第9話 温泉をつくる


 ソウルと別れた俺は、その足で村役場へ向かう。

 事務所には村長のゴウドさんとルビー、そして、見知らぬ二人の男女がいた。


「ゴウドさん、お仕事中にすいません。少し、お話があるのですが?」


「カズキくん、先ほどはどうもありがとう。村の皆が『安心して採取に行ける』と喜んでいたよ」


「それは、良かったです。で、話というのは、村の観光資源になるかもしれない物の、開発の許可をいただきたいのです」


 俺は、ゴウドさんへ説明を始める。

 村に何か所か湧き出ている温泉を溜めて風呂を作りたいという話に、彼は困惑したようだった。


「君が言っているのは、あの温かい水のことだろう? たしかに風呂は贅沢だけど、わざわざお金を払ってまで入りにくる人がどれほどいるのか……」


「……村長の仰る通り、お金持ちの方々は屋敷に専用風呂をお持ちです。そんな方が、こんな田舎の風呂に入りに来るとは思えませんね」


「えっと……あなたは?」


 急に、横から三十代くらいの小綺麗な恰好をした眼鏡の男性が割り込んできた。

 朝、集会場で村人たちに挨拶をしたけど、こんな人いたっけ?


「ああ、大変失礼しました。私はイーサン・ドレファスと申しまして、このトーアル村の監査人を務めております」


「俺は、和樹と言います」


「ええ、存じておりますよ。他国から来た旅人…スモールウルフとゴブリンを討伐された、魔法使いの弟子の方ですよね?」


「え、ええ……まあ」


 苗字があるということは、もしかしてこの人は貴族?

 言葉遣いは丁寧だけど、何か小馬鹿にされているような感じを受けるのは気のせいだろうか。


「彼は王都から派遣されている役人で、ここへは通いで来ているから、朝の騒動のときはいなかったんだ」


 なるほど……この村は国の直轄領だから、お目付け役ってことね。


「それで、先ほどの話に戻りますが、結論から申し上げますと、そのようなことに村の予算は割けないということです」


「いえ、俺は予算を求めたのではなく、開発の許可だけをもらいたいのです」


 この村に予算がないことは、最初からわかっている。

 だから、自分一人でなんとかしようと思っていた。


「これから、森の木を切ったり、岩を掘り起こしたり、穴を掘るかもしれませんが、よろしいですか?」


「木は何本切るのでしょう? 掘り起こす岩の大きさは? 穴の大きさと数は?」


「木は沢山は切りませんし、岩と穴の大きさは現時点では不明ですが、数はそんな多くはないです!」


 うわあ……こっちの世界の公共事業も、細かいことまで事前に決めなきゃダメなのか。

 とにかく一つ作ってみるから許可が欲しいとお願いしたら、何とか了承された……やれやれ。



 ◇



「さて、では始めるか」


 村外れにある源泉が湧き出ている浅瀬を前に、俺は腕まくりをする。


⦅おぬしの記憶の中にもたくさんの温泉があるが、そんなに良いものなのか?⦆


「ああ、良いものだぞ。これは、ただお湯を沸かしただけじゃ得られない、数々の利点があるのさ」

  

 それを理解してもらうためには、入浴してもらうのが一番手っ取り早い。

 何より、俺が温泉に入りたかった。


「マホー、目玉が入っているような形の壺で大人の男性が入れる大きさのものを作りたいが、どうやればいいんだ?」


 木を切ったり穴を掘ったりして後でとやかく言われるのは面倒だから、まずは簡単なものから作ることにした。


⦅魔法とは、魔力で己の想像を具現化することじゃから、やり方は同じじゃぞ。敵を攻撃するときに氷の矢を作ったように、土で作りたい壺を『イメージ』するのじゃ⦆


 俺のイメージするものは、スーパー銭湯とかにある『壺湯』。

 頭に思い浮かべながら、土で型取っていく。


⦅ふむ、初めてにしては上出来じゃな。しかし、まだまだ儂のには遠く及ばぬ⦆


 えっ、もしかして…あの大小の壺は、マホーのお手製なのか?


⦅どうじゃ、上手いじゃろう!⦆


 うん、素直にすごいと思う。だって、売り物にしか見えなかったよ。

 こればかりは練習あるのみ、だな。

 マホーの助言と補助をもとに三十分ほどコネコネした結果、立派な壺が完成した。


「この中に温泉を引き込みたいが、あれはポンプとかで汲み上げているんだよな……」


 仕組みがわからないから、魔法の力業でやるしかないな。


⦅ふむふむ……地面の下から管を通して、壺の上からオンセンを流し込んでおるんじゃな⦆


 マホーはすでに、俺の記憶から情報を取り出している。

 五百歳とご高齢なのに、ホント頭が柔らかいな。

 好奇心もあるから、貪欲に情報を入手して自分の知識にしていく。

 土魔法で管を作り、水魔法と風魔法で水流を操作して、あっという間に源泉を壺の中に流し込むことに成功したのだった。


⦅おそらくこの仕組みは、魔石を使えば誰にでもできるはずじゃ⦆


 そうだよな。

 専門的なことは、専門家におまかせすればいい。

 では、お湯が溜まったようだし、さっそく入りますか。

 四方に土壁を作って、足場や脱いだ服を置く台も作って……って、体を拭くタオルがない!


⦅風魔法と火魔法の合わせ技で体は乾かせるし、儂の家に使っておらん布ならたくさんあるぞい⦆


「温風のやり方はよくわからないから、とりあえず布をもらうぞ!」


 転移魔法で、ひとっ飛び。

 では、いざ風呂に入らん!


「はあ……気持ち良い。やっぱ、温泉は最高だ……」


⦅儂もポカポカして、何だか気持ち良くなってきたぞ……⦆


「そうだろう? 温泉は、リラックス効果もあるからな」 


 肌に細かい泡が付くのは、このお湯が炭酸泉であることの証明。

 これが肌を綺麗にし体を温めるんだと、ばあちゃんが力説していた。


「この温泉、硫黄臭も肌への刺激もないから、万人向けで丁度いい」


 俺は久しぶりの温泉を心ゆくまで堪能しすぎて、のぼせそうになったのだった。



 ◇



 再び村役場に戻り、ゴウドさんに風呂が完成したことを報告すると、かなり驚かれた。


「少なくとも三日はかかると思っていたが、まさか半日で出来上がるとは……カズキくんは、本当に規格外だね」


「…………」


 俺、もしかしてまた非常識なことをやっちゃいました?

 ……と、お決まりの台詞を心の中だけで言っておく。

 自分もだけど、早く皆に入ってもらいたい一心で深く考えずに作ってしまったから、今さらしょうがないよな。

 次からは、少し自重すると思う……たぶんね。


「えっと…ルビー、ドレファスさんはどこだ?」


「彼なら、もう帰ったわよ。明日は来ないから、次に来るのは明後日ね」


「……はあ?」


 恐るべし、この世界の国家公務員。

 九時から十七時で隔日勤務の、ホワイトなお仕事なんですね……と思ったら、王都周辺の直轄領をいくつか担当しているんだって。

 今日も、別の担当区域へ行ったとのこと。

 早とちりして、すみませんでした!


「せっかくカズキくんが急いで作ってくれたんだから、私が入らせてもらおうかな」


「はい、ぜひ感想を聞かせてください」


 ルビーも興味があるみたいで、一緒について来た。

 役場にもう一人いた中年女性はミアさんというご近所のパート主婦さんで、夕食の支度があるからまたの機会に…と帰られた。


「なんか、想像していたのと違う……」


 初めて見る壺湯に、ルビーは戸惑っていた。

 二人は入浴経験はあるとのことだが、こんな小さな浴槽は初めてなのだろう。

 

「この管から出てくるお湯は、結構熱いね」


「でも、これくらいの温度のほうが入浴するには丁度いいんですよ」


 屋外で源泉を流しっぱなしにしているから、壺の湯はすぐに冷めてしまう。

 あまりぬるいと、お湯を沸かし直すための作業が必要になるとの俺の説明に、ゴウドさんは納得したように頷いた。


「手に小さい泡が付きますが、これは『炭酸泉』と言って……」


 俺はセールスマンの営業トークのように、この温泉の効能をアピールする。

 美肌効果があるとの話にルビーの瞳が輝いたのを、もちろん俺は見逃さなかったぞ。

 お湯と温泉の違いをわかってもらうには、体験してもらうのが一番。

 ということで、最初にゴウドさん。次に、ルビーにも入ってもらった。

 

 さて、その結果は……


「父さん、これすごくいいわ! お肌がしっとりして、すべすべになったのよ!!」


「私も、肩コリが少し緩和されたように感じるよ」


「肌を滑らかにさせる作用がありますし、血行が良くなりますからコリがほぐれたのかもしれませんね」


 なんせ、加水なしの源泉100パーセント温泉だから、とっても贅沢なのだ。

 


 ◇



 翌日から、村人たちにも順番に体験してもらうことになった。

 風呂場へ出入りするたびに俺が壁を作ったり壊したりしていたが、一面だけ簡易的な木の壁と扉、そして鍵が付けられ、俺がいなくても安心して入浴ができるように変更されている。

 風呂の話を聞いたソウルは、さっそくリラを連れて一緒に入ったそうだ。

 大柄な人でも入れるように大きめに作っておいたから、親子連れでも問題はなさそうだな。

 評判は上々で、俺は確かな手ごたえを感じたのだった。



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