第33話 決闘を開始する

「名乗るのが遅れたな『銀の槍』の【ガーディアン・サイモン】だ」


 探索者の男は誇らしげな態度で名乗りを上げる。

 今日この街に来たばかりの俺にしてみれば「知りません」としか言いようがないのだが、周囲の観客が拍手を贈っていることからかなり有名なのだろう。


 口上を述べる彼の声を無視して、俺はやつが身に着けている装備を品定めする。


 半身を覆い隠してしまいそうな重厚で分厚い盾。黄金の鎧。白銀に輝く大剣。


 一見しただけで、かなりの高級品だということが見て取れる。

 俺は賭けの代償にやつ――サイモンの装備を望んだのだが、律儀に身に着けてくるあたり頭が足りないのではなかろうか?


 一言も発しない俺の態度をみて、ビビっていると思ったのかサイモンが口の端を吊り上げ厭らしく笑う。


「俺は迷宮で前衛を担当しているんだが、戦闘不能になったことがないのが自慢でね。いつだったか迷宮奥でデッドリースパイダーと遭遇したことがあってだな。その時俺は味方を逃がすため、深手を負いながらもしんがりを勤めた。もしあの時俺がいなかったらパーティーは全滅していただろうさ」


「まじ感謝しているっす」


「いよっ! サイモン! 待ってました!」


「お前のガードを貫ける奴なんていないぞ!」


「なるほど……」


 見かけによらず良いやつなのかもしれない。仲間を逃がすためにしんがりを勤めたとは。

 だが、デッドリースパイダーの名前が出た時点で、サイモンの実力がわかってしまう。


 あの、毒があるけど脚がカニみたいで美味しいモンスターなら俺も倒したことがあるから。

 サイモンの持っている鎧があれ以上の硬さとは到底思えない。


「お前はさっき、俺の事を再起不能にすると言っていたが、できるわけねえ。俺が全力で防御に徹すればドラゴンの攻撃にだって耐えることができるからな」


 そう言って自慢げに鎧を拳で叩く。

 この世にはドラゴン以上の攻撃もあるのだけど、大丈夫なのだろうか?


 俺が、サイモンをどうしようか悩んでいると、沈黙を勝手に読み取ったのかどんどん話し掛けてくる。


「卑怯とかいうなよ? 雑魚相手でも手を抜かない。その身長差が探索者として長生きする秘訣なんだからな」


 もし本当にそう思っているのなら、なぜあの時引かなかったのだろうか?

 せっかくなので、俺は先程から気になっていることについて聞いてみる。


「一つ聞いてもいいか?」


「なんだ? 決闘の後じゃ口を聞けねえからな。最後なら何でも答えてやるぞ」


「その装備、売ったらいくらになる?」


「はっ?」


 質問が予想外なのか、サイモンは目を丸くすると固まった。

 どうやら質問の意図が測りかねているようなので説明してやる。


「勝てばお前の装備をもらう約束だろ? 事前に聞いておかないと、手加減するかどうか判断できないからな」


 傷をつけて価値が下がってしまっては元も子もない。

 俺の言葉に、サイモンは激高すると、


「この鎧は迷宮で手に入れたレアアイテムで、ドラゴンのブレスの威力を半減させるし、盾は魔導具で、体力を消費して防御力を高めることができる。剣だって、ジャイアントスパイダーの脚を斬り裂く威力があるんだぞ!」


 なるほど、それなりに価値が高いようだ。やはり壊すわけにはいかないと俺は考える。


「まあ、もらっておくとするか……」


 ここでお金を稼げれば、美味しい料理も食えるし、良い宿に泊まることができる。

 なかなかの臨時収入と思っておくことにした。


「そろそろ始めないか?」


 まだ文句を言い続けるサイモンの言葉を遮る。


 アリサも退屈そうに髪を弄っているし、時間が遅くなると店が混むからだ。


「な、舐めやがって!?」


 俺の一言に、サイモンが剣を抜く。


 特に審判もいないので、俺たちが戦い始めてしまえばセルフジャッジとなる。


「いいぞーやっちまえ!」


「身の程をしらせてやれー!」


 観客の野次が飛ぶ。


「当たり前だ! 後悔させてやる!」


 目を血走らせ、気合を入れるサイモン。


「んじゃ、いくぜ!」


 サイモンは真っすぐに突っ込んでくると、大剣を振り下ろした。


 ――ビッ!――


 あまりにも遅い斬撃だったので、指で挟んで受け止めてみた。剣で受けた場合、どっちも消耗するので勿体ないという判断だ。


「「「なあああああああああああああああああ!」」」


 観客たちが叫んでいる。


「なっ! うごか……ねえ……」


 顔を真っ赤にし、力を入れるのだが大剣はピクリともしなかった。サイモンの攻撃はドラゴンの爪や尻尾に比べるとまったく重くない。

 この程度で威張るのはどうかと思う。


 王国で攻撃を加減してくれていた騎士団長の方がまだ鋭かったくらいだ。


「こんなもんか……」


 俺は、左手で剣を掴むと、サイモンに近寄り掌底を繰り出す。


「ゴフッ!?」


 サイモンは鎧ごと吹き飛び、あおむけに倒れると、よろよろと身体を起こした。


「まだ、この程度じゃ終わらないよな?」


 向こうはアリサを引き入れた後、ゲスな行為に及ぶつもりだったのだ。本来なら何度殺しても許されない。


「ひっ、ひぃぃぃっ!!!!」


 力の差を理解したのか、サイモンが怯え始めた。


「言っとくけど、今のはかなり加減したんだぞ」


 あのくらいなら鎧もそんなに凹んでいない。俺は腕を回し、準備運動は終わりとばかりに気合を入れ直す。


 何せ、道中アリサに獲物を奪われ戦っていないので、身体がなまっていたからだ。


「や、やめっ……ぐはっ!」


 何かを言おうとしているサイモンの顔を殴りつける。

 装備に傷をつけないためには露出している部分を叩くのが手っ取り早い。


「おごっ……ま、まいっ――」


 その先は言わせない。再起不能にすると決めたのに決着がついてはそれもかなわない。

 俺が徹底的にサイモンを攻撃していると、


「ミナト! 後ろ!」


「いい加減にっ!」


「しやがれっ!」


 奴のパーティーメンバーが剣を振りかぶり襲い掛かってきた。


「後ろ襲ってくるのは卑怯だろ!」


 俺は手元にある『防護のネックレス』の効果を発動する。


 ――カインッ!――


「「なっ!?」」


 二人の剣は届くことなく、障壁に跳ね返される。このネックレスは魔力さえあれば強固な障壁を張ることができるので、もし俺に攻撃を届けたいのなら魔力を絶つ必要がある。


 もっとも、相当な魔力を保有している俺の魔力を絶つこと自体、ただの探索者には不可能なのだが……。


「そっちから手を出してきたからには、参加したとみなすぞ。俺が勝ったらあんたらの装備ももらう」


 そこからは一方的な蹂躙が始まる。

 サイモンや他の二人がどれだけ攻撃を加えてもこちらに一切届かない。


 こちらからの攻撃は一方的に届いてしまう。


 決闘開始から数十分が経つと、その場に立っているのは俺とアリサだけとなっていた。



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