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 お別れ会の後、達樹は帰り道を歩いていた。こうしてこの道で下校するも最後だ。来月からは東京の通学路だ。そして、もう小学校に来る事もないだろう。


 家への帰り道の途中、達樹は稲荷神社の前にやって来た。ふと、達樹は考えた。あの九尾の狐はいるんだろうか? 明日、東京に行くんだから、お別れを言わないと。言わなければ、九尾の狐は寂しがるだろうな。


 達樹は茂みに入り、九尾の狐を探した。だが、なかなか見つからない。どこに行ったんだろう。


「どこに行ったのかな?」

「また会いに来たんだね」


 達樹は九尾の狐の声で振り向いた。そこには九尾の狐がいる。


「うん」

「ここを離れるのが残念?」


 九尾の狐は予感している。明日の朝、東京に行くから、明日からはいつでも会えなくなるだろう。寂しいな。だけど、出会いと別れを通じて成長しないと。


「うん」

「だけど、出会いがあれば、別れがあるのさ。その中で、人は成長していくもの。きっと強くなれるよ」


 九尾の狐は達樹の肩を叩いた。とても暖かい表情をしている。短い間だったけど、明日からはいつでも会えなくなる。決して別れではない。また会えるさ。


「それ、おじいちゃんとおばあちゃんも言ってた。本当かな?」

「本当だよ。考えてみてよ。お父さんだけじゃない。おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんも、新しいお父さんも先に死んじゃうでしょ?」


 達樹は少しずつ受け入れ始めている。みんな、出会いと別れを繰り返して成長している。自分もこうして成長していくんだ。


「そ、そうだね」

「そんな別れを乗り越えて、前を向いて生きていかないと」


 九尾の狐はこの村を出て行った子どもたちの事を考えた。彼らもこの村との別れを通じて成長していったんだろうか?


「考えてみれば、そうだね。いつか僕は独り立ちしなければならないんだね。いつまでもお母さんたちに頼ってばかりじゃあだめなんだね」

「そうだよ。全く考えてなかった?」


 達樹は山を向いている。山の向こうには東京がある。明日から留梨子と新しい父と暮らすんだ。


「うん。どうして僕、考えてなかったんだろう」


 達樹は反省している。今までどうして逃げていたんだろう。自分はどうして成長しようと思わなかったんだろう。


「まだその時じゃないからだよ。でも、いつかはわかるよ。それは、どれぐらい大きくなってからだろう」

「僕は、どんな大人になるんだろう。まだわからないな」


 達樹は思い浮かべた。だが、思い浮かばない。でも、これからわかってくるだろう。そして、母や新しい父のようになるだろう。


 と、九尾の狐は何かを取り出した。達樹へのプレゼントだろうか?


「東京に行っても、応援してるよ。そうだ、君に渡したいものがあるんだ」

「何?」


 九尾の狐は手からお守りを差し出した。そのお守りは、狐の尻尾を模した形だ。


「お守り。辛い時や悲しい時はこれを握って僕の事を思い出して。きっといい事が起きるから」

「本当に?」


 達樹は笑みを浮かべた。まさか、九尾の狐からプレゼントがもらえるとは。とても嬉しいな。


「うん。東京でも頑張ってね」

「わかった」


 達樹はお守りを持って、実家に向かった。九尾の狐はその様子をじっと見ている。




 翌朝、今日は東京に行く日だ。達樹は留梨子が来るのを楽しみにしている。つい最近まで楽しみじゃなかったのに。


「お邪魔しまーす」

「お母さん!」


 留梨子がやって来た。その声を聞いて、達樹が玄関にやって来た。とても元気な表情だ。つい最近までは元気じゃなかったのに。徐々に受け入れ始めたんだろうか? 留梨子は達樹の成長ぶりに驚いた。


「たっくん、元気にしてた?」

「うん!」


 留梨子はここにいた時よりおしゃれな服を着ている。東京で買ったと思われる。


「今日で東京に行くけど、やり残した事ない?」

「ううん」


 達樹は準備はもうできている。この村でやり残した事はない。みんなに別れを言ってきたし、また会えるだろうから。全く寂しくない。


「よかった。じゃあ、行くよ!」

「うん!」


 達樹と瑠璃子は玄関の外に出た。目の前には留梨子の軽自動車がある。これで東京に行くのだ。


「今日まで、ありがとうございました」


 留梨子はお辞儀をした。それに続いて、達樹もお辞儀をする。徳三とタエは笑顔で彼らを見ている。まるで達樹に頑張ってこいよとエールを送っているようだ。


「盆休みや年末年始は、ここに来てね!」

「わかった!」


 2人は車に乗り込んだ。その様子を、徳三とタエはじっと見ている。


「さようならー!」

「さようならー!」


 車は走り出した。だが、徳三とタエは追いかけようとしない。


 車は右に曲がり、実家を後にした。実家がどんどん小さくなっていく。達樹はその様子を見ている。寂しいけれど、東京で頑張って来るよ。そして、成長した姿を帰省した時に見せなければ。


 しばらく走ると、稲荷神社の前の茂みの横に差し掛かった。達樹は茂みを見た。九尾の狐はいるんだろうか? とても気になる。


「あっ・・・」


 達樹は茂みの中で九尾の狐を見つけた。九尾の狐は手を振っている。達樹に反応しているようだ。


「どうしたの?」


 留梨子は不思議に思った。茂みに何があるんだろう。留梨子には九尾の狐が見えない。大人には見えないと思われる。


「何でもないよ・・・」


 達樹は笑みを浮かべた。達樹はお守りを握り締めている。だが、留梨子はそれに気づかない。この稲荷神社にいる狐の事も。


 達樹は決意した。多くの出会いや別れを経験して、再びこの村に来るんだ。そして、また九尾の狐に会って、これまでの事を話すんだ。

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おきつねさん 口羽龍 @ryo_kuchiba

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