第13話 ものすごく怒られました


 俺が駆けつけたとき、なぜか三つ巴の争いになっていた。

 三台の荷車を引いた小隊を取り囲む形で人同士が戦っているのかと思えば、別の場所では人と魔獣が戦っている。


「えっと……これは、どういう状況?」


⦅小隊を守る護衛と、金品を狙う盗賊。そこに紛れ込んだ魔獣二匹じゃな⦆


 わかりやすい解説をありがとう。

 では、魔獣から排除していきますか。

 魔獣はトーラが狩ってきたワイルドボワだが、先ほどのものより一回り小さい個体で異常に興奮し暴れ回っている。

 人に当たるとマズいから、氷の矢ではなく水の塊を鼻にぶつけてやったら驚いて逃げていった。

 さて、お次は盗賊だが、見分け方は超簡単。

 覆面をしている怪しい風体の者たちだけを攻撃すればいい。

 もちろん、殺しはしないよ?

 土魔法と水魔法で作った泥だんごを、風操作で高速でぶつけて気絶させるだけだからね。

 コントロールは、すべてマホーにお任せした。

 戦闘不能にした盗賊は、全部で十名。

 それに対して、冒険者らしき護衛が六名と他に四名。

 数名がケガをしているけど、人も荷物も無事みたい。

 ポーションを渡そうとしたら、持参しているから必要ないと言われた。

 そりゃ、そうか。ポーションは、冒険者にとっては必須アイテムだもんな。

 とにかく、間に合ってよかった。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。私は、フリム商会のフリムと申します」


 商会の代表は、長い耳を垂らした獣人だった。

 ダックスフントのような可愛らしい風貌の男性だ。


「護衛を請け負った、『竜の牙』のリーダーを務めるライネルだ。君のおかげで、商品も仲間も失わずに済んだ。感謝する」


 竜の牙は、人・エルフ・獣人で構成されたCランクの男女混成冒険者パーティーとのこと。

 めっちゃ男前のライネルさんは耳がとんがっているから、エルフなのだろう。

 フリルさんといい、ライネルさんといい、小説の中の登場人物が目の前に現れたようで、俺は一人静かに興奮していた。

 

「俺は、和樹といいます。魔法使いの弟子をしておりまして、今は一人旅の途中です」


「他国の方とお見受けしましたが、やはりそうでしたか。大変見事な魔法でしたので、お師匠様もさぞかし高名な魔法使いなのでしょうね」


 エッヘン!とマホーの得意げな声が聞こえたが、あえてスルーしておく。


「皆さんは、どちらまで行かれるのですか?」


「この先にあります、トーアル村です」


「もしかして……週に一度いらっしゃる行商人というのは、フリムさんでしたか」


 そうですと頷く彼に、俺もいまトーアル村に滞在していて、生活用品を購入するつもりだと話したら、「割引いたしますので、ぜひ!」と満面の笑顔で言われた。

 俺たちが話しているあいだに、竜の牙のメンバーはケガの治療、装備の点検を終える。

 それでは、出発!……のところで、突然、森からまた魔獣が現れ街道をふさいだ。


「人食い魔獣だ! すぐに臨戦態勢に入れ!!」


 ライネルさんの号令で、メンバーが魔物を一斉に取り囲む。

 口の周りが血で赤く染まっている白くて大きな魔獣……は、もちろんトーラ。

 トーラは騒然とする冒険者たちの横を颯爽と通り過ぎ、俺の前にくわえていた物をコロンと落とすと、またお座りをした。


⦅これは、ワイルドボワの魔石じゃな。こやつ、魔石の話をちゃんと聞いておったのか。賢いのう……⦆


 魔石が出てきたから、俺のところに持ってきて褒めてもらおうと思ったんだね。

 たしかにトーラは賢いんだけど、今はタイミングが非常に悪いかも……


「か、カズキ……これは、どういうことだ?」


 ライネルさん、目つきがものすごく怖いのですが……


「えっと……こいつは、俺の使い魔です」


「「「「「「えーっ!?」」」」」」


 皆の大絶叫が、森に響き渡ったのだった。



 ◇◇◇



 村の集会場には、大勢の村人が集まっていた。

 皆のお目当ては、フリムさんが持ってきた商品の数々。

 俺もさっそく拝見……とは、ならなかった。

 隣にある応接室で、ゴウドさん、ルビー、ライネルさん、フリムさんに取り囲まれていたから。

 ちなみに、トーラは猫サイズになって、外で待っているライネルさんパーティーのメンバーたちに、代わるがわる抱っこされている。

 トーラが大きな魔石をくわえていたことで、狩ったのが人ではなく魔獣であること。

 俺がトーラの口の周りを水魔法で綺麗にしている様子を見て、本当に使い魔なんだと納得してくれた。


「カ・ズ・キ……どうして、トーラが魔獣だって教えてくれなかったの? しかも、Sランク級だって聞いたんだけど!」


 椅子に座っている俺の前に仁王立ちしているルビーさん。

 かなりご立腹ですね。


⦅美人は、怒ると迫力があるわい⦆


 ホント、そう思う。


「その…村の人たちを怖がらせないようにと、思ったんだけど……」


「でもねえ、カズキくん。せめて、私には報告してほしかったな……」


 はい、すみません。

 ゴウドさんの仰る通りでございます。


「申し訳ありません。村長には、報告するべきでした」


「まあ、私も驚きましたけど、おとなしいものでしたよ」


 フリムさん、気を遣わせてしまって、ごめんなさい。

 俺がトーラをきちんと制御していることを示すために、村の手前までトーラにまたがって帰ってきたのだ。


「いつもなら、ちょろちょろとゴブリンやスモールウルフどもが現れるんだが、カズキたちと合流してからは全く何も出てこなかったな」


 ライネルさん、それトーラは関係ないかも。

 俺が、先日ソウルと討伐したからじゃないかな。


⦅間違いないのう⦆


「ところで、入国手続きのときはトーラを猫だとごまかしたのか? 従魔は、すべて鑑定されるはずだが……」


 ライネルさんが、首をかしげている。


「えっ、そうなんですか?」


「当たり前だろう。Sランク級の魔物なんて、簡単には入国させられない。厳しい審査があるはずだ」


 従魔の入国審査って、そんな厳格にやっているんだ。

 俺の読んだ小説では、もっと緩いイメージがあったんだけどな。

 ライネルさんから「従魔登録はしているんだろう?」と聞かれたから、俺自体がギルドへ登録をしていないと答えたら、また驚かれた。

「身分証があれば、高い入国税を払う必要もなくなる」とも言われたけど、そもそも、俺は異世界から召喚されてこの国へ来たから、その辺の手続きを一切やっていない。

 今さらだけど、これは不法入国なんじゃ……


「えっと……トーラは、この国へ来てから召喚した召喚獣なので、(俺共々)入国手続きはしていません」


「おいおい、嘘だろう……Sランク級の従魔でも大概だと思っていたのに、それが召喚獣だなんて、俺は見たことも聞いたこともないぞ!!」


 ライネルさん、ちょっと声を小さめでお願いします。

 それに、いくら何でも驚きすぎじゃないか?

 だって、現にトーラは召喚されてきたぞ。

 でも……エルフって、たしか長命種だな。

 そのライネルさんが知らないって言うんだから……うん、いろいろ察した。

 

「「「「・・・・・」」」」


 あの……皆さん、そんな目で俺を見ないでください。

 俺は、ただの『魔法使いの弟子』なんですよ!

 ちょっとゴブリンを討伐したら、そいつがたまたま召喚魔法を持っていただけなんです!

 ちょっと物は試しと召喚魔法を使ったら、なぜかトーラが出てきちゃったんですよ!

 しかも、Sランク級だと知ったのは、ついさっき。

 ただ、それだけなんです!

 だから、俺は悪くない!!


⦅……おぬしの心の声は、儂以外誰にも聞こえておらんぞ?⦆


「詠唱もなく魔法を行使している時点で普通じゃないとは思っていたが……とにかく、トーラをきちんと従魔登録しておかないと、後々面倒なことになるぞ!」


「トーラを従魔登録するってことは、もちろん俺も?」


「当たり前だ! 主人を登録しないで、どうやって従魔を登録するんだよ」


 ……ですよね。

 これは、困ったぞ。


「基本的なことをお尋ねしますが、登録すると自分のステ……能力は、いつでもどこでも自分で確認できるようになるんですか?」


「できるわけがないだろう。どこに、文字を映すっていうんだ?」


「……そうですね」


 空中に画面が浮かぶのは、小説の中だけのお話なのか。

 ステータスを確認するには専用の水晶が必要で、それは各ギルドや騎士団の詰所などに設置されているそうだ。


「個人の内容を、他人が見ることはできますか?」


「本人がその水晶を見せないかぎり見ることはできないが、管理者は見られるだろうな」


 つまり、ギルドマスターとか騎士団の団長クラスは可能ということか。

 やっぱり、登録をするのはマズいな……


「と、とにかく、俺は忠告したからな!!」


 ライネルさんは疲れたようにため息を一つ吐き、フリムさんと部屋を出て行った。

 

「とりあえず、カズキくんは買い物を先に済ませたほうがいいね。フリムさんたちの時間もあることだし……」


「……俺もトーラも、このまま村に滞在してもいいのですか?」


 いろいろやらかした俺は、村から追い出されても文句は言えない。


「当たり前じゃないか。君が悪い子ではないことは、わかっているからね」


「ありがとうございます!」


 ゴウドさんは、本当に優しい人だ。

 嬉しくて、涙が出……


「でもカズキ、どういう経緯いきさつでこうなったのかは、夕食時に聞かせてもらうわよ!」


「は、はい!」


 父親は許してくれたが、どうやら娘は違ったらしい……(汗)

 腰に手を当て、般若のような形相をしたルビーを前に、俺は首振り人形のようにコクコクと何度も頷くしかなかった。


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