第32話 しつこい勧誘

「お断りよ」


「はっ?」


「断ると言ったの」


 アリサの言葉に、男たちは呆然とした表情を浮かべる。


「俺たちはこの街で有名な『銀の槍』って探索者パーティーだぜ。滅多なことじゃメンバーを募集していなくて、入りたい連中が山ほどいて順番待ちしている。そんなパーティーに誘ってやってるんだぞ」


 意外とメンタルが強いのか、男はいかに自分たちが優秀なのかをアリサに語って見せた。


「知らないわよ。さっきこの街に来たばかりだし」


 ところが、アリサはそんな肩書きを聞いたところであっけらかんとしている。まるで彼らのことなど眼中にないのだろう。


「私は、ミナトとパーティーを組んでいるの。他の連中と組むのは御免だわ」


「アリサ……」


 俺が声を掛けると、彼女はハッとして顔を逸らした。こういう場で名指しで俺と組んでいることを宣言されるというのは嬉しいものだ。


「さっ、わかったらとっととそこをどいてちょうだい。今日はゆっくり休みたいんだから」


 だが、こういうイベントは異世界でも定番となっている。彼らがそれで引き下がるわけがない。


「ちょっと待てよ!」


 案の定、男はアリサを引き留めた。

 俺は男がアリサに掴みかかるのを見て、素早く男の後ろに立ち腕を掴む。


「汚い手で彼女に触れるな」


 低い声を出し、その場の全員に怒気を叩きつける。


「ミナト!?」


 アリサも相手が行動を起こすとわかって警戒していたようだが、万が一にも彼女に触れさせるわけにはいかない。


「イテテテテ、イテエエエエエエ!!!」


 ギルド内に男の叫び声が上がり注目を集めてしまい、俺は舌打ちをする。


「ちょっと、何をされているんですか!」


 ちょっとした小競り合いなら介入するつもりはなかったのだろうが、注目を集めてしまったため、受付嬢が話を聞きに出てきてしまった。


「彼らが、強引に私にパーティーに加入するよう言ってきて、断ったら掴みかかってきたんです。ミナトは私を守ってくれました」


 この場で最も冷静なアリサは状況報告を行う。

 俺が男の腕から手を離すと、男は距離を取り自分の腕を擦ると俺を睨んで来た。


「そんなことはしてねえ。ただ、俺たちのパーティーについて説明をしていただけだ!」


 それまでの会話は俺たちだけに聞こえる声量で行っていた。当事者同士の証言だとどちらが嘘を言っているのか受付嬢には判断がつかない。


「はぁ、わかりました。お互いに行き違いがあったようですので、今後はそのような誤解が生まれないように行動してください」


 結局、受付嬢としても両側に忠告をするしかない。

 気持ちの上ではスッキリしないが、俺もアリサも早く解放されたかったので、口を噤んでいたのだが……。


「なあ、あんたからも言ってやってくれよ。この魔導師によ。俺たちがいかにこの街で活躍している探索者だってことをよ」


 ところが、銀の槍の連中は、今度は受付嬢を巻き込み始めた。


「探索者同士のパーティー申請は両者の合意の上に決まります。ギルド側で介入するというのは――」


「だったら、俺たちは迷宮に潜らねえぞ?」


「うっ!」


 男の言葉に受付嬢の表情が変わる。


「この街の主力は俺たちだ。俺たちが迷宮から資材やレアアイテムを持って帰らなければどうなるかよく考えろ? ギルドマスターに聞かれた時、俺はあんたの名前を出すに違いないぜ?」


「ゲス野郎だな」


 相手の弱みに付け込むやり口に、思わず本音がぽろっと漏れてしまった。


「おいおい。俺を怒らせてどうするつもりだぁ? お前のせいで街に物資が行き届かなくなってもいいのかよぉ?」


 怒りに任せて殴りかかって来れば単純に解決できたのだが、中々定番通りにはいかないらしい。単なるモブと違って頭を使っている。


 腕を掴んだ時力を入れたのは失敗だったのかもしれない。


「あんたらはいいのか?」


 それなりの探索者というからには、この街で働いてきた実績があるのだろう。中にはまともなやつがいるのかもしれない。


「貴重な魔導師を獲得するチャンスだからな」


「魔導師さえ加入すれば、俺たちもこんなチンケな街じゃなく、迷宮王国の迷宮に挑むことができるようになる」


「そっちの娘は美人だからな、俺たちが可愛がってやるよ」


 驚きのゲスさだった。こういう部分は定番を外してほしいものだ。


「あんたたち、いい加減にしないこっちも怒るわよ」


 男たちから下劣な視線で見られたアリサは怒りを滲ませる。


「ストップ、アリサ」


「ミ、ミナト。止めないでよっ!」


 彼女の後ろから肩を引き寄せると、アリサは不満そうに抗議してきた。


「えっと、受付の人。ちょっと確認なんですけど」


「な、なんでしょうか?」


「この人たち、どこまで痛めつけて(ころして)いいですか?」


「い、いえ……。殺してしまうと犯罪になります」


 思わず漏れた本音に、受付嬢が頬をひくつかせる。


「では、合法的にこいつらを再起不能にする方法ってありませんかね?」


「そ……それは……」


 受付嬢は黙り込んだ。何か方法があるのだろう。


「教えて欲しいんですけど」


 許可なくアリサの肌に触れようとしたり、アリサの身体を厭らしい目で見た時点で極刑にあたいする。


「それは……駄目です! 許可できません!」


 ところが、受付嬢はそう言うと顔を逸らした。


「教えてやるよ」


 代わりに男が前に出てきて説明をする。


「相手を合法的に再起不能にする方法はなぁ。大切な物を賭けて決闘することなんだよ」


 彼女の口ぶりからしてそうではないかと思っていた。


「どうだ、わかったか? もし決闘をする場合、俺は魔導師をもらう。てめぇみてえな口だけのガキにはぶるって出来ねえだろうが!」


 こうまであからさまな挑発をしてくるとは、


「いいよ。それで」


「は?」


 これ以上は時間が勿体ない。やつの要求を呑んでとっとと終わらせてやることにしよう。


「なら、俺が勝ったらあんたの装備全部をもらおうか」


 こんなゲスな人間を野放しにしておくわけにはいかない。


「俺はあんたに決闘を申し込む!」






「ばっかじゃないっ!」


 アリサは腰に手を当て俺を怒鳴りつけた。


「いや、つい売り言葉に買い言葉で……」


 俺は正座をすると、彼女の怒りを甘んじて受け止めていた。


「だからってあんな連中に関わることないでしょ。あいつらが働こうが働くまいが私たちにはどうだって良かったんだし」


 もっともな意見だ。確かに連中は、迷宮に潜らないという無理を条件にギルドを動かそうとしたが、そもそも外部の人間である俺たちは従う必要がなかった。


「別にこの街の人間の為に決闘をしたかったわけじゃない」


「だったら、どうしてなのよ?」


 俺はアリサを見ると、


「あいつらのアリサを見る目がヘンイタ男爵と同じだったからな。このまま放置しておくより、芽が育つ前に叩き潰しておきたかった」


 三下を見逃して、物語の重要なシーンで妨害してくることが良くある。

 大事な物だからこそそう言った禍根を残しておきたくないと考えた。


「それに、アリサが最初に切れてたのは俺が悪く言われたからだろ?」


 俺とパーティーを組んでいるとはっきり告げたのも、俺と探索をしたいという言葉の裏返しだと思っている。


「それは……、良く知りもしない癖にミナトのことを悪く言うから……」


 彼女は恥ずかしそうな顔をすると、チラリとこちらを見た。


「アリサのことを賭けの対象にしたことは本当にごめん」


 まったく負ける気はないが、賭けの対象にされたことを良く思わないだろう。俺はアリサに不快な思いをさせたことを謝る。


「決闘の時、異論を唱えようと思えばできたけどしなかった。その意味がわかるでしょ?」


 つまり、彼女は俺の考えを肯定してくれていたと告げる。


「あんたが負けるわけないからね、早く終わらせて食事に行くわよ」


「ああ、任せろ」


 俺は立ちあがると、


「こっちはいつでも準備OKだぜ」


 全身に高そうな魔導具を身に着けている銀の槍の男と対峙した。


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