第14話 うちの従魔は、良い子ですよ?


 一旦、解放された俺は、集会場へ向かう。

 俺が事情聴取をされている間に皆は買い物を終えたようで、人はかなりまばらになっている。

 フリムさんは子供たちにお菓子を配っていて、貰ったリラは嬉しそうに帰っていった。


「おや、カズキさん、いらっしゃいませ」


「フリムさん、先ほどは御迷惑をおかけしました」


「いえいえ、こちらは命を助けていただいたのですから、ありがとうございました」


 王都からトーアル村までの街道は、以前から魔物は出没していたが、これまで盗賊が出ることはほとんどなかったそうだ。

 

「おそらく、他の地域から来た流れ者たちなのでしょう。本当に肝を冷やしました」


 盗賊と交戦状態となったときに、急に森から二匹のワイルドボワが乱入してきた。

 そのおかげで盗賊たちの連携が崩れ、俺が加勢するまで持ちこたえることができたのだという。


「魔獣は何かに怯えていたようでしたが、もしかしたら……」


「たぶん、トーラから逃げようとしたのではないかと」


 強者の気配を察知し、逃げ出した先がたまたま街道方面だった。


「口の周りが血だらけになったトーラを見たときは、終わった…と思いましたが、彼にも助けてもらったのですね」


 フリムさんは、にこやかに微笑む。

 ちなみに、捕縛した盗賊たちはさっきの場所に土壁で牢を作り閉じ込めてある。

 帰りに拾って、ライネルさんたちが王都の騎士団詰所まで連行していくのだそうな。

 ご苦労様です。

 

 フリムさんから「ご希望の商品はなんですか?」と尋ねられた俺は、欲しいものを挙げていく。

 鍋などの調理道具や食器、塩などの調味料、照明器具、寝具、着替えなど。

 あと、どうしても必要なのは絨毯じゅうたんだった。


「絨毯!?」


「こういうものは、さすがに王都でないと買えないですかね?」


「通常でしたら取り扱ってはいないのですが、実は今回たまたま持っておりまして……」


 詳しい話を聞くと、これは商品ではなく借金のかたとして引き取ったものだという。

 長年付き合いがある商店から、今回はどうしても金が用意できなかったからと、半ば強引に押し付けられたそうだ。


「絨毯自体は、大変良いものなのです。ただ、私では買い手が見つからないものですから」


 行商人のフリムさんの顧客では、高級絨毯を買うような客はいない。

 かと言って、絨毯を取り扱う業者へ売っても、安く買い叩かれて借金の回収はできない。

 どうしたものかと、悩んでいたそうだ。


「見せてもらうことは、できますか?」


「荷馬車に積んでありますので、ご案内いたします」


 荷馬車で広げてもらった絨毯は、明るい若草色のものだった。

 毛足が長く、手触りもとても良い。

 色もサイズも部屋にぴったりで、俺は一目で気に入った。


「これは、おいくらですか?」


「客の話では、金貨二枚の価値があるそうです。ただ、借金が金貨一枚ですので、その金額で買っていただけるとありがたいのですが……」


「金貨一枚……」


 たしかに良いものなんだけど、値段がな……


⦅おぬしが気に入ったのであれば、買えばよい⦆


 いいのか? 金貨一枚もする超高級絨毯だぞ?


⦅使用目的が、わかっておるからな⦆


 そうか、やっぱり隠し事はできないな。

 サンキュー、マホー。


 こうして、俺は生活用品と絨毯、合わせて金貨一枚と銀貨五枚の買い物を終えた。



 ◇



 家に戻ると、もう一度軽く床を洗浄した。

 それから、入り口に入ってすぐのところで靴を脱ぐ。


⦅おぬしの国では、本当にそんな生活をしておるのじゃな?⦆


「うん、やっぱり家の中で靴を履くのは嫌だね。せっかく床まで綺麗にしたのに、それを土足で汚すなんてさ……」


 アイテムボックスから絨毯を出し床一面に広げると、さっそくトーラが上にのった。


「どうだ? これなら寝転がっても痛くないだろう?」


 トーラが小さいうちに、脚だけ濡れた布で拭いておく。

 こうすれば、絨毯も汚れないしね。

 まあ、何かこぼしたりしたら、魔法ですぐに洗うだけだけど。

 絨毯の上を元気に走り回っているトーラを眺めながら、俺は買ったものを片付けていく。

 台所付近の収納棚には、調理器具や食器・調味料などを入れ、魔石をセットすることも忘れない。

 ベッドへは寝具を、付近の収納棚には着替えやタオル代わりの布、石鹸などを。

 ダイニングテーブルにはテーブルクロスをかけ、部屋の照明となるランプを何箇所か吊り下げておいた。

 あまりたくさんあると、いちいち下ろして点火して、また下ろして消火しての作業が面倒らしいけど、俺には火魔法と風魔法があるから便利だな。

 贅沢だとは思うけど、現代の日本に慣れている俺には照明がちょっと暗すぎるのよ。


 さて、片付けが終わったし、手土産を持って行きますか。



 ◇



 ルビーは、夕食の準備をしていた。


「ルビー、さっきはごめん。これ、二つあるから、家の分と役場で皆で食べてくれ」


 俺が渡したのは、箱に入ったクッキーの詰め合わせ。


「ありがとう。これも、フリム商会で買ったの?」


「うん。一つ買ったら、おまけで一つくれた」


 王都のお菓子は人気商品らしく、フリム商会はいつも大量に仕入れているそうだ。

 でも、やはり売れ筋は手頃な価格のもので、少々お高めのこれだけが売れ残っていた。

 試食させてもらったら美味しかったので、ルビーたちへのお詫びとご機嫌取りを兼ねて手土産にすることにした。

 生活用品もかなり割引してもらったのに、さらにおまけまではもらいすぎだと固辞したけど「食品は売れ残ったら廃棄するしかないので、ぜひ!」と言われ、結局受け取ることに。

 「ルビーさんが、ご機嫌を直してくださるといいですね」のフリムさんの言葉に、俺の姑息な作戦がバレバレだったと気付いたが、「そうですね」とだけ返しておいた。 


「……私、もう怒っていないわよ?」


「本当に?」


「ふふふ、本当」


「良かった……」


⦅良かったのう……⦆


 家の分を役場で食べるから、もう一つは村の子供たちへ配るわ…とルビーは言った。

 許してもらえてホッとしたところで、準備を手伝う。

 猫型トーラは、ルビーが用意しておいてくれた肉を美味しそうに食べている。

 ゴウドさんも来て、食事をしながらトーラを使い魔にした経緯を説明した。


「初めて召喚魔法を使って『スモールウルフ』を呼び出したつもりが、トーラが来ちゃったってこと?」


「そう。意味がわかんないよな?」


「ハハハ、本当にカズキくんには驚かされることばかりだよ」


 俺としては、変わったことをしているつもりはないんだけどね。

 ルビーからは「そんなことで、立派な魔法使いになれるの?」と心配されたけど、マホーはどう思う?


⦅そうじゃのう……魔力操作がまだまだ未熟じゃが、筋は悪くないと思うぞい⦆


 おおっ! 珍しくマホーに褒められた……


「ねえ、トーラは本当にSランク級の魔獣なの? こうしていると、普通の猫にしか見えないんだけど」


 一足先に食事を終えたトーラは、ルビーの膝の上で食後の毛繕いに忙しそうだ。


「メガタイガーという魔獣なんだけど、ルビーは知らない?」


「名前を聞いたこともないわね」


 トーラの頭を撫でているルビーに同意するように、ゴウドさんが大きく頷いている。


「今は小さくなっているけど、実際は体長二メートル以上もあるんだ」


「……ん? 何が二メートルもあるの?」


「トーラだよ。さっき、俺は村の手前まで乗って帰ってきた」


「ふふふ……冗談よね?」


「ははは、冗談ではなく本当の話だよ」


 さすがの俺でも、この場で冗談を言って良いかどうかの分別ふんべつくらいはあるぞ。


「ルビーも今度、トーラに乗ってみるか? 目線が高くなって、眺めはなかなかいいぞ」


「…………」


「ルビー、どうした?」


 ルビーはギュッと目を瞑ってしまったし、ゴウドさんは目を白黒させているけど、どうしたんだろう?


「…………もう、カズキのバカー!! そういう大事なことは、真っ先に言いなさいよ!」


 どうして、ルビーは怒っているんだ?


⦅……おぬしが悪いぞ⦆


 えっ、俺が悪いの? なんで?


⦅おそらく『空気が読めなかった』のと、あと、『報・連・相』だったかの? それを欠いたからじゃ……⦆


 この後、俺はこってりとルビーからお説教されたのだった……トホホ。



 ◇◇◇



 翌日、壺湯を厳しい目でチェックしているドレファスさんを、俺は固唾を吞んで見つめていた。

 周囲には、俺の他にもゴウドさん、ルビー、そして村人たちが集まっている。


「……良いのではないでしょうか」


「本当ですか?」


 よっしゃー!

 

「浴槽が壺の形というのが目新しいですし、屋外で入浴できるという点も良いです」


「そうですよね? 『森林浴』という言葉もありますし……」


 外の景色を眺めながら入る風呂は、最高に気持ちが良いもんな。


「シンリンヨク?」


「あっ、何でもないです!」


 つい調子に乗って、余計なことを口にしてしまった。

 ドレファスさんは怪訝な顔をしているけど、気にしないでください。


「改善点としては、『屋根の設置』や『浴槽の追加』、『設備や備品の充実』などでしょうか」


「これは仮設ですので、本格運用となればもちろん数は増やしますし、大人数が一度に入れる大浴場も作るつもりです」


 今現在は壺湯が一つしかないため、温泉争奪戦が勃発しているらしい。

 仕事終わりの夕方ごろが特にひどいんだと、ソウルがこぼしていた。


「それであれば、個室風呂は値段設定を高くしたほうがいいですね。それに、利用時間を設けることも……」


 ドレファスさんの頭の中では、パチパチとそろばんがはじかれているみたい。

 そういう事務的なことは、すべてゴウドさんとドレファスさんへおまかせだ。

 俺は記憶の中にある風呂を、この世界で再現していくだけ。


 こうして、トーアル村の村おこし計画は始まった。

 なるべくお金をかけずに、できることは自分たちでやっていこうと、村人たちが話し合っている。

 俺もその一員として、遠慮なく全力を尽くしていきたい。


⦅儂も、協力するぞい!⦆


 一緒に頑張ろうな、マホー。

 この村に恩返しをするために。



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