第25話 不穏な動き
この世界に召喚されて、四か月。
俺はソウルたちが売っている屋台の串焼きを食べながら、のんびりとした午後を過ごしていた。
膝の上ではトーラが串焼きをせっせと食べていて、店の売り上げに大きく貢献している。
別に、仕事をサボっているわけではないよ?
俺は臨時の雇われ人だったから、今はまた清掃業(無職とも言うけど)に戻っただけ。
「建国祭?」
「毎年、この時期に開催されるこの国一番のお祭りなんだぞ」
話を聞く限り、あっちの世界で言うところの『建国記念の日』みたいなものなのだろう。
来週のこの日は祝日となり、国中から王都へ大勢の観光客がやって来るとのこと。
ソウルたちも屋台を休業して、王都観光を計画しているらしい。
臨時の馬車が何本か運行されるようで、日帰りでもかなりゆったりとした予定が組めるんだって。
店の売り上げが順調で、多少遊興費に充てる余裕ができたのは喜ばしいことだね。
何か楽しみがないと、仕事も頑張れないもんな。
「俺たちは、武闘大会を見に行くつもりなんだ」
「国中から猛者が集まって、腕を競うんです」
「優勝者は、国王陛下から直接お言葉をもらえるんだ。あと、褒美もな」
褒美は、国王様が大方の願い事は叶えてくれるのだとか。
庶民は金や爵位(一代限り)を希望する者が多く、貴族だと領地や王女との結婚なんてのも過去にはあったらしい。
へえ~、国王様はなかなか太っ腹だね。
少年たちは目を輝かせ、口々に語っている。
いつかは自分たちも出場して……そんな夢を語る君たちが光り輝いていて、お兄さんには眩しすぎるよ。
「カズキも出場すればいいのに。結構、いいところまでいくと思うぞ」
「出場者の中には、優勝をしなくても騎士団長の目に留まって入団した人もいますからね。カズキさんなら、宮廷魔導師も夢じゃないかも」
⦅なるほどのう……そういう道もあるわけじゃ⦆
いやいや、マホーは何を言っているんだ?
そういう所は鑑定装置があったり、鑑定スキルを持った高ランクの人とか絶対にいるよな?
そんな危険なところに自らのこのこ入りこんで、召喚勇者とバレたらマズいだろう。
俺は、勇者として生きるつもりは全くないぞ。
あっちの世界でもこっちでも、ただの一般庶民だから!
出場なんて、絶対にしないからな!!
⦅チッ、宮仕えはともかく、武闘大会にも出場せんとは、つまらんのう……⦆
……舌打ちされたよ。
「そういえば、村役場を訪れる人が最近多くなったと思わないか?」
さりげなく話題を変えた。
観光案内所ならわかるけど、観光客が村役場に一体どんな用事があるんだ?と気になっていた。
ルビーへ「客からの苦情なのか?」と尋ねても、「そういうのではないから、心配しないで」と言うだけ。
あまり話したくなさそうだから、無理やり聞き出すことはしていない。
「あれは、ルビーさんへ求婚するために、近隣の村や町から使いがやって来ているそうですよ」
「求婚者が、そんなにたくさんいるのか。まあ、ルビーは美人だからな。当然といえば、当然か」
この国は十五歳で成人だから、ニ十歳前の結婚でも全然早婚ではないようだし。
「カズキは少し勘違いをしているようだから、説明してやる。たしかにルビーは綺麗だから、以前から求婚するやつはいた。でもな、これだけ求婚者が増えたのは、この村にオンセンができたからだぞ!」
「……ん? どういうことだ?」
ルビーは一人娘であるため、彼女の婿になる男が次期村長になることは俺でも知っている。
ソウル曰く、以前のトーアル村は過疎化の進んだ寂れた村だったから、ルビー個人に好意を寄せる者だけが求婚をしている状態だった。
しかし、温泉が開業したことで村自体の価値が上がり、求婚者が一気に増えたのだという。
「求婚者が増えたなら、こちらが条件の良い相手を選ぶことができるんだから、いいことだよな?」
今後の村の発展に貢献できそうな人の中から、ルビー好みの男性を選べばいい!と言う俺に、ソウルたちは渋い顔をした。
「これまでは、相手は同じ庶民でしたから、ルビーさんが気に入らなければ断るだけで済みました。しかし、今回は貴族の子息たちも名乗りを上げているそうです」
「貴族なのに、庶民と結婚して村長になるっていうのか?」
⦅この村の監査人も言っておったじゃろう? 下位貴族の三男は庶民と変わらぬと……⦆
そうか……ドレファスさんも言っていた、跡取りでもスペアでもない子息は、自分で自分の未来を切り開かなければならないと。
つまり、婿入り先を確保するってことね。
「でも、貴族とのつながりができれば後ろ盾になってもらえるし、何かあったときに安心かも」
「その相手がドレファスさんのような常識ある貴族なら、僕たちも歓迎です。でも……」
「あのクソ伯爵の四男だけは、絶対にない!!」
ソウルが吐き捨てるように言った伯爵の四男とは、トーアル村からは少々離れた領地を治めるスコット伯爵家の子息で、温泉開業日に俺が遭遇したあのとんでもないドラ息子のことだった。
年齢は俺と同じニ十歳だが、定職(自称冒険者)にも就かず実家の金で遊び歩いているとのこと。
「あんなのが村長になったら、村の金を使い込まれるのは目に見えている」
「監査人がいるから、さすがにその心配はないだろう?」
「それが、今度の武闘大会で優勝して、褒美にトーアル村を貰うつもりのようだとの噂が……」
爵位は優勝者本人にしか与えられないが、領地は国が認めれば譲渡ができる。
たとえば、お抱えの騎士や冒険者を代理で出場させ、権利だけを受け取ることは可能なのだとか。
「伯爵が子飼いの高ランク冒険者を出場させて、優勝を狙っているんだとさ」
「俺……今からドレファスさんへ訊いてくる!」
そんな不穏な話を聞いたら、居ても立っても居られなくなった。
そういう事情も、彼に確認するのが一番だからな。
◇
急いで役場へ行ったら、ゴウドさんとルビーの姿は無く、ドレファスさんとミアさんだけがいた。
俺が訊きたいことがあると言ったら、「ここでは、何ですから……」と役場裏へ連れて行かれる。
「いま、ゴウドさんとルビーさんは来客中です。さる貴族の使いの方がいらっしゃっていましてね……」
「それって、ルビーの縁談話ですよね?」
「フフッ、やはり噂をお聞きになったのですね」
俺が
「でも、国がそんな簡単にこのトーアル村を手放すとは思えないのですが?」
これからも発展が見込まれる領地を下げ渡すなんてあり得ないと発言したら、「今だから、
価値あるものは、価値あるうちに利用する。
『温泉』という付加価値のついた村なら、誰でも喜んで引き取ってくれるというのだ。
「はっきり申し上げますと、国は税収さえあれば誰が管理をしても問題ないのです。むしろ、管理の手間が省けて有り難いとまで思っているでしょう」
言われてみれば、その通りだった。
自分たちで管理してもらえれば、監査人や騎士団の派遣が要らなくなる。
人件費の節約にもなるしね。
「実は、私が懸念しているのはルビーさんの結婚問題の他に、ゴウドさんが
自分が新しい領主(村長)になれば、なにもルビーと結婚する必要はなく、別の結婚相手をつれてこればいいとのこと。
そうすれば、この村の温泉の権利を独占できる……つまり、莫大な利益を独り占めすることができるのだ。
「もし村長を罷免された場合、ルビーたちはどうなるのですか?」
「そのまま村で一般職員として雇ってもらえればいいですが、そうでない場合は失業をしたり、村を出て行くことになったり、ルビーさんを妾にと要求される可能性も……」
「そんな……」
「同じ貴族として恥ずべきことですが、その手の
ラノベでも、胸クソ貴族はたくさん登場していたもんな。
ドレファスさんには悪いが、貴族は庶民を虫ケラのようにしか思っていないのだろう。
ルビーたちは村のために一生懸命頑張ってきたのに、俺が温泉を開発したせいでこんなことになってしまうなんて……
「貴族たちから横槍を入れられず、今まで通り自分たちで運営していく方法はないのでしょうか?」
「……ありますよ。一つだけ」
「それは、なんですか?」
「この村の
ドレファスさんは俺の目を見て、きっぱりと言い切った。
「庶民でも、領地をもらうことはできるのですか?」
「もちろん可能です。ただ、自分たちで管理ができないため領地を欲する者がいなかっただけで」
村長のゴウドさんへこれまで通り管理を委託するか、村の権利を譲渡するだけなら国からの許可は問題なく下りるとのこと。
「……わかりました。教えてくださり、ありがとうございます」
「ぜひ、よろしくお願いします……カズキさん」
俺が頭を下げると、ドレファスさんも同じように返してきた。
⦅おぬしの決意はわかっておるが、儂に良い考えがあるぞい⦆
それは、どんなことだ?
⦅おぬしの希望も叶えられて、目的も果たせる、言わば『一石二鳥』というやつじゃな⦆
マホーの作戦に、耳を傾ける。
ふむふむ、なるほど。
⦅これなら、おぬしも全力を出せるじゃろう?⦆
これって、結局マホーがやりだけなんじゃ……
⦅……儂に、文句があるのかのう?⦆
いいえ、とんでもございません!
マホー様、何卒ご協力の程よろしくお願いいたします。(ペコリ)
⦅この儂に任せておけば、すべてサクッと解決じゃ!⦆
そこはかとなく不安を感じるのは、気のせいだろうか。
ともかく、俺はこの村とルビー親子を守るために頑張るのみ。
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