15日目「昼休みは修羅場(優里ルート)」

 もう聞き慣れた学校のチャイムが授業の終わり、そして昼休みの始まりを告げた。先生の合図で日直(……という名の僕)が号令をかけ、挨拶をして徐々に騒ぎ始める。これが誰もが経験する昼休みというもの。

 しかし、そんな賑やかで友達と長時間話せられる学校で唯一の至福とも言えるこの時間は、僕――遠野優里にとっては修羅場そのものなのだ。そう、僕にはこの昼休みで果たさなくてはならない使命がある。


(校庭の裏にある人気のないベンチ……今日も独占する!)


 それは自分でも下らないと思いつつも、修羅場を乗り越えるためには必要不可欠ともいえる使命なのだ。




 弁当や水筒、携帯等を装備し、全速力で走ったおかげで無事に今日もこのベンチを独占出来た。これで今日も乗り越えられる。


 ところで、何故僕が昼休みを修羅場だと思っているのか気になっているだろう。それにはちゃんと理由があるのだ。


「……周りに人がいると食べづらいし、何かとすぐ話しかけられる雰囲気で満ちてるし……あと、彼女達と距離をおけるのはこの時間帯しかない」


 彼女達……そう、主に飯島甘菜等といった女子軍団に絡まれるのを避けるためだ。当然一部の男子も同様に。

 あれに絡まれるととても面倒くさいというのが想像でさえも火を見るより明らかだ。平気でギャンブルでジュース奢れだのコンビニ行って買ってきてこいだの色々言われそうな雰囲気がずっとあの教室に残り続けるので、そうなる前に逃げる事にした。


 のだが…………



「あ、やっほ〜優くん! 偶然だねぇ〜! 良かったら一緒に食べよっ♪」

「…………………」



 僕の使命は、偶然という呪いによって果たせなくなってしまった。




「――ふふっ、こうして優くんと一緒にお昼食べるの久しぶりだよね〜っ!」

「……う、うん…………そうだね……」


 普段から人気ひとけなんて無いこの校庭裏のベンチに、何故か僕より先に彼女甘菜が座っている……そんな偶然を超えて運命を、僕はとても受け入れられそうにない。その恐怖で無意識に弁当が食べられない。おまけに二人きりだと緊張する。


「……優くん? あ〜、もしかして緊張してる??」

「いや、その…………」


 ここで『何で僕しか知らないはずのこの場所で君が僕より速くいるんだ』なんて言えない。言いたいけど言えない。理由は単純に初めて起こったからだ。もしかしたら偶然見つけて座っているのかもしれない。


「そんな緊張しなくてもいいのに。そこまでされると私まで緊張しちゃうじゃん……」

「あ……ご、ごめん……」


 駄目だ、緊張のあまり『絶対零度』の僕を引き出すことすら出来なくなっている。


(あれ、今日の優くんあの時みたいに冷たくないな……もしかして私のこと思い出してきたのかな)

「――昔はよくこうやって二人きりで食べてたなぁ~♪ よく私が優くんに食べさせてあげてたよね」

「……そう、だっけ?」

「えー、覚えてないのー!? あの時の優くんほんとに可愛かったんだよ? ふふっ♪」

「……」

「まぁ……今の優くんのそういう照れ屋さんなところも可愛くて好きだけどねっ」

「……誰が照れ屋だ」

「ごめんごめん、でもほんとのことだからね?笑」


 あぁ……なんかこの人見てるとほんの少し思いだしそうになる。いつも僕をこうやってからかって遊んでは無邪気な笑顔で笑ってくる一人の少女を――


「――そうやって僕で遊んで楽しいかよ」

「……!!」


  あの時の僕は確か、こんなことを言ってた気がする。記憶が消える前から、ずっと。


「……へへっ」


 そして僕の隣に座るこの人は、あの頃に似た無邪気な笑みを僕に向けた。全身が沸騰しそうになって思わず少女から目を背ける。


(危なかった……僕のこんな姿誰にも見せられないからな)


 照れ隠しで大きく頬張ったおにぎりが、ほんの僅かにあったかく感じた。

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