第26話 <武闘大会1> 腰が痛いのですが……
ライデン王国の建国祭が始まった。
闘技場で行われている武闘大会は、午前中に予選、午後から本選が行われる。
その予選大会で観客の注目を集めたのは、一人の魔法使いだった。
古びた紫色のローブを羽織り頭からフードを被っているため、その容貌は窺いしれない。
しかし、白くて長い
◇
予選大会は一対一ではなく、出場者全員で戦う。
対戦相手を場外へ落としたり気絶させる、もしくは降参させれば勝ち。
殺すことは禁止で、即失格となる。
生き残りをかけた戦いで皆から真っ先に狙われるのは、弱者だ。
数名に取り囲まれ、あっという間に場外へ放り出されてしまう。
出場者の中には仲間と参加する者もいて、力を温存したり手の内を見せないようにするため、自分は戦わずして仲間の協力だけで本選へ勝ち進む者も少なからずいる。
予選大会は、選手同士の駆け引きが勝敗を分ける頭脳戦でもあった。
無論、老齢の魔法使いも真っ先に狙われたが、場内に残っていたのは魔法使いのほうだ。
数名に取り囲まれた瞬間、強風が吹きあれ、周囲にいた者たちは一瞬にして場外へ吹き飛ばされる。
この魔法だけで、出場者の約半数が脱落したのだった。
「おい、まさか無詠唱なのか……」
「いや、闘技場に入る前からぶつぶつと呟いていたから、事前に詠唱していたんだろうよ」
辛うじて難を逃れた出場者たちが、遠巻きに魔法使いを眺める。
彼はまた何かを呟いていて、詠唱しているのは明らかだった。
「おい、おまえら、あの爺さんは放っておいて、別の奴のところへ行け!」
スコット伯爵子飼いの冒険者パーティー『漆黒の夜』のリーダーであるルカが、仲間へ指示を出す。
彼は伯爵から命を受け、この大会で優勝し領地(トーアル村)を賜るという重要任務がある。
漆黒の夜は冒険者パーティーとしてはAランクで、ルカ自身はSランクの冒険者だ。
あの出来の悪いぼんくら息子には思うところは多々あるが、父親の伯爵には恩があるため、やるしかない。
事前情報では、脅威となりそうなのは王国第二騎士団副団長のマルセーヌか、自分と同じように命を受けて出場しているカヴィル公爵家の騎士くらい。
スコット伯爵は四男アーチーの婿入り先を確保するのが目的のようだが、カヴィル公爵はトーアル村を貴族や金持ち相手の高級観光地にする思惑があるとの噂を耳にしている。
◇◇◇
ルカたちも、一度だけトーアル村を訪れたことがある。
伯爵家や公爵家がそこまでして手に入れようとするこの村が、一体どんな所なのか興味を持ったのだ。
村は、観光客で大層賑わっていた。
観光案内の説明では村内に五つの温泉があり、入浴料は個室風呂(一部屋:銅貨三枚と鉄貨二枚、定員四名まで、九十分入替制)を除いてすべて統一料金(大人:鉄貨六枚、小人:三枚)。
四つの温泉へ入浴できるセット券(大人:銅貨二枚と鉄貨三枚、小人:銅貨一枚と鉄貨一枚)は、少々の割引があるとのことだった。
泉質の違いまで説明があり、ルカは温泉がただのお湯ではないことを初めて知る。
パーティーメンバー五名のうち唯一の女性であり、ルカの双子の妹であるアニーは、美肌の湯に興味を持ったようだ。
まずはお試しということで一枚券を買い、男性陣は疲労回復に効果がある温泉へ、アニーは美肌効果が高い温泉へ向かった。
◇
伯爵領へ戻る馬車の中は、トーアル村についての話で持ち切りだった。
「兄さん見て、まだこんなに肌がしっとりしているの! こんなの、普通のお風呂ではなかったことよ!!」
「あっしも、先日痛めた手のこわばりが緩和されたように感じる」
「大事な商売道具が心配だったが、鍵付きの物入れがあったから安心して風呂に入れたな」
「洗濯場があったから、ついでに洗濯もしちゃいました」
ルカ自身は傷だらけの体を人目に晒すことに抵抗があったため入浴は見合わせようと思っていたが、専用の湯浴み着であれば着衣入浴も可能との話にメンバーと共に入ることにした。
温泉に浸かると体が非常に温まり今でもポカポカとしていて、多少は疲労も回復したようにも感じる。
「今回は時間がなかったから二箇所しか入れなかったけど、次は全部制覇したいわ。あと、ちょっと高いけど、個室風呂にも入ってみたい!」
そう言うと、アニーはちらりと兄へ視線を向けた。
「ねえ、兄さん。今度、私と個室風呂に入りましょう。兄妹なんだし、着衣入浴ならいいでしょう?」
「何が悲しくて、妹と一緒に風呂に入らなきゃならねえんだ。入るなら、もっと胸のデカい女がいいぞ……」
「じゃあ、アニーちゃん、俺と一緒に入ろうか? そうすれば、半額で入れるよ……エへへへ」
「コラ! 冗談でも、気色の悪いことを言うんじゃねえぞ!!」
兄の鉄拳がメンバーの一人にお見舞いされ、皆が一斉に爆笑する。
ルカとアニーの兄妹は、二十一歳。
他のメンバーも二十歳前後と同年代で構成されている漆黒の夜は、親に捨てられたり死に別れて孤児院で共に育ってきた仲間たちだ。
孤児院の中から将来性のある孤児たちを集め、スコット伯爵は自分の手駒にすべく育ててきた。
使い物にならないと判断されれば、自分たちは使い捨てにされる捨て駒だと全員が理解している。
「兄さんが優勝したら、あの村はスコット伯爵家の飛び地(領地)になるのよね?」
「あの方のことだから、入浴料も値上げして、今みたいに貴族・金持ち・庶民が分け隔てなくオンセンに入れることはなくなるだろうよ……」
ルカの言葉に、全員が沈黙する。
先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、暗い気持ちのまま帰路についたのだった。
◆◆◆
「痛てて……」
思わず
「よう、じいさん、さっきはすげえ魔法をぶっ放していたな? まさか、おまえさんが生き残るなんて意外だったぜ。まあ、決勝大会もせいぜい頑張ってくれな!」
「お若い方、ありがとな……」
声をかけてきた冒険者へ挨拶をすると、俺は杖をつき再び歩き始める。
⦅うむ。ちゃんと、年寄りに見えておるようじゃな……良き良き⦆
俺は、腰が痛くて大変なんですけど……
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