第59話 日下部 明日香
目の前ではアリサが入れた紅茶を優雅に飲む女性の姿がある。
サリナの母親にして転移者の日下部明日香だ。
サリナの母親というからには年齢は三十を超えているのだろうが、見た目からして二十代半ば、言われなければサリナの姉と聞かされても納得する。
その足元にはサリナが転がり涙を流している。スカートが下げられ下着が露出しているのだが、お尻が腫れておりはみ出している肌は真っ赤に染まっていた。
先程まで、明日香さんの折檻を受けていたのだが、なかなかに苛烈で、俺もアリサも思わず目をそらしてしまうくらいだった。
「それで、聞きたいことというのは?」
彼女は一通りのお仕置きをすると、俺に聞きたい事があるのだと告げる。
おそらく、サリナとの関係や、契約のことを国王伝いに聞かされているのだろう。
実の娘がしでかしたこととはいえ、無関係ではない。早急に方針を聞きに来たに違いない。
彼女は勿体ぶると、カップをソーサーに乗せ、テーブルに置くと優雅に頷く。そして、口を開くと質問してきた。
「Monster×Monsterは結局最後どうなったのかしら? プラパカは? 旅団との決着は? オレリロとのカップリングは?」
目を輝かせて聞いてきたのは現実世界のことだった。
「えっと……完結どころか休載してます。ちなみに、旅団との決着は一度つきましたが、その後さらに風呂敷を広げて展開中です」
「そんな……あの名作の最後をようやく聞けるかと思ったのに……」
明日香さんが絶望の表情を浮かべる。
「うぐっ……モンモンの話っすか!?」
意識を取り戻したサリナも目を大きく見開くと食い気味になった。
(ねぇ、ミナト。あまり重要な情報は漏らさないこと。あちらの意図がわからないんだからね?)
アリサが俺に耳打ちをしてくる。二人の驚き方からして、現実世界の、何か重要な情報を漏らしたと思っているのだろうが、単なる娯楽の話なのだ。
「というか、少年漫画読んでたんですね?」
「ええ、育ての親に虐待されていたから。毎週読むモンモンだけが心の支えだったわ」
辛そうな表情を浮かべる明日香さん。こちらの世界に転移できる条件は、元の世界に未練がない者だけということから想像していたが重たい。
「それより、俺からも聞きたいことがあるんですが……」
「いいわよ、何でも聞いてちょうだい。お姉さんに任せなさい」
その仕草に思わず顔がほころぶ。
「ぷぷぷ、お姉さんという年じゃ……ゲフッ!」
笑っていたサリナの頭を明日香さんは無慈悲に踏みつけて黙らせる。
「えっと……それではまず、この世界に来てからの明日香さんの立ち回りについて――」
元同郷ということもあり、聞きたいことはいくらでもある。俺は彼女との情報交換をするのだった……。
「いやー、やっぱり日本人同士で話をするのは楽しいわね」
「こっちこそ、この世界の知らない情報をもらえて凄く参考になりました」
中でも、こちらの世界に来る人間は日本人が多いこと、醤油や味噌などの調味料を扱っている国が存在していることなど、様々な有益な情報を教えてくれた。
「ふふふ、数少ない同郷なのだから助け合わないとね」
明日香さんはそう言ったが、この世界に馴染む日本人もいい人ばかりではない。
たまたま友好的に接して来る人で良かったが、次もこうして交流できるとは限らない。
彼女にしても、サリナが連れてきたから話をしたという部分もあるのだろう。
サリナは馬鹿だからこそ相手の人柄を見抜くような部分がある。娘が信じる俺を信じてくれたというところだろう。
「ああ、残念ながらそろそろ時間切れね、帰らなくちゃ」
結構な時間話し込んでしまっていたので、そろそろ暇しなければならないらしい。
「旦那が王城に勤めているの。せっかくここまで来たんだから、帰りに城下街の評判の良いレストランを予約しているのよ」
明日香さんはウインクをするとそう言った。ここに来る前に予約をしてきたらしく、随分と余裕があるのだなと思った。
「えっ、ちょっと……そのまま帰るんですか?」
立ち上がり、ドアに向かう明日香さんに俺は声を掛ける。
結局、お互いの情報交換で盛り上がってしまいこの先について話していないし、何よりサリナが放置されている。
「ううう、御母様……私も高級レストランの料理食べたいっす」
「悪いわね娘。この予約は二人分なの。あなたを連れて行ったら我が家の家計は破滅よ?」
それでよいのか? ここにきて、この母にしてこの娘ありなのだなと感じた。
肉親に対する容赦のなさ、初対面の人間に対する距離の詰め方など、この人はやはりサリナの母親だ。
「えーと、置いて行かれても困るというか、娘さんとのこともまだ決まってませんよね?」
「それなんだけど、湊君」
「はい」
明日香さんは俺の肩を抱くと告げる。
「こんな馬鹿な娘だけど、男を見る目だけは確かだと思うわ。湊君さえ良かったら、娘をもらってちょうだい」
「いや……国際問題では?」
サリナの『オーラ』については未解決なのだ。
「平気よ、国とも別に契約しているわけじゃないし。私は好きな人と結ばれたのだから、娘にもそうで合って欲しいじゃない」
そう言って転がっている娘を優しい目で見る。
彼女が出ていくと、アリサが近付いてきて、
「ミナト、どうするつもり?」
今後、サリナとどうなりたいのか? 俺に問いかけてきた。
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