16日目「昼休みは修羅場(甘菜ルート)」

 すっかり聞き馴染んだ学校のチャイムの音色が、自由時間の始まりを全生徒に伝えていく。徐々に筆箱にペンや消しゴムが仕舞われる音が教室中に響き渡る。


「はぁ〜、やっと昼休みかぁ〜! 長かったなぁ〜」


 4時間目は日本史だったからか、御経おきょうでも聞いているかのような時間を迫りくる睡魔に抗いながら黙って過ごしていた。途中でウトウトし始める優くんが唯一の楽しみだった。


 そして待ちに待った昼休み。今日という日こそ、私――飯島甘菜はこの昼休みに果たさねばならないミッションがある。


(今日こそ優くんと一緒にお弁当食べるんだから――!!)


 我ながら恥ずかしさもあるが、これは本心。優くんの記憶を取り戻すためには、少しでも長く優くんの隣にいてあげなければならないのだ。


「待っててね、優くんっ……!」



 ――あれから貴重な50分のうち10分を消費して探し回ったものの、優くんの姿は無かった。


「もぉ〜、どこにいるの優く〜ん……!」


 教室の中は勿論もちろん、他のクラスの教室や外を探し回ってのこの結果だ。この時の私は、優くんは男子トイレで弁当を食べてるとしか思えなかった。


「はぁ……仕方無い、今日は諦めて茉莉達と食べるか……」


 また今日も一緒に食べられないのか……と両肩を落とす。せっかく外にいるってのもあって、少し気晴らしに普段普段歩かない校庭の裏側にあるベンチに座った、その時だった――


「…………………」

「あっ……!」


 普段歩かない、校庭の裏側。ポツンとある一脚のベンチの前に現れたのは偶然にも優くんであった。嬉しい反面、偶然過ぎてなんて声をかければいいか分からない。だけどここまで来たらいつも通りで行くしかないと思い、私はいつもの明るい笑顔で振る舞った。


「あ、やっほ〜優くん! 偶然だねぇ〜! 良かったら一緒に食べよっ♪」

「……降伏以外の手は無さそうだな」


 私のミッションは、偶然という奇跡によって無事果たされたのだった。



「――ふふっ、こうして優くんと一緒にお昼食べるの久しぶりだよね〜っ!」

「……う、うん…………そうだね……」


 私が隣にいるからか、普段と明らかにぎこちない。緊張で箸を持つ手が震えているのが目に見える。彼は少なからず、私を意識してくれていると思うと嬉しい気もするが、今この状況では正直気まずいっていうのも私にもある。

 だがここはいつも通りを貫いていく。


「……優くん? あ〜、もしかして緊張してる??」

「いや、その…………」


 ここは女の余裕というものを気まずさを押し出して見せつける。記憶を失った彼に、あの頃のような記憶を上書きするように。


「そんな緊張しなくてもいいのに。そこまでされると私まで緊張しちゃうじゃん……」

「あ……ご、ごめん……」


 時々見せてくれる『絶対零度』の氷が溶ける時の優くんが愛おしい。幼い頃から見ていた『記憶を失う前』の優くんそのものだから。


(あれ、今日の優くんあの時みたいに冷たくないな……もしかして私のこと思い出してきたのかな)


 ほんの少しだけ、絶対零度から優くんを取り戻せる希望が生まれる気がした――

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