19日目「物足りない一日」

「おはよう。今日は遠野が熱でしばらく欠席だそうだ。皆体調管理には気をつけるように。少しでも異変を感じたらすぐ先生に言う事!」


 今日の先生の第一声から爆弾発言が飛び出してきた。昨日まであんな元気そうだった優くんが学校を休むという連絡がクラス中に知らされた。


「おいおいマジかよ……入学してから1日たりとも欠席しなかったあの遠野が?」

「きっと体調でも崩したんだろ」


 徐々にと教室内がざわつき出す中、先生が静かにするよう促しながら本題に戻る。


「――とにかくお前らも体調には気をつけろ。いいな!」

「「はいっ!!」」


 こうして朝の集会を終えたは良いが、私にとってはここからは退屈との戦いだった。


(いつも隣で座ってるはずの優くんが、今日からいないんだって思うと……寂しいな)

「……はぁ」


 今日は優くんの記憶を取り戻すどころか会話すら出来ないのか……と、落ち込んだ気持ちをため息として吐きだす。そこに二人の少女――涼宮茉莉すずみやまつり北条咲希ほうじょうさきが私の座席を囲うように近づいてくる。


「おはよ〜甘菜っ! あれ、今日元気ないね? どうしたの??」

「……何でも無いっ」

「きっと隣の子がいないから寂しいんだよ。ほら、いっつも学校真面目に来てるだろ?」

「あ〜、絶対それだね。まぁまぁ皆言ってる通り、優里も体調崩しただけだと思うから……ちょっとだけの辛抱だよ、甘菜ちゃん」

「違うから……今日は、その……たまたま元気ないだけだからっ」


 普段より素っ気ない一言を二人にぶつけ、私は荷物を持って次の授業教室へと歩き去っていった。残された二人は何やら変な様子だと思い、互いに向き合って話す。


「ねぇ、今日の甘菜おかしくない?」

「明らかに素っ気ないというか、いつもの元気が無いというか……これは調査する必要がありそうだね」

「うん、『甘菜ちゃん完全復活計画』を実行しないと、だね!」

「その計画いつ考えたのかな……」

「今考えた」

「内容も?」

「いや、まだ」

「ただ計画名考えただけなんだね……って、そろそろ授業始まっちゃうね」

「うわっ、もうそんな時間っ!?」


 話している内に時刻は既に9時になろうとしていた。その場で昼休みに合流するよう約束し、2人もそれぞれ授業教室へと急いで移動するのであった。



 それから授業はもちろん昼休みも何事も起きずに過ぎていき、授業が全て終了した。茉莉と咲希は甘菜に一緒に帰ろうと誘ったものの、用事があるとさっぱり断られたため仕方なく2人だけで帰る事にした。


「一緒に帰ろ〜って言っても『今日は用事あるから先帰って』だってさ……ほんと、今日の甘菜ちゃん変だったね〜」

「結局何が原因なのかも分からずだったね……」

「いや、あれは絶対優里がいないからでしょ〜! そんな事言えないからあーやって素っ気なくしてるだけだってぇ!」

「まぁまぁ……あの子も私達と同じ女の子だからさ、色々あると思うよ」

「でもぉ……誰にも言えなくてって事もあるかもしれないじゃん! 私達とかには言えない事だってあるかもしれないじゃん!」


 沈みゆく太陽が照らす橙色の光が差し込む町の道路で、2人は今日の事について話す。

 今日は何と言っても甘菜の異変についてだ。いつも周りを笑顔にさせるほどの明るさの持ち主だというのに、今日はその真逆だった。


「あんまりこういうの私達が関わっちゃいけないかもしれないけど……心配だよぉ……」

「茉莉……」


 甘菜ちゃんを助けたい。いつもの元気を振りまく甘菜ちゃんを見たい。そんな甘菜ちゃんといつもの日々を過ごしたい。入学して、甘菜ちゃんと話し始めてからまだ全然時間も経ってないけど、友達故の心配が込み上げる。その感情に付き合いの長さや時間は一切関係ない。


「……あの人に話してみるのが一番早いんじゃないかな?」

「え……? あの人って――」

「いいから、ついてきてっ!」

「あ、ちょっと待ってぇ〜!!」


 ふと咲希が放った一言でとぼけた顔を浮かべる茉莉に対し、咲希は強引に右手首を掴んて引っ張っていく。その行き先は――




 ピンポーンッ


「は〜いっ! ちょっと待っててねぇ〜」


 咲希がとある人物の家のインターホンを押した途端、おっとりした声がインターホン越しに聞こえた。それから少しして、ドアが開く音がしたその時だった――



「あらあら、咲希ちゃんいらっしゃ〜い! うちの甘菜がお世話になってます!」

「こんばんは、甘菜ちゃんのお母様。突然訪ねてしまってすみません」

「へ……?」

(お、おおおお母さんっ!!!?)



 甘菜に似つつも色気が備わった顔と身体に茶髪のポニーテール。更にジーンズと長袖シャツのセットからのエプロン姿という、正しく大人の……というか奥さんの雰囲気を醸し出す服装とオーラ――そう、さっき咲希の言った『あの人』こそ、今目の前にいる甘菜ちゃんのお母さんである。


 そんなあまりに予想外すぎる展開に、茉莉は驚きを隠す事など出来なかった。

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