第2話 即追放されてしまった
「どうして、こうなった?」
俺は公園のベンチに背をもたれると空を仰ぎ、やるせない思いで溜息を吐いた。
「あいつら、厄介払いしやがって」
現在、俺は召喚の儀を終えて神殿から追い出されたばかりだ。
「誰が『外れ異世界人! コモンかよ!』だっての!」
それというのも、俺の作り出した【エリクサー】が偽物だと判断されたからにほかならない。
「どう見てもただならぬ効果がありそうなんだけどな……」
ほんの数秒で作り出した瓶の中に入っている虹色の液体は、現実世界で見たことのない神々しさを放っている。
魔法の世界に慣れていない俺ですらその凄みを感じ取れるくらいなのだから、この世界の住人にそれがわからないとも思えない。
俺は瓶に口をつけると虹色の液体を喉に流し込んだ。
「う、美味いじゃないか!?」
飲めば清涼感に溢れていて身体中に活力がいきわたるような感覚に陥った。これがエリクサーの効果なのかはわからないが、思考がクリアになり先程まで悩みで感じていた疲労がましになったような気がする。
怪我や病気をしたわけではないので確証を得られないが、少なくとも頭の中に流れてきたこの能力の説明がまったくの嘘ということはないはず。
「……だというのに」
俺の能力を明かした後、老神官が怪我や病気に苦しむ何人かにエリクサーを飲ませてみたところ、まったく効果がなかった。
それどころか、能力を疑われてしまい、魔導具で測定をしたところ『こちらの世界の一般人並みの潜在能力です』と、凡人の烙印を押されてしまった。
老神官たちが集まり何やら険しい表情で協議を行い、結果として俺の追放が決まってしまった。
最初に話しかけてきた老神官から「これは手切れ金ということで」と一枚のカードが差し出され、利用手順を説明すると厄介払いとばかりに神殿から追い出された。
金色の、金属でできた紋章が彫られたカードを天にかざす。
このカードは身分証明書にもなっていて、かざせば金貨10枚(現実世界で100万円分)の買い物が各店でできるのだという。
「とりあえず当面の生活費はあるわけだし、異世界を見て回るとするか」
放置していた空の瓶が消滅するのを視界の片隅に収めると、俺は突然始まった異世界生活にわくわくするのだった。
「まずはここだろうな?」
神殿を追い出されて、俺が最初に訪れたのは冒険者ギルドだ。
異世界に転移した物語を読めば、まずお約束とばかりに冒険者ギルドが出てくる。
古びた扉を手で押し開け中に入ると、柄の悪い連中と目が合った。
建物に入ると、アルコールやら肉の焼ける臭いやらが漂ってくる。
周囲を見て、受付と思われるカウンターに容姿の整った女性を発見すると、そこが目的の場所と見当をつけずかずかと進んだ。
「本日はどういった御用でしょうか?」
営業スマイルを向けてくる受付嬢に俺は目的を告げる。
「依頼を請けたいんだけど、どうすればいい?」
「それでは、登録を行いますので質問にお答えください」
受付嬢は用紙を取り出すと、俺のプロフィールの作成を始めた。
「熱海 湊、年齢は十七歳。出身は日本」
「……なるほど、異世界人の方ですね?」
異世界人だということで目を合わせ探るような様子を見せるが、それ以上特に何かいうことはない。
召喚した神殿の人間も、見物に集まっていた観衆も異世界人というものをある程度認識しているからだろう。
「早速、何か仕事を請けたいんだけど、お勧めはある?」
まず自分に何ができるか把握しておかなければならない。俺でもこなせそうな依頼がないか聞いてみるのだが……。
「うーん、今のところ簡単な依頼はありませんね。常時募集しているハーブやゴブリンの討伐依頼くらいでしょうか?」
「それって、ゴブリンを討伐して部位を持って来れば平気?」
この世界に転移する際に俺が得た知識と間違いないか念のため確認すると、受付嬢は頷いた。
「えっと、見たところ随分と身軽な格好の様ですが武器も防具もお持ちではないですか?」
「あー、どうしようか……?」
この世界での俺の身体能力はあくまで一般人並みと結果が出ている。ここで武器防具を揃えてしまってから、自分が冒険者に向いていなかった場合、装備を売り払ってしまえば損をしてしまう。
「もしよろしければ、預り金を頂ければ装備をレンタルすることもできますよ?」
「あっ、じゃあそれでお願いします」
こちらが悩んでいると、受付嬢が提案してくれたので提案を受け入れた。
倉庫のような場所に案内される。
倉庫内には使い古しの皮鎧やグローブ、それに少し欠けていたりさびが発生している剣が立てかけてあった。
俺はその中から、比較的損傷が少ない物を選び身に着ける。
「うわ、似合ってないな?」
留め具が甘いからか動くとどこかが身体に障る。
「返却の際はまた声を掛けてください」
そう言って、受付嬢はそそくさと出て行き自分の仕事へと戻ってしまった。
「まっ、とりあえず試しに戦ってみるか」
俺はそんな彼女を見送ると、冒険者ギルドを出て街の外へと繰り出すのだった。
「まずは、森にでも向かうとするか。上手くモンスターと遭遇できるといいんだけど……」
こちらに召喚された時、この世界の一般的な知識は得ている。
俺が召喚されたのは魔法やモンスターが存在するファンタジーのような世界で、 街の外にはモンスターが存在し、森では錬金術に必要なハーブが、鉱山では鍛冶に必要な鉱石を採ることができる。
街の中で商売をする人間以外は、外に出てそれらを採り、生計を立てるのが一般的らしい。
そんなわけで、この世界で生きていくため、俺は彼らと同じ行動をすることにした。
「街から離れなけれそんなに強いモンスターが出ないらしいけど……」
近場に現れるのは、小型のモンスターだけなので成人した大人であれば倒すことはそう難しくない。
『キキキィ!』
茂みから何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
齧歯を生やした、サッカーボールくらいの大きさのモンスター。【ナッツラット】。鋭い歯で噛みついてくるモンスターで、噛まれると痛いらしいが余程のことがない限り致命傷にならず、遭遇しても逃げるのが容易なのでこの世界の住人からも脅威と思われていない。
「とりあえずこいつでいいか」
一匹だけの登場ということもあって初戦闘の相手としてふさわしいだろう。
俺は、冒険者ギルドでレンタルした剣を抜くと、重さで右手が下がった。
「重いな……、ちゃんと振れるか?」
体育会系の部活でもなければ剣道を習っていたわけでもない。素人が武器を扱うというのは中々難しいのだと改めて認識する。
「悪くおもわないでくれよ?」
目の前で威嚇行動を繰り返すナッツラットを注意深く見ながら剣を握り直した。
これから生き物の命を奪うということに緊張するが、現実世界とは違い、この世界で生きるためには遠からず手を汚すことになるので、躊躇っていてはだめだ。
ナッツラットが飛び掛かってくるのに合わせて俺は剣を当てにいった。
『キキィーーーー!!!』
「当たった!?」
ナッツラットの頭部を浅く斬り、嫌な感触が手に伝わる。罪悪感が湧き、攻撃を躊躇してしまった。
『ギギギギギギギギィーーーーー!!!』
「痛えぇぇぇーーー!?」
ナッツラットの戦意は衰えず、すばしっこい動きで俺に近づくと足に噛みついてきた。
「このっ! 離せっ!」
剣を振ろうにも近すぎて振れないし、突き刺そうとすれば自分の足まで攻撃してしまう。足に痛みが走り混乱していると、視界に大きな石を発見した。
何度もナッツラットを殴りつける。手に感触が伝わるが、こちらも必死だ。
『キュゥ』
どうにか倒すことができたようで、ナッツラットは力を抜くと地面に横たわった。
「ふぅ、手強かった……」
初の戦闘をどうにか終え、息を整えていると、ナッツラットから光が出てきて俺の身体に吸い込まれていった。
「これが、経験値みたいなやつだっけ?」
この世界ではモンスターを倒すとこのような光がでてそれを吸収することで自分の力にすることができる。
「少しは強くなれたか?」
冒険者はモンスターを討伐することで経験を積み強くなることができるので、こうしてモンスターを倒せるのなら俺だって成長できるだろう。
「それにしても、雑魚モンスターとはいえ油断すると酷いな」
現実世界なら縫わなければならない怪我をしているが、こちらの世界には治癒魔法やポーションなどが存在しているので、金さえ払えばこの程度の傷は治してもらえる。
「一回の治療費を考えると赤字だと思うけど……」
モンスターに遭遇するたびにこれでは先が思いやられる。
「ふぅ、戦闘で喉が渇いたしエリクサーでも飲むとするか」
他の人間に効果がなかったとはいえ、飲料として活用する用途もある。俺はエリクサーを飲みながら「飲み物として売れば生活できたりして?」 などと、どうにか自分の能力で商売できないか考えていると……。
「えっ? 痛みが一瞬で引いて怪我が治ってる。それどころか、体力も回復してないか?」
先程、ナッツラットに噛まれた傷が塞がっている。少しの間考えると、もしかしてと推測が浮かんでくる。
「いやいや、まさか……そんなわけが……?」
この世界に転移する際に授かった知識が間違いないとすれば、やはりこの飲み物はエリクサー。なぜ他の人間に効果がなかったのか、その原因は……。
「もしかして、このエリクサーは俺にしか効果がないとか?」
俺はポツリと呟くと、確かな効果を発揮したエリクサーの空き瓶を見続けるのだった。
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