第61話 海の見える街

 どこからともなく潮の香りが漂ってくる。

 窓の外を見ると、眼下には海が広がっている。


 現在、俺たちは馬車で峠を越えている最中だ。


 現実世界とは違い、ガードレールがある訳でもなく、すれ違うための場所もないのだが、もし対向から馬車が来た場合どうするのだろう?

 などと、俺はそうなった場合を考えるとおそれを抱く。


 隣ではアリサがすやすやと寝息を立て俺にもたれかかっている。

 昨晩は、ついつい張り切りすぎてしまったので、彼女は疲労してしまい眠っているのだ。


 俺のように、エリクサーの効果があればよいのだが、生憎なことに俺が出すエリクサーは自身にしか効果を発揮しない。


 飲料としても優秀なので、これのお蔭で水を精製する必要がないのは便利な点でもある。


 噂によると、一応この世界にも治癒魔法があるらしいのだが、扱えるのはごく一部『聖女』と呼ばれる存在だけらしい。


 俺が『オーラ』を習得した暁には、チャレンジしてみるのも手かもしれない。

 そうすれば、アリサも力尽きることなく無限にエッチなことを……。


「……ううん」


 そんなことを考えていると、アリサが目を覚ました。肩から重みがなくなり、物足りなさを感じる。


「ごめん、寝ちゃってたみたい」


「無理することないからゆっくり休みなよ」


 寝起きのアリサに声を掛ける。


「今どの辺かしら?」


 アリサは眠気を振り払うと、俺に聞いてきた。


「今は港街の手前の峠で、あと数時間もすれば到着するらしいぞ」


 俺は御者から聞いた内容をアリサに伝えた。


「この辺の海は透き通って綺麗で、魚種も豊富らしいの。よく、新婚旅行先に選ばれるらしいわよ」


 そう言ったアリサはぽっと頬を赤く染めた。


「どうせなら、新婚旅行にしてしまおうか?」


 それ程素晴らしい場所なら、そのつもりで計画を立てるのもありだろう。


「うーん、私のことを乱暴に扱う人はちょっとねぇ……」


「本当にごめん!」


 アリサの言葉を聞いた俺は土下座をしてみせた。


「嘘よ。でもそうね……この先のエスコート次第では考えなくもないかな?」


 アリサは小悪魔な笑みを浮かべると、俺にそう言った。





 そこら中から美味しそうな匂いが漂ってくる。

 道の両側はひっきりなしに店が立ち並んでおり、様々な食べ物が売られている。


 そんな中、俺は記憶にある懐かしい臭いを嗅ぎ取った。


「す、すみません。これに塗ってるタレって……」


「お、兄ちゃんもしかして召喚者かい? こいつは、異世界の調味料『ショウユ』だぜ?」


「この串焼きください」


「あっ、私の分もお願い!」


 俺が食い気味に屋台の人に注文すると、アリサも横から口を挟んで来た。

 屋台の人は手際よく肉を焼くとはけで醤油を塗る。炭に醤油が垂れると香ばしい臭いが漂いたまらなくなってきた。


「はいよ、串焼きお待ち」


 俺とアリサは串焼きを受け取ると一気に頬張った。


「んっ! 美味しいわね……って、ミナト!?」


「ああ、美味いな」


 気が付けば俺は涙を流していた。

 確かに、現実世界に未練はないのだが、そこにあるすべてが嫌いかというとそうではない。

 こちらの世界の料理も美味いし満足しているのだが、時々でよいから和食を食べたいと思っていた。


「おじさん、この調味料売ってちょうだい!」


 そんなことを思っていると、アリサが屋台の人に話し掛けていた。


「どうした、アリサ。気に入ったのか?」


「確かに美味しいと思ったけど……そこまで大騒ぎする程じゃ……ない……かな?」


 彼女は正直な意見を言うと、少し申し訳なさそうな顔をした。


「だったら、何でわざわざ欲しがるんだ?」


「だって……、あんたが泣くほど恋しいと思っているんでしょ? だったら、今後私が料理をする時に使わないといけないかな……って思って」


 そう言って、顔を赤らめてそっぽを向く。


「なんでえ、今日は本当に暑いよな! こっちまでまいっちまうぜ」


 俺が言葉を失っていると屋台の人が醤油の入った容器を差し出してきた。


「俺はここで商売を初めて長いんだ、色んなカップルがきて目の前で散々いちゃついてたけどよ、お前さんたち程のカップルは初めてだ」


「なっ! そんな……べ、別に私は……ミ、ミナトのことなんて……うぅ……」


 店の人にからかわれてしまい、アリサは恥ずかしそうに俯いた。


「サンキュー、おっちゃん。また買いにくるからさ」


 代わりに醤油を受け取ると、俺は屋台の人に御礼を言った。


「おう、あまりいちゃつきすぎて、海の魔物を刺激しないようにな?」


「あはははは、流石にそこまではいちゃつかないって」


 海の魔物というのは何なのだろうか?

 そんなことを考えながら、俺はアリサの手を引くと浜辺へと向かうのだった。


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