第15話 本格開業に向けて
俺がトーアル村に来てから、ひと月が経とうとしていた。
朝、起きると、絨毯の上でトーラが腹を出して寝ている。
Sランク級の魔獣とは思えない油断しきった姿には毎度笑っちゃうけど、この家がトーラにとってそれだけ安心できる場所ということなのだから、いいのかな。
俺を信用してくれている証でもあるし。
まあ、俺もそんな魔獣のすぐ隣にあるベッドで熟睡しているんだけどね。
俺たちが寝ている間マホーは何をしているのかというと、ずっと俺の記憶を覗いているんだって。
⦅次から次へと興味深い人・物・出来事がありすぎて、時間がいくらあっても足りんわい⦆……だそうな。
それで俺の脳が休めているのか心配になるときもあるけど、今のところ特に問題もないから、本人の好きなようにさせている。
俺の家には、たまにルビーがやって来る。
主に、作り過ぎた夕食のおかずを持ってきてくれるのだが、本当に助かります。
俺がきちんとした食生活を送っているのか、心配なんだって。
たしかに、あまり栄養バランスは考えていないし、味付けも適当だからな。
ルビーは「もし差し入れが迷惑だったら、言って」と気にしていたから、「ルビーの手料理は美味しいから、毎日でも食べたい」と伝えたら、少々顔を赤らめながら「お世辞でも、そういうことを他の女性に言ったらダメよ!」と注意された。
こんなことを言うのはルビーにだけだし、お世辞でもなんでもなく本当のことなんだけどな……
◇
トーアル村の温泉観光地化計画は、着々と進んでいる。
改めて、探知魔法で源泉の場所を確認してみたら、村の内外に(炭酸泉を含め)七か所もあった。
その内の二つは壁の外側だから、まずは村内にある五か所を先に整備していくようだ。
不思議なことに泉質はすべて違うから、個々の整備が終わったら湯めぐり手形みたいなものを作ってもいいかもね。
全部回った人には記念品をあげるとか、ルビーたちと一緒にいろいろ考えるのは結構楽しい。
村の中心地に休憩所を作って、土産物屋とかを併設するのもありかな。
温泉がどんなものかを手軽に試してもらうために、無料の足湯コーナーも作ろう。
ルビーたちは王都から馬車で一時間の立地を活かし、宿屋は作らず近隣からの日帰り客をメインターゲットに考えているようだ。
◇◇◇
本格的な開業を前に、改善点を洗い出すべく数日間プレオープンすることになった。
料金は無料で、お客様としてこの村の住人の他に、仕事で訪れる商人やたまたま立ち寄った冒険者たちにも入浴してもらい意見を聞く。
もちろん、週に一度この村を訪れるこの方たちにも……
「……このオンセンというのは、気持ちが良いもんだな」
「本当に、疲れが取れやすね……」
「まったくだ……実に良いものを作ってくれた」
出来たばかりの大浴場に入っているのは、フリム商会の護衛をしている竜の牙のメンバー、ライネルさん、セントさん(人)、レオさん(獣人)だ。
ちなみに、フリムさんはいつものように村の集会所で仕事中のため、残念ながら意見を聞くことはできなかった。
「この乳白色の温泉は、疲労回復にも効果があるんですよ」
風呂から上がったら話を聞かせてくださいと言ったら、せっかくだから一緒にどうだ?とライネルさんから誘われ、俺も入っている。
ちなみに、トーラは受付係のお姉さんの膝の上だ。
大浴場は、以前ソウルが深すぎて入れないと言っていた場所に広い岩風呂を作った。
これだけ広ければ、一度に五十人…いや、もっと入浴できるかも。
男風呂だけでなく女風呂にも同じものを作ったから、敷地としてはここが村内で一番広い浴場だな。
大浴場の傍には、壺湯も五個ほど作っておいた。
こちらは一人用だが、金額的に個室風呂には入れない人のための救済措置。
その代わり、個室風呂のほうは、超豪華に生まれ変わった。
個々の部屋を広くし、壺も倍の大きさにして足を伸ばして入れるように変更。
高さを低くして横を広げたから、もう壺の形状ではないけどね。
もちろん、脱衣所も完備されている。
あちらは三部屋あるけど、入浴待ちの行列ができていた。
「改善点としては、入浴中に武器を預けられる鍵付き棚の設置ですね?」
「そうだな。中に持ち込めないのなら、服や金を入れてある鍵付きの物入れのような物があるとありがたい」
これは、ライネルさんからの要望だ。
武器を持ち込み禁止にしたのは安全面のこともあるけど、温泉の成分で金属が変色したり腐食してしまうのを防ぐため。
同じ理由で、アクセサリー類も注意喚起をおこなっている。
自分が武器を所持していないから失念していたけど、冒険者にとっては武器も貴重品だもんな。
「浴槽からは離れた場所に、洗濯できる場所を作っておいたほうがいいと思いやす」
セントさん曰く、浴槽の中で服を洗濯をする人が必ず出てくるとのこと。
たしかに、汚れ物をお湯で洗える機会はそうそうない。
これは、早急に対応しなければ。
「私たちは気にしないが、人によっては体を見せたくない者もいるから、着衣入浴も許可したほうが客が増えると思う」
レオさんの意見に、なるほど!と頷く。
日本人の俺は平気だけど、外国人の中にはそういう人もいた。
専用の湯浴み着を貸し出すサービスも必要だね。
うん、いろんな人の意見を聞くのは、本当に参考になるな。
貴重な意見を出してくれたライネルさんたちに礼を述べ、俺は役場へと急ぐ。
これから、ゴウドさんたちへ報告をして、さっそく改善していかなければ。
ライネルさんたちはまだ時間があるとかで、別の浴場へ向かった。
今日中に(個室風呂以外の)すべての風呂を制覇するぞ!と息巻いていたから、気に入ってもらえたようで何よりです。
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