第3話 錬金術ギルド

「よし、これで十匹目のモンスター討伐」


 あれから、俺は草原を歩き回りモンスターとの戦闘を繰り返した。街の郊外には結構な数の生物が生息しているようで、頻繁に動物やモンスターと遭遇した。


「やっぱり気のせいじゃない。最初より剣が振れるようになっている」


 水平に剣を振りぬく。「ヒュッ!」という風を斬る音が聞こえた。

 明らかに身体能力が上がっている。原因はおそらくゲームで言うところのレベルアップというやつだろう。


 最初は何度も触れるかと思っていた剣も今では軽くとは言わないがそれなりに扱えるようになっている。


「それに、段々攻撃も痛く感じなくなってきたし」


 ナッツラットの他にも何種類かのモンスターが現れ、戦闘を繰り広げたのだが、慣れないうちは攻撃を受け続けた。

 最初は毎回怪我を負い血を流していたのだが、五匹目を超えたあたりから身体が作り変えられるような感覚が湧きおこると、戦闘が楽になった。


「これがこの世界で強くなるための方法なんだろうけど、楽しくなってきたな」


 まるでゲーム序盤のレベル上げをしている気分だ。苦戦していたモンスターに圧勝できるようになるのは楽しい。


 俺は弱いので、本来ならモンスター数匹を倒した段階で街に戻って休まなければならないのだろうが、エリクサーで完全回復できるので、その手間を省くことができる。


「これなら、この世界で生き抜くだけの最低限の力は手に入りそうだな」


 俺のことを良く調べもせずに追い出した神殿の連中の顔を思い出しほくそえむ。


「そう言えば、この世界では魔法も使えるはずなんだよな」


 今俺がいるのはずっと憧れていた異世界なのだ。ここにきたらやりたいと思っていたことが無限にあったのだ。


「こうしちゃいられない。早速街に戻らないと!」


 ファンタジーと言えば魔法。俺はどうすれば自分も魔法を使えるようになるか調べるため、街へと戻るのだった。




「お帰りなさい、アタミさん? でしたよね?」


 冒険者ギルドに戻ると、先程世話をしてくれた受付嬢に話しかける。


 彼女はつぶさに俺の全身を見回すと口を開いた。


「外での活動は厳しそうでしたか?」


「いえ、大丈夫でしたけど。どうしてですか?」


 何故そのように思ったのか聞いてみる。


「特に傷を負った様子もないですし、疲れているようにも見えないので、モンスターと戦闘をしなかったのではないかと思いまして……」


 なるほど、冒険者初登録で初心者の俺が出て行った時のままの状態で戻ってきたので、怖気づいて逃げ帰ったと判断したようだ。


「これが討伐したモンスターの一部です」


 俺はカウンターに討伐部位を並べてやった。彼女は眉をピクリを動かすと頭を下げる。


「これは失礼いたしました。こちらの方は買い取りさせていただきますね」


 営業スマイルを損なうことなく、彼女は討伐部位を回収する。

 彼女が査定をしている間にレンタルしていた武器と防具を返却して戻る。


「お待たせしました、こちらが今回の報酬になります」


 トレイに並べられている銀貨と銅貨を受け取り小袋にしまい込む。安い宿なら数泊できそうな額なのでほっとした。


「そう言えば、魔法を使いたいんですけど、どうすればいいですかね?」


 魔法が存在することは知っていたが、どのような手順で覚えてどのような魔法があるかまでは知らない。せっかくなので聞いてみることにした。


「そうですね。一番確実なのは魔術学校に入学することではないでしょうか?」


 この世界で魔法を覚える正当な手順は魔術学校に入学することで、そこで三年間学べば基本は身につくらしい。


「もっとも、入学には魔力が一定以上必要ですけど……アタミさんはその……」


 言い辛そうに言葉を詰まらせる。


「あー、それも一般人並みかもしれない」


 というか、確実にそうだろう。魔力が飛び抜けていたのならおそらく追い出されていない。


「せめて魔法を見てみたいんだけど、何か方法ないですかね?」


 自分で使えないにしても、早い段階で魔法を見学するのは悪い事ではない。俺は受付嬢にどうにかできないか期待の眼差しを送った。


「他には家庭教師でしょうかね? 貴族や豪商の子息などは幼少の頃より魔法を覚えさせるために雇っているようですよ? もっとも、魔法が使えるのに魔導ギルドや錬金術ギルドに所属しないのは稀ですけど」


 貴族などの英才教育というやつらしい。


「もしかして、この世界で魔導師って貴重ですか?」


 言葉の端々から魔導師の希少性を感じたので、俺は受付嬢に推測をぶつけた。


「ええ、魔法という現象は軍事面でも生活面でも便利ですからね。それなりの魔力があれば、治癒魔法を覚えて神殿で働いたり、四大属性魔法を覚えて国仕えしたりしますので引っ張りだこです」


 つまり、野良の魔導師はほとんど存在しないらしい。


「そっか、残念だな……」


 魔導師という存在は現実世界でのプロのスポーツ選手並みの扱いらしいので、簡単に会えるものではないらしい。


「となると、錬金術師も厳しいか?」


 ついでに説明を聞いていたのだが、魔術師として学んだ者の一部が錬金術師になるらしくこちらも希少な存在だという。


「そちらなら、何とかなるかもしれません」


 俺の呟きに反応して受付嬢が返事をした。何か策があるのだろうか?


 俺は彼女がどうするつもりなのか注目していると、


「実は、急ぎの依頼で錬金術ギルドに荷物を届けて欲しくてですね」


 受付嬢は奥から荷物を持ってきてカウンターに乗せた。

 どうやら単なるおつかい依頼のようだ。


「実は冒険者の中には魔導師をあまりよく思っていない人も多いので、断れてしまうんですよね」


 職業的な立ち位置なのか、パワーバランスなのかわからないが人間同士のいざこざはこの世界でもあるのだろう。


「依頼料も安いですし、あまり期待に沿えないかもしれないのですが……」


 申し訳なさそうにする受付嬢。俺は荷物に触れると、


「わかりました。俺が行きますよ」


 その依頼を請けるのだった。


          ★


「アリサ、今週の充魔当番あんたでしょ?」


「ふぇっ?」


 ベッドで横になっていたアリサは寝ぼけながら顔を起こした。


「そろそろ魔力が空っぽになるでしょ? 毎日補充するように言われてるのに、このままだと罰則を受けるわよ?」


 そんなアリサに対し、女性は険しい視線を送った。


「あれやると疲れるから嫌なんだけど……」


 アリサは枕に頭を乗せるとそうぼやいた。


 彼女は、若干十二歳で飛び級で魔術学校を卒業した天才で、以降錬金術ギルドに席を置き働いている。


 飛び抜けた魔力を保有しており、卒業後五年で頭角を顕してきた国の最優秀錬金術師に取り上げられている。


「仕方ないでしょ、大規模な魔導装置は魔力を食うんだから。あんたみたいに魔力が多い人間でないと補充が追い付かないし」


 同僚の言葉にアリサは眉根を寄せると不満を口にする。


「それにしたって魔導師が貴重なんだから、ポーションの生産量を減らすとかだめなのかな?」


 魔法は万能なので、施設の増強や農業など生活の隅々まで使われている。

 冒険者が使うポーションなどに使う魔力もばかにならない。そのせいもあってか、冒険者と魔導師は仲が悪かったりする。


「とにかく、私もギルド長からあんたを働かせろって言われてるの。これ以上は庇いきれないからね」


「はーい、わかりましたよ」


 アリサはその言葉を聞き流すと枕に顔を埋めた。どうやら二度寝を決め込むつもりのようだ。


「怠惰のせいで大事になっても自業自得なんだからね」


 くしくも同僚の女性の言葉が現実になろうとは、この時のアリサは知らず、幸せな夢へと旅立つのだった。


          ★

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