第63話 イチャつきの代償
孤島に渡り、洞窟を抜けた先にあったのは、周囲を岩山に囲まれた海だった。
高くそびえたつ壁の内側に海がある。とても自然にできたとは思えないこの場所は、魔導師が訓練をするための施設の一つだった。
ナブラ王国では水属性の魔法の需要が大きいのだが、大掛かりな魔法を乱発すると環境を破壊してしまうことになる。
そのために土魔法で岩を作り、こうして孤島を作り上げたらしい。
さらにこの施設だが、周囲を岩に囲まれているので中で何をしてもわからない。
そんな環境だからか――
「やだ、変なところ触らないでしょ」
「いいじゃんいいじゃん」
「やっと二人きりになれたね」
「もうあなたしか見えない」
――恋人同士がイチャイチャする場所として使われていた。
目の前では、とても言葉にはできないほど男女が身体を密着させ甘い空気を漂わせている。
この場の気温だけ上昇しているようで、俺はともかく、アリサは顔を真っ赤にしてしまった。
恋人たちは周囲を意識していないのではなく、逆に意識した状態で周りに張り合っているようだ。
俺たちの姿をみとめると、キスをしたり身体を触り合ったりと、より過激な行動にではじめた。
アリサは耳まで赤くしてそれらを見ていたのだが、急に手を掲げると、
「『雷よ……走れ!』」
――ピシャッ! ドドッドーン!――
「「「「ひいいいいいいいいっ!」」」」
「あんたたち、神聖な魔法訓練施設でイチャついてるんじゃないわよっ!」
怒りを露わにし、恋人たちを震え上がらせる。
アリサは魔導具と魔法に関しては紳士なので、公共の場での破廉恥な行為を許さない。
この場に溜まっていたカップルは、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去った。
「さて、ミナト。早速魔法のこと教えてあげるね」
「お、おう……。頼むよ」
アリサは満面の笑みを浮かべると、俺をターゲットに追加した。
これまで、サリナがベッタリ俺にくっついていたため、魔法の訓練が後回しになっていた。
俺も威力の低い魔法に関してはそれなりに扱えるようになっているので、そろそろ上級魔法を覚えたいと思っていたのだ。
「今から覚えてもらうのは水属性の上級魔法『氷作成』よ」
彼女は真剣な表情を浮かべると、俺に説明をし始める。
「この魔法は、主に砂漠や水が手に入りにくい集落で重宝される魔法なの。暑い日には涼をとることもできるし、溶けた後は水として活用できるから需要は大きいわ」
「この街だと水は不要では?」
俺はアリサに聞いてみると、
「ここ、魚介類の水揚げが多いじゃない? 新鮮な状態でここから各街に運ぶためには氷は必須なの。そして、このナブラ王国の人たちは海鮮が大好きだから……」
美味しい食事を確保するための需要らしい。美食の為に魔法を覚えて運用させるその精神、気が合いそうだ。
「まず、私が見本を見せるから、よく見ててね」
アリサは浜辺まで進むと、内海にむけて魔法を放つ。
「『氷塊よ……集え!』」
次の瞬間、数メートルほどの高さの氷塊が中空に生まれた。
――ザッバアア「ぎゃああああああああああ」アアアアアアアアン!――
生まれた氷塊は海中に落ち、波が押し寄せ、アリサはもろにそれをかぶってしまう。
「うぇっ……ぺっぺっぺ。海水飲んじゃった……」
水も滴る良い女になったアリサ。肢体が輝き、海藻が張り付いてはいるが、それがまたそそり、エッチな気分になりそうなのだが、先程のカップルに対する容赦ない対応を考えると、ここで手を出すのははばかられる。
「大丈夫か、アリサ?」
俺が心配して声を掛けると、
「どう、今のは悪い例ね。あのくらいの氷塊でも波しぶきが立つから、離れて魔法を使った方がいいわよ」
「ああ、身を挺して教えてくれてありがとう」
「それじゃ、次はミナトがやってみて」
アリサに言われるように俺は魔法を唱えようとする。
これまでの特訓で、中級魔法までは扱えたので問題はないが、流石に場所を選ばなければならないので上級魔法をためしたことはない。
ひとまず、俺はアリサが魔法を使った姿をイメージしてやってみることにした。
「『氷塊よ……集え!』」
小さな氷の欠片が中空に現れ溶けて消える。
「……はぁはぁ、これで……全力だ!」
俺の全魔力を注ぎ込んでも欠片一つしか出せなった。アリサとは大違いだ。
「うん、はじめてにしては上出来ね。流石はミナト」
「なんか……皮肉言われてる気がするんだが?」
「そんなことないわよ、上級魔法はただ魔力があれば発動するものでもないわ。ちゃんと発動したということは、私が教えた通り、ミナトが訓練をしていた証拠。偉いわよ」
そう言って頭を撫でてくる。こういう態度をされると何ともむずかゆいのだが……。
「一度でも発動させられたらあとは回数をこなすだけ。ひたすら反復するのはミナトは得意でしょう?」
彼女の言葉に、エリクサーを飲み、魔力を回復させた俺は頷く。
アリサは一歩下がると魔法で岩でできたビーチチェアを作り出しそこに横たわる。
どうやら、教えることは教えたので、後は見守るつもりらしい。
「『氷塊よ……集え!』」
「『氷塊よ……集え!』」
「『氷塊よ……集え!』」
「ぎゃあああああああああ」
「『氷塊よ……集え!』」
「『氷塊よ……集え!』」
「『氷塊よ……集え!』」
何度かに一度、大きな氷塊が海に落ちる。飛沫が上がり、海面が揺れ、波が押し寄せるのだが、アリサほどではない。
「おかしいな……?」
数十分程が経ち、それなりに魔力伝導効率も良くなってきたと思うのだが、あと一歩を超えることが出来ず、手を見ていると……。
「まだ、少し甘い感じね」
アリサが見かねて近付いてきた。
「自然に流れるように魔力を出しているし、アリサの真似をしてるんだが……」
彼女が魔法を使う際の動作は今も目に焼き付いている。
「もう、仕方ないわね。もっと……こうするのよ」
アリサは後ろから手を逃し腕に触れると、指導を行う。
そう言えば、先程、屋台の人が「あまりいちゃつくと海の魔物を刺激する」と言っていたが、ここでカップルたちが散々イチャイチャした後なのでいまさらだろうか?
「お、おい……、アリサ?」
「ん?」
身体を密着させ、俺を誘惑してくるアリサなのだが、本人は無自覚のようだ。
「『氷塊よ……集え!』」
彼女に視線を釘付けにしながら、それでも最大の氷塊を俺は生み出すのだが、
――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!――
氷塊が吹き飛び、
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
海から青い鱗を持つモンスター
「リヴァイアサン!?」
が現れた。
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