第31話 <武闘大会6> どうして、こうなった?
魔剣士さんが弟子にしてくれって、どういうこと?
「えっと……おぬしは、騎士団に所属しておるのじゃろう? そっちの仕事は……」
俺と違って、魔剣士さんにはこの世界では花形の立派な騎士のお仕事があるよね?
「騎士の仕事に、一切未練はございません。いつでも、辞する覚悟はできております!」
あ~公衆の面前で言い切っちゃたよ、この人。
同じ領地の人とか、上官さんとか、下手したら領主様だってここに居るかもしれないのに。
あっ! 同じ騎士服を着た男性が、慌ててどこかへ走っていったよ。
これ、マズいんじゃないかな……
「……ゴホン。すまぬが、儂は弟子を取ってはおらぬのじゃ」
俺がマホーの弟子なのに、その弟子っておかしいでしょう?
そもそも、モホーはこの世に存在しない人物…アンデッド(設定)なんだから。
⦅別に、おかしくはないぞい。『弟子の弟子』…つまり『孫弟子』というやつじゃな。それに、こやつはなかなか見どころがある。これからが、楽しみじゃわい⦆
ちょっと、なんでマホーが受け入れるつもりになってんの?
未熟者の俺が、弟子を育てられるわけないだろう!
⦅儂が
全然良い考えじゃないし、俺は断固反対!!
それよりも、とりあえず試合の決着をつけてもらわないと。
「その…おぬしは、一度冷静になるのじゃ。何事も、
「はい。私の実力では、到底及びませんので」
魔剣士さんは、キリッとした笑顔で言った。
よし、決まった!
いろいろあったけど、これで本来の目的は果たせたぞ。
あとは、褒賞を受け取って、すぐにゴウドさんへ譲渡の手続きをしてもらって、俺は村へ帰って温泉に浸かりのんびりと……
試合を終えた俺は、今後のことに思いを巡らす。
―――しかし、このときの俺は、貴族の
圧倒的な力を見せつけたことで生じる、面倒な弊害に……
◇◇◇
表彰式は、何事もなく終わった。
……表彰式『は』、ね!
◇
国王陛下からお言葉を頂戴し(校長先生のお話のように長かった……)、希望の褒美を聞かれ(すでに『トーアル村』と書かれた書類が用意してあった)、譲渡の書類にサインをしてあっさり終了。
拍子抜けするくらい、スムーズに事が進んだ。
念には念を入れて、『今後、トーアル村に対し、対等な商取引以外で貴族たちが権力を盾に横暴なことをしないよう、国王からも釘を刺しておいてくれ』的なことをやんわりとお願いしたら、「この国の貴族で、其方に盾突こうとする者などおらん」と苦笑されてしまった。
それでも、その場で「トーアル村への無用な手出しは、
もっとおじいちゃんのような国王を想像していたけど、ゴウドさんくらいの年齢の若々しい男性で、王子様たちも含め皆やっぱりかっこ良かった。
トーアル村の人たちを見ていても、過疎化はしているけど圧政に苦しんでいる様子はない。
王都も荒れた感じはなく栄えているし、統治が上手くいっているんだと思う。
俺のような庶民の意見にも耳を傾けてくれたし、この国の国王様は良い人だね。
⦅そりゃあ、おぬしを敵に回したくはないからのう……⦆
……その言い方、まるで俺が国王を脅したみたいに聞こえるんだが。
⦅あえて苦言を呈すれば、先ほどの国王に対するおぬしの行動は『権力』ではなく『能力』を盾にしたものじゃ。そのことは、自覚しておいたほうが良いじゃろうな⦆
「…………」
そうか、見方を変えればそうなるんだな。
俺がしたことも、貴族たちとなんら変わらないってことなのか……
⦅そう落ち込むでない。おぬしは、『
ハハハ、マホーは慰めてくれたのか?
でも、ありがとうな。
俺は、ゴブリン討伐のときに誓った言葉を思い返す。
『この能力に驕り高ぶることなく、困っている人のために使っていこう』
今一度、この言葉を心に刻んだのだった。
◆◆◆
「このトーアル村を、村長の私に、ですか?」
「父さんが、名実ともにトーアル村の村長になる……」
突然のことに呆然としている父娘を、ドレファスは眼鏡の奥から温かいまなざしで見つめていた。
◇
夕刻近くに、騎士団に護衛されながらトーアル村までやって来たのは、村の監査人であるドレファスだった。
今日は建国祭であるため仕事は休みであったはずなのに、こんな時間にわざわざ彼が出向いて来たのは、やはり噂通り、武闘大会の優勝者がこのトーアル村を所望し、いずれかの貴族に下賜されたのだろうと父娘は思った。
一番可能性があるのは、スコット伯爵家だ。
四男は以前からしつこくルビーに言い寄っていたが、温泉が開業したあと、正式にスコット家から婚約の申し入れがあった。
四男のアーチー・スコットは、二十歳。
ルビーの一つ年上で、いい歳なのに親の金で遊び歩いている自称冒険者。
見目は悪くないが、外見も性格も全くルビーの好みではなく、どちらかといえば嫌いな部類にはいる人種だ。
ゴウドもそのことがわかっているので、「家格が違いすぎる」と何とか理由をつけてやんわりと断ろうとしていた。
トーアル村の評判が徐々に高まるにつれ、様々な家からルビーへ縁談話が持ち込まれ始める。
近隣の町や村の町長・村長の子息はもちろんのこと、スコット家以外の貴族からも舞い込んでくるようになった。
そして、トーアル村の価値を見出した貴族らによって、村の領有権自体が狙われることになったのだ。
◇◇◇
ドレファスから、この村が今度の武闘大会の褒賞になるかもしれないとの話に、父娘は頭を抱える。
村は国の直轄領ではあるが、監査人のもと村長のゴウドにはある程度権限が与えられており、温泉事業は比較的自由に展開できた。
しかし、貴族の領有地となれば、領主の意向を反映しなければならなくなる。
今は温泉に身分関係なく入浴できるが、それもどうなるかわからない。
自分たちが、温泉事業に今後も携わることができるか、どうか。
ルビーが、不本意な結婚や関係を強いられるかもしれない。
不安の種は尽きなかった。
「この件を、カズキさんに相談されてみてはいかがでしょうか?」
先行きに不安と悩みを持つ父娘を見かねたドレファスは、ある提案をした。
和樹なら、きっと解決してくれる。
確固たる自信が、ドレファスにはあった。
しかし、父娘は首を横に振る。
他国の旅人である和樹を、自分たちの面倒事に巻き込むつもりはなかったのだ。
「ドレファスさん、この件はカズキには絶対に言わないでください」
ルビーから先に釘を刺され、ドレファスは渋々頷く。
そして、運命の日を迎えた。
◇
「武闘大会で優勝をされたのは、大魔法使いのモホー殿です。彼は、トーアル村を国王陛下から下賜されるとすぐに譲渡の手続きをされました。この村の一切の権利をすべて……村長へ譲ると」
「このトーアル村を、村長の私に、ですか?」
「父さんが、名実ともにトーアル村の村長になる……」
「厳密に言いますと、村の権利は『トーアル村村長』のものです。ですから、ルビーさんがご結婚をされて夫が村長を継げば、その方が権利を有することになりますね」
「それだと、ルビーが無理やり貴族の子息と結婚させられるかもしれないのか……」
喜びも束の間、すぐに顔が曇ったゴウドへ、ドレファスは笑顔を向ける。
「ご安心ください。貴族たちが無用な手出しができぬよう、モホー殿が手を打たれました。詳細は、こちらの書類をご確認ください」
書類には、対等な商取引以外での貴族たちのトーアル村への無用な手出しを禁ずるとある。
つまり、意に沿わない婚約話や商取引はこちら側から断っても問題ないということ。
「貴族との関係をすべて
庶民・貴族関係なく、対等な取引をしていけばいいのだ。
「国王陛下は速やかに手続きを行うよう申し付けられ、この村の監査人である私が代理人として参上した次第です」
国王の命令は絶対で、
ゴウドは戸惑いつつも、トーアル村の村長として書類に署名をする。
こうして、トーアル村が、正式に村人のものになったのだった。
◇
王都への帰り道、ランプの灯された薄暗い馬車の中でドレファスはホッと息を吐く。
今日の武闘大会を、彼は祈るような気持ちで観戦していた。
トーアル村が他の貴族の領地になる可能性が出てきたとき、ゴウドやルビーは和樹へ助けを求めようとはしなかった。
彼ほどの実力者であれば、武闘大会で優勝できる確率が高いにもかかわらずだ。
ドレファスとしては、自身も深く関わり立ち上げた大事な事業を、簡単に他人へ渡すことは我慢ならなかった。
父娘が一生懸命守ってきた村を、己の欲と都合のために手に入れようとする上位貴族たちへの怒りもある。
ルビーから先に釘を刺された手前、和樹へ直接お願いすることはできない。
だから、ドレファスは策を練り実行した。
和樹と親交の深いソウルたちが商う屋台へ行き、食事をしながら愚痴る……彼へ伝わることを願いながら。
「大魔法使いのモホーとは、あなたのことですよね……カズキさん」
さりげなく今日の和樹の動向を確認すると、清掃の仕事で朝王都へ行ったきりまだ帰ってきていないとのことで、ドレファスはさらに確信を深める。
「あなたが私の期待に応えてくださったのだから、私も頑張りますよ」
和樹はドレファスの想像を遥かに超える能力で周囲を圧倒し、優勝した。
自分は、自分ができることをこれから精一杯やっていこう。
懐に入れてある書簡を取り出し、ドレファスはすっかり日が落ちた窓の外へ目を向けた。
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