第58話 アリサとサリナの関係

「ううう……こんなことになるなんて……皆酷いっす! コウを連れてくるの頑張ったのに!」


 ベッドでうつ伏せになり枕を涙で濡らすサリナ。

 あれから、国王やら宰相やら関係者各位に説教をされたようで、部屋にくるなり愚痴を漏らした。


「自業自得よ、あれだけ調子に乗ってたんだから同情する気も起きないわ」


 アリサは喉のつかえがとれたかのような爽快な表情で、優雅に紅茶を飲んでいた。


「ミナト、この紅茶美味しいわよ。流石はナブラ王国ね、普通はこんなの飲めないわよ」


 そう言ってアリサが勧めてくるので紅茶を飲むと確かに豊かな味わいがした。


「まあ、サリナがやらかしたから、向こうも俺の機嫌を取ろうと必死になってるわけだからな」


 あれから、俺たちは国賓としてもてなされるようになった。

 グレタ王国での状況はこちらにも伝わっていたらしく、交渉が決裂してしまえば次がないことを知っているのか、サリナの態度をのぞけばこの国の王族も非常に丁寧な対応をしてくれる。


「何せ、掛かっているのが『オーラ』だもんね。この世界で使い手が限られているわけだし、ナブラ王国としては国に忠誠を誓った人間との間にサリナの子を産ませたかったはずだもんね」


 それが、完全にフリーの俺を相手に契約を結んでしまったというのだから大ごとだ。

 言われるまでもないが、俺は国に縛られるつもりはないし、アリサと幸せな生活を望んでいる。

 もし俺が『オーラ』を習得してしまった場合、俺たちの子どもにも継承させることができるので、それを危惧しているのだろう。


「それだけじゃないわよ、ミナト。これは……仮の……ま、万が一あったら殺すけど……仮の話ね。ミナトは男だから私以外の女とも子どもを一度に大量に作ることもできるの。生まれた子どもの内の一部にでも『オーラ』が継承できたら、世界のバランスがひっくり返るわよ」


 俺の子孫が溢れ『オーラ』を操る状況を想像してみる。確かに、一騎当千の力を持つ人間が何十人も揃えば、一国くらいなら上手い事やれば落とせるかもしれない。


「俺は、アリサと幸せな家庭を築ければいいと考えているんだが?」


「嘘つき、サリナの身体にも興奮してるくせに」


「そ……それは、そうなんだが……」


 仕方がないだろう。サリナは俺の好みのドストライクな容姿をしている。性格が残念でなければ惚れていてもおかしくないのだ。

 そんな相手に身体を押し付けられて、何も感じないのはゲイくらいのもの。本能に抗うのは流石に不可能だ。


「ふへへへ、コウは私のこと大好きっすからね!」


 いつの間にかサリナが立ち直り、ベッドから起き上がると笑みを浮かべている。


「お前が怒られていたのはそういうところだぞ」


 俺は冷ややかな目でサリナをみた。


「散々説教されて泣きはらしたら喉が渇いたっす。アリサ、私にも紅茶淹れるっすよ」


 サリナはこれまでどうりの調子でアリサに命令するのだが……。


「嫌。あんたに飲ませるのは勿体ないわ」


 当然、アリサは拒否する。


「何でっすか!? 今まで淹れてくれたのに!!」


「それは、ナブラ王国の城に入れてもらうためだからね。もう入城した以上、あんたのいうことを聞く必要はないの」


 極論、アリサは俺の恋人だが、この件には関係ないことになる。なので、サリナの機嫌次第では城まで入ることができない可能性があった。だから、彼女はいやいや言うことを聞いていたのだ。


「散々皆に怒られたのに、アリサまで私を見捨てるんっすか!? 利用するだけしてぽいっすか!」


 目に涙を浮かべアリサに詰め寄るサリナ。


「うっ……わかったわよ、仕方ないわね」


 アリサは溜息を吐くと、サリナの紅茶を淹れ始める。彼女が押しに弱く、かつ善人なのは俺が一番よく知っている。

 サリナは調子に乗るタイプだが裏表がなく、ああみえてアリサにも懐いているので突き放すのには覚悟がいる。


「わーい、アリサ。大好きっす」


「ちょ、ちょっと! 紅茶が零れるでしょ! だ、抱き着くな!」


 口では嫌がっているが、本当に嫌なら全身で拒絶すればいいのにそれをしない。

 百合百合しい雰囲気が流れ、それを見ているだけでこちらも心がほっこりしてきた。


「私の味方はアリサだけっす。こうなったら、アリサと結婚するっすよ」


「いや、俺のだ。やらんからな?」


 聞き流せないことを口にしたので牽制しておく。まさか応じることはないと思うが、アリサは流されやすいところがあるので「い、一回だけね?」とかなりかねない。


 そんな懸念を覚えていると、


 ――コンコンコン――


「はい、どうぞ」


 ナブラ王国の人間が訪ねてきたのだろうか?

 入室を許可する。


「失礼いたしますわ」


 入ってきたのは、豪華なドレスに身を包んだ化粧をした大人の女性だった。

 艶やかな黒髪に、赤い口紅。俺たちより年上なのは間違いないが、醸し出す艶かしい雰囲気と、興味深そうにこちらに向ける視線が印象的だ。


 俺とアリサが、その美貌を前に言葉を失っていると……。


「お、御母様!?」


 サリナが声を上げた。


「この度は、愚娘が御迷惑をお掛けしました」


 女性は頭を丁寧に下げ謝ってくる。


「サリナの母親ということは……」


 思わぬ遭遇に、俺の喉がからからになり、目の前の女性を隅々まで観察してしまう。

 彼女は、俺より先にこの世界にきて馴染んでいる……。


「はい、元日本人の日下部(くさかべ)明日香(あすか)です」

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