13日目「焚き付け放置」
――ある朝、僕は何故か怒られている。お母さんでも、妹でもない。突如目の前に現れた何者かに怒られている。言ってる事も僕の記憶には無い。
「ねぇ、何であの時寝ちゃったの!? 途中から反応無かったから声かけても寝息たてながら寝ちゃってさ! スイッチ入ってたのにそうやって寝てたから物足りないんですけど〜!?」
……そう、僕はただ寝ただけで怒られているのだ。夜に寝て何が悪いんだ。それと昨日僕の身に何があってこうなったんだろうか。
「あ〜、なんか優くんピンときてない顔してるし〜!! もう、寝すぎて覚えてないんじゃないの!?」
……だから寝ていて何が悪いんだよ。今日は土曜日のはずだしいつもより長く寝ても僕に罪は無いはずだが。
「ねぇ……物足りないなぁ〜」
ゆっくりと僕にのしかかり、顔を近づけてくる。Tシャツ1枚しか着ていないからか、肌の柔らかさと温もりがパジャマ越しに伝わってくる。おかげで全身が熱くなる。今すぐ離れてほしいところだ。
「あ〜、女の子にこんなに近づかれて恥ずかしいの〜?」
「……暑いから離れて」
「強がらなくてもいいのに〜」
更に顔がぐっと近づく。悪戯っぽい笑みを浮かべながら僕の顔をじっと見る。これは一体何を企んでいるのか。
「そのまま動かないでね……♪」
刹那、全身が締め付けられるかのような強さで抱きつかれっ……いや、拘束された。この女性より断然力があるはずの僕が指一本も動かせない。まるで石化したような感覚に陥る。しかし心臓の鼓動は速くなる一方だ。これは一体どういう事なのだろうか。
「えへへっ……優くんも物足りなかったんじゃ〜ん♡ 心臓の鼓動、はっきり伝わってるよ?」
「…………っ」
突き離そうとしても、少女の腕は一方に動かない。まるで接着剤で固定されてるかのように。そんな中少女は僕の右耳に口を近づけて……
「ふぅ〜っ♡」
「――――!!!!」
刹那、全身に稲妻が迸ったかのような衝動が起き、全身が思い切り震える。身体が更に硬直する。ほんの一瞬だが足が攣りそうになる。そんな僕を見て少女は思わず笑みを溢した。
「ふふっ……優くん可愛いっ♡ もっとしたくなっちゃうな……」
可愛いの一言で男としてのプライドが根底から粉砕され、一気に全身が羞恥心によって熱くなる。見知らぬ少女にここまで馬鹿にされるとは、自分自身がとても情けなくなる。
「馬鹿に、しやがって……」
「やだな〜、馬鹿になんてしてないよ? 男の子の可愛いは最強、なんだよっ♪」
……何が最強だ。強い所など何一つ無いじゃないか。ただ羞恥心を味わうだけではないか。
――いや、それにしても……
「……君、初対面のくせに生意気だな」
「へ……? 今、なんて?」
初対面と言われ、少女は口をポカンと開ける。このまま僕も言ってやろうと思った。だが、少女を追い払う言葉が口から出なかった。何故だかなんて分かる訳がない。でも出そうとしても出なかった。
「ごめん……何でも、無い」
思わず口籠ってしまった僕に、少女はまた悪戯っぽい笑みを浮かべて更に顔を近づけてくる。
「え〜、もしかして好きって気持ちがつい溢れちゃったのかな? そうだったら嬉しいな〜……って、絶対そうだよねっ♪ もぉ〜素直じゃないんだから〜♡」
「え、いや……ちょっとっ……!!?」
――こうして僕は既成事実を作らされ、強引に奪われた。暑さで乾ききった唇が少し潤ったような気がした。
「えへへっ……次焚き付け放置したら、これだけじゃ済まないからねっ♪」
少女はそう言うと朝食を食べるべく部屋を出た。ただ一人ベッドの上で仰向けに倒れた僕はとっさにエアコンをつけ、必死に全身の熱を逃がした。
「……とんでもない人だったな。それに……」
――僕なんかとは釣り合わない程、綺麗な人だったな。
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