから、俺はちゃんと空気を読んだ。
国王様の両隣に立っていた近衛騎士さんと宮廷魔導師さんが、この国の最高実力者っぽい。
近衛さんがレベル67で、魔導師さんはレベル65。
なんと、魔導師さんのほうは鑑定スキルを持っていたから、俺もしっかり鑑定されたんだろうね……もちろん、鑑定できなかったと思うけど。
彼から耳打ちされた国王様と近衛さんの顔色が変わったから、おそらく、俺がレベル65以上であると報告された模様。
……うん、気付かなかったことにしよう。
ところで、トーラが小さくなったのを見て、俺に興味津々で近づいてきた人がいる。
そう、あの人だ。
「モホー殿、今のはどのような魔法なのでしょうか? あんな大きな魔獣を小さくする魔法を私は存じませんので、大変興味深いです」
魔剣士さんがキラキラとした爽やか笑顔で聞いてきたけど、えっ……どういうことかな?
⦅どうやら、
「・・・・・」
トーラの『【固有スキル】体操作』って、メガタイガーの固有スキルじゃなく、トーラだけのものだったんだ!(今さら)
でも、ライネルさんたちには小さくなった姿をバッチリ見られていたけど……
⦅おそらく、あやつらもおぬしが小さくしていると思っておったのじゃな⦆
マジか……てか、なんでマホーは他人事なんだよ!
そういうこの世界の常識を、俺にちゃんと教えてくれよ!!
⦅さすがの儂でも、知らぬことはいくらでもあるのじゃ。しょうがないじゃろう⦆
あれ?
あのマホーがしおらしい態度だなんて、意外。
明日、大荒れの天気にならなきゃいいけど……って、冗談を言っている場合じゃなかった。
「これは…その、つまりじゃな……」
ど、どうしよう。
なんて説明をすればいいんだ?
あっ、でも、トーラを鑑定されたらどうせバレるんだから、固有スキルです!と正直に言っておけばいいのか。
なんだ、焦って損した。
「これは、固……」
「いえ、わかっております。私ごとき若輩者では到達できぬ、魔法の深淵であることを。私ももっと、精進せねば……」
遠い目をしながら、彼は自分の世界に入ってしまった。
お~い、イケメン魔剣士さ~ん!
俺の話を聞いて!!
この人、普通にしていたら超カッコ良いのに、たまにいろいろと残念になるな。
俺たちがこんな茶番をしている間に表彰式が始まり、結局この件はうやむやに終わったのだった。
◇◇◇
もうこれ以上ボロが出る前に、退散するにかぎる。
トーラを連れ、控え室を出て歩いていく。
かなり時間を置いたから、観客はほとんどいないだろう。
ローブの下に庶民服は着ているし、外に出たら人目のないところでサッと髭とローブを取って帽子を被ればいい。
トーラを洗ってあげて、今日は抱っこしていこうかな。
出場者の控え室が並んでいるこのエリアは、関係者以外立ち入り禁止。
今は誰もいなくて静かだけど、実は、少し前にちょっとした騒動はあった。
魔剣士さんは俺に断られたのに、なぜかついて来る気満々で、噂によると決勝戦が終わってすぐに退職願を提出したらしい。
でも……表彰式が終わり控え室に戻ると、速やかに騎士様たちによって連行されていきました。
そりゃそうだよね。
あんな
これからも、領地で自分の職務を全うしてください。
俺は、村へ帰りま…………!?
⦅うむ。何やら、人が大勢待ち構えておるようじゃな⦆
誰だ?
⦅どうやら、おぬしに用事があるようじゃのう⦆
散々、貴族を敵に回すような言動をしたから、皆で殴り込みに来たとか?
⦅それならば、こちらも受けて立つのみじゃ!!⦆
……止めてくれ。
俺は、誰かさんと違って戦闘狂ではないぞ。
平和な国に生まれた、ただの一般庶民だから!
◆◆◆
扉の前には、大勢の貴族たちが待ち構えていた。
ただし、彼らは和樹たちが考えているような報復集団ではなく、勧誘部隊。
そう、大魔法使いモホーを仲間に引き入れよ!という命を受けた、文官や騎士たちなのである。
モホーの圧倒的な能力を前に恐れおののいた貴族たちだったが、彼らはすぐに自分たちの利益のために動き出す。
敵対すれば脅威だが、味方にすればこれほど頼もしい人物はいない。
他領へ武威を示すことができ、後進の育成も期待できるのだ。
絶対に口説いてみせる!
その道のプロたちは、手ぐすねを引いて彼が出てくるのを待っていた。
扉が開き、皆が出てきた人物を一斉に取り囲む。
しかし、そこにいたのは帽子を目深に被った若い男性だった。
首に布をかけ、額の汗を拭いながら重そうに桶を運んでいる。
彼を見てすぐに興味を失ったのか、潮が引くように皆が離れる。
取り囲まれた男性は一瞬ギョッとしたようだったが、出来た隙間を縫うようにゆっくりと歩いていく。
「君は、ここの作業員かね?」
制服姿の文官らしき一人の男が、男性へ声をかけた。
「そうですが……」
「ちょっと尋ねたいのだが、出場者の控え室にモホー殿はまだおられるのか?」
「モホー? ああ、あの魔法使いのおじいちゃんですか。彼なら、さっき裏口から出て行かれましたよ」
「なに!?」
男性の答えに、この場にいた者たちが慌てふためく。
「いつの間に……」「出入口は、ここだけじゃないのか!」「すぐに捜し出せ!!」と、あっという間に人が居なくなった。
ポツンと一人取り残された男性はフフッと笑みを浮かべると、持っていた桶へ視線を落とす。
「すぐに出してやるからな」
桶の上に掛けられた布の隙間から、水色のつぶらな瞳が見えた。
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