14日目「再喪失」

 朝から謎の少女に襲われ、色々と酷い目に遭った僕は今、学校で授業を受けている風をよそおいながらある事を考えていた。

 ある事……それは、あの少女がという事だ。当然僕はあの人を今まで見たことなんて無い。なのに突如僕の部屋に入り込んでは色々と攻めてきた……

 どうしても赤の他人が、しかも女性がそんな事をするなんて思えない。何なら今通報しようか迷っているところである。


「……いや、やめておこう」


 そうだ、今はそれでいい。いくら赤の他人とはいいこんな平日に面倒事を自分からふっかけるのは御免だ。

 少し警戒はしておこうと心に刻み、僕は学校へと向かった。






「優くん、おっはよー!」

「……」


 またいつも家を出て最初の曲がり角で少女と出会う。これもまた日常の一環となってしまった。たとえ1時間経てば忘れてしまう僕でも、それを永遠に繰り返されると流石に忘れられないものがある。まるで1日がループしているかのように。少しずつ、少しずつ僕の弱りきった脳に刻み込まれていく。


「もぉ、挨拶くらい返しなよ〜! 今週の始まりは元気でいなくちゃこの先やっていけないよっ♪」

「……君はもう少しテンションを下げた方がいい」


 名前の知らない……でも、確実に何度か出会った少女に冷たい言葉の数々を突きつける。それでも彼女はショックを受けず、笑顔を絶やさない。本当になんて生き物だ。


「え〜? だって元気じゃない私は私じゃないでしょ〜?」

「はいはい分かった……元気なのはいいから朝くらい少しは静かにしてくれ。近所迷惑だ」

「もぉ! ちゃんと質問に答えてよぉ!!」  


 このやり取りを近所の方々の温かい視線を浴びながら行い、月曜日という地獄のような日が始まった。




 ◇


「おはよう甘菜! 優里! 今日もお似合いだねっ♪」

「おはようっ! ……って、からかわないでよぉ! 付き合ってないしぃ!!」

「……そう言いつつ僕の腕にしがみつくのはどうかと思うよ」


 彼女をからかっている黒のボブヘアのボーイッシュな女子……涼宮茉莉すずみやまつり。見ての通り彼女の友達だ。

 両親共に公務員の中の特殊機関で働くエリートと言うだけあって運動神経はクラス……いや、学校ではずば抜けている。


「あははっ! 優里ったら相変わらず冷たいストレートぶちかましてくるねぇ!! 容赦ないな〜!!」

「……これでも通常運転だから」


 さっさとこの人達の会話を掻い潜って早く自席に座ろう……と彼女達の会話に対して興味なさげに吐き捨て、少女の腕を解きながら自席に向かって歩く。椅子を引こうとしたその時、誰かが僕の席に座る音がした。


「やぁ、遠野君。やっぱり甘菜ちゃんと付き合ってるっていう噂は本当みたいだね」

「……いきなり何の話だ」


 勝手に僕の席に座った外道……茶色のロングヘアの年上感が半端ないこの女子は北条咲希ほうじょうさき。女子軍団の中ではかなり真面目な方なんだが、母親は幼い頃に亡くなっており、父親は数年前に起きたある事件をきっかけに行方不明となっている謎多き家庭環境を持つ人だ。


「ねぇ、やっぱり君達付き合ってるよね? ずっと前から明らかに恋人レベルでお互い距離近いしね」

「えっ……」

「……僕は除いてくれ。こいつから一方的に迫ってくるだけだから」

「そう言いながらも突き放そうとしないの、バレバレだよっ」

「そうだ〜! もうこのまま付き合っちゃえばいいのに〜! 皆もう二人の噂、知ってるよ!」

「〜〜〜!!!」 


 茉莉と咲希の猛攻撃に少女は顔を赤らめながら手で隠してしゃがみ込む。そんな彼女をすっぽかし、僕は目の前の自席に座る咲希を睨みつける。


「……そうなんだ。それよりそこ避けてくれない?」

「あ、えっと……ごめんね! 気に病む必要無いからね」


 僕がそれだけ怖かったのか、咲希は慌てて少女達の方へ向かっていった。ようやく空いた席に腰を下ろし、右手で両目を隠しながら一息つく。


「はぁ…………」


 あぁ、やっぱり忘れてしまった。……何が? って、あれだよあれ。昨日の夜のあの一件だよ。分からないのか遠野優里。


 どう考えたってあいつしかいねぇだろ、昨日の犯人――




「……優くん、今日日直だよ?」

「は……? って、すすすみません! 起立っ!!」

「起立してないのはお前だけだぞ、遠野」

「えっと……すみません……」



 教室内が笑いに包まれる。赤っ恥をかいてる僕の隣でクスクスと笑う声が聞こえる。


 あぁ……もう昨日の事は忘れよう。

 僕は先程の少女と同じように顔を両手で隠しながら心に深くそう決意した。

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