10日目「一人の時間、二人の夜(優里ルート)」

「ふぅ……」


 今日も無事に帰宅できた。高校入学からまだ一週間も経ってないと言うのに、これほどまで疲れるとは思わなかった。これも全て甘菜あの人のせいだ、何もかも。


「……お風呂入れてこよ」


 今日は両親が家にいないのもあり、僕一人という至福に等しい時間が存分に与えられている。これだけでも昼休み頑張って耐えた甲斐があるってものだ。


 急いで僕はバスルームに足を踏み入れ、全身でシャワーから雨のように降る温水を浴びる。暖かくて心地がいい。湯船に関してはまるで天国にいるかのようだった――





「ふぅ……」


 至福の時間を終え、寝巻き用のTシャツと短パンに履き替えてドライヤーで髪を乾かし、バスルームから出たその時だった。


 僕は今まで思いもよらない光景を目にしてしまった。



「あ、お風呂入ってたんだ。気持ちよかった?」

「は……? な、何で……」


 バスルームから出てすぐのソファーに甘菜が座っていた。これは一体どういう事だろうか。まさか、鍵をかけ忘れたのか?


「そんなの決まってるじゃん! 明日は休みだし、優くんと一緒に寝たいの!」

「い、いや……何で僕の部屋に……」


 この質問に甘菜は誇らしげに笑いながら僕の家の合鍵を見せつけてきた。


「小さい頃にね、よくここに遊びに来てたからお母さんから貰っちゃったんだ〜♪」

「嘘だろ……」


 この時、ある確信が僕の脳を破壊した。そう、一人という至福の時間は彼女によって断ち切られた事。そして、恐らく毎週金曜日は甘菜が家に来るという事だ。


「という事で〜、一緒に寝よ〜?」

「や、やめろ……」

「ダメだよ逃げちゃ〜♪ 絶対逃さないからね〜!」


 甘菜に無理矢理引っ張られ、二人共僕の部屋に入ってはベッドに入った。僕は入る前に何とか両足で踏ん張る。


「ねぇ、何で入らないの?」

「……それは1人用だ。2人で入るにはその、狭すぎるから僕はソファーで……」

「別に狭くてもくっつけばあったかいし狭くならないよ?」

「そういう事じゃなくて……」

「あと、ソファーで寝ると身体痛めちゃうよ! 優くんにそんな思いさせたくないし、今日は優くんと一緒に寝るために来てるんだから、ほら……おいで?」

 

 突然甘菜は僕の左手から手を離し、両手を広げて僕を見つめてくる。まるで子供を甘やかす母親かのように。


「……」

「あ、もしかして照れてる? 顔真っ赤だよ?」


 ちっ、やけに身体が熱いなと思ったらそういう事だったのか。どうりであの人が小悪魔みたいな笑みを浮かべるわけだ。


「ち、違う……さっき風呂に入ったばかりだから、その…………」

「あはは、動揺しちゃって可愛いな〜♪」

「……」


 少しイラッとした。いじられるのにはとてもじゃないけど慣れない。そもそも僕なんかをこうやっていじってくるの恐らくあの人くらいだ。


「ほら〜っ、照れてないでこっちおいでよ〜♪ さぁさぁ〜」

「……」


 何かこれは入ったら負けなような気がしてきた。きっと運命は試してるんだ、僕の事を。異性の誘惑に負けるかどうかを確かめているんだ。なら答えは1つのみ。


「……!」


 僕は後ろを向き、急いで僕の部屋から出ようとした刹那、後ろからシャツを掴まれた感触がした。


「っ――!?」

「えへへっ、つ〜かま〜えた♡」


 甘い声が背後から少しずつ僕を溶かそうとしてくる。ダメだ。耐えろ遠野優里。この誘惑に負けては……正常ではいられなくなる!!


「そろそろ観念して、私と寝ようよ〜♪」

「や……め…………ろ……!」

「口ではそう言ってても、満更でもない顔しちゃって〜♪ 優くんはツンデレで可愛いなっ♡」


 途端、背後から抱きしめられてはベッドに落ちていく感じがした。突然の事すぎて身体が動かない。


「やっと来てくれた〜」

「何で……こんな目に…………」


 理不尽すぎる運命に絶望する僕を見て、甘菜はくすっと笑い出した。

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