第31話 異世界の定番は必ず訪れる

 旅を始めてから三日が経ち、今日も俺とアリサは馬に揺られながら馬車道を進む。

 普通、長距離の旅というのは危険が付きまとう。

 だが、エリクサーを保持している俺と、錬金術師にして天才魔導師のアリサがいるので至って順調だった。


「あっ、モンスターね。サンダーボルト」


 この通り、モンスターの陰が見えてもアリサが馬上から一方的に倒してしまうのだ。


「それにしても、この『魔導師のブレスレット』いいわね」


 アリサは振り向くと、俺が贈った魔導具の性能を褒めてくれる。


「確かに希少な魔導具で、これを買うのに大金をはたいたと聞いた時は眩暈がしたけど、私が持つことでここまで性能を引き出せたんだから、ミナトの選択は正しかったわ」


 この魔導具は通常であれば一ヶ月かけて魔力を回復する魔導師の魔力を七日で回復させられる魔法陣が組み込まれている。

 購入には屋敷一軒分の金貨が必要だったのだが、アリサが使った時の効果は語るまでもなかった。


「今の私の魔力量が1400ちょっと。魔道師14人分になるわ。つまり一日に二人分の魔法まで使っても24時間経てば回復する。こんなの敵なしに決まってるわよ」


 アリサは魔力も多く、多彩な魔法を使うことができるので、彼女が身に着けたことによってこの魔導具は神器クラスの性能となったのだ。


「たまにはこっちにも戦わせてほしいんだが……」


 そんなわけで、今の俺は御者としてしか働いておらず、そろそろモンスターを倒して運動したいと思っていた。


「何もしないでいたら魔力が溢れて勿体ないじゃない」


 アリサはそう言うと、魔導具を眺め撫でている。贈った物を気に入ってもらえるのは嬉しい。


「お、そろそろ次の街が見えてきたな」


 そんなことを考えていると、遠目に壁が見え始める。予定通りなら次の目的地はあの街のはずだ。


「うん、あそこが丁度、ユグド樹海までの中間地点になるわ。中々順調な進み具合ね」


「行きの時にも気になったんだが、あそこには……」


 アリサは俺と目を合わせるとゆっくりと頷く。


「ええ、迷宮があるわ」


 異世界と言えば誰もが憧れる迷宮。危険な罠やモンスターが湧き、奥には宝箱と財宝が眠っているという。


「言っておくけど、駄目だからね?」


「まだ何も言ってないだろ!」


 俺が内心で「潜ってみたい」と考えていると、思考を先読みしたのかアリサがジトっとした目で見てきた。


「あんたの考えならわかるわよ。どうせ、迷宮に潜って一攫千金を考えてんでしょう?」


 流石アリサ、俺のことをよく理解している。だが、俺もどう言えば彼女を説得できるか知っている。


「もしかしたら超レアな魔導具が手に入るかもしれないぜ?」


「うっ……」


 彼女の魔導具への執着は並ではないのだ。


「俺とアリサのペアなら強さも問題ないし、さっきも魔力を垂れ流すの勿体ないといってたよな? 迷宮でモンスターと戦うのなら魔力も消耗するし、ある程度魔力が減ってから先に進んだ方が効率がいいんじゃないか?」


 そして、仕事などに関して物事を合理的に考える人間だということも知っている。

 魔導装置への魔力の注入が短期間で終わったのは、彼女が効率よく回る順番を交渉したからだ。


「……確かに、ここで魔力を使ってからユグド樹海で素材を回収。戻ってきたころには魔力も回復してるから荷物を預けて迷宮探索。その後戻れば……」


 ブツブツと計算を続けている。今アリサが計算している通りなら、迷宮でほぼ魔力を空にするまで滞在するので、およそ七日程籠ることができる。


 彼女に援護に徹してもらい、俺が前衛で戦えばさらにもつだろう。

 どちらにせよ、素材の置き場所は俺たちしか知らないので慌てて取りに行く必要もない。


 それどころか、まだ見ぬ魔導具が入った宝箱は、時間経過で現れては消えるので、他の人間に奪われてしまう可能性がある。

 二つの利益を天秤にかけた時、彼女の頭脳は正しく計算をはじき出すか?


「それで、どうする? アリサ?」


「はぁ、仕方ないわね」


 その言葉を引き出した時点で俺勝利が決定する。


「一週間だけ、それで切り上げて旅を続けるから」


 俺は上機嫌で街へと馬を進ませるのだった。






「さて、早速、探索者ギルドに行くわよ」


 宿について、部屋で荷物を整理していると、アリサがドアを開けて入ってきた。


「そっちの方がやる気に見えるんだが?」


 仕方ないというスタンスを見せていたアリサだが、俺よりも楽しみにしているのか、いつにない積極的な態度をしていた。


「探索者ギルドの受付時間が朝から夕方までなのよ。身分証を作らないと迷宮に入れないから、明日からだと出遅れちゃうわよ?」


「よし、すぐに行こうじゃないか!」


 そういうことなら話は別だ。俺はすぐさま装備を身に着けるとアリサを促す。





「ここが、探索者ギルドか……」


 この世界では、各職業ごとにギルドが存在している。


 魔法を行使する者が集まる魔導ギルド。

 ポーションなど冒険に必要な薬を取り扱う錬金術ギルド。

 魔導具を解析し、新しい魔導具を生み出したり簡易魔導具を作って販売している付与ギルド。

 国や街の住人の依頼を引き受け、時には山や森の奥まで入る冒険者ギルド。


 そして、迷宮探索を生業にする者を取りまとめるのが探索者ギルドだ。


 そのほかにも、商業ギルドや裁縫ギルドや牧羊ギルドなどなどもあるのだが、今回はその辺については触れないでおこう。


 これらのギルドは、余程敵対しているものでなければ掛け持ちすることができ、事実冒険者ギルドに所属している俺も、錬金術ギルドに所属しているアリサも入ることができる。


 そんなわけで、登録に訪れたのだが……。


「見られているな」


 中に入ると四方から視線が飛んでくる。


「まあ、珍しいからでしょうよ」


 アリサはそう言いつつ、周りを無視して受付へと向かった。


「探索者の登録をしたいわ。私と、後ろのミナト。私は魔導師で彼は剣士よ」


「ま、魔導師!? 何故!?」


 受付嬢の大声で周囲の注目を集めてしまった。


「色々事情があるの。それより登録してよ」


 その事情というのは俺に付き合うという意味が含まれているのだろう、アリサはチラリと俺をみた。

 それにしても、この反応である。予想はしていたが、魔法が使える人物が希少なこの世界では、アリサのような魔導師が登録するのは珍しいらしい。


「そ、それでは身分証カードの提示をお願いします」


 受付嬢に言われ、俺とアリサはもっているカードを受付嬢へと渡す。


「それでは少々お待ちください」


 書類にペンを走らせ、カードを魔導具で読み取る。しばらくすると……。


「はい、結構です。御協力ありがとうございました」


 アリサを経由してカードが戻ってくる。俺は、受付嬢が何をしていたのか気になっていると、表情から察したのかアリサが説明をしてくれた。


「犯罪歴がないか確認していたのよ」


 なるほど、そういうことだったのか。


「ふぅ、登録さえしておけば安心ね。後は宿に戻ってゆっくりして、食事はこの街で有名な店にしましょう」


 上機嫌で前を歩くアリサ。既に今夜の晩飯のことが頭をよぎっているのだろう。ところが……。


「聞いたぞ、あんた魔導師らしいじゃねえか」


 目の前には中年の男連中が立ちはだかる。風貌からして粗野な雰囲気が漂っているが、この場にいるということは、彼らは探索者なのだろう。


「だったら?」


 前を塞がれたアリサはそっけない態度をとると、彼らを見た。


「そんな弱っちい奴より俺たちと一緒に迷宮に潜らないか?」


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