8日目「持久戦」

 結局、僕は捕まってしまった。それにしても何で甘菜この人はこれほどまで僕に執着するのか。僕なんかといても楽しくないのは僕の雰囲気からでも分かるはずだ。でも太陽のように明るい笑顔で『絶対零度』の僕を強引に引っ張っては振り回す。


 あぁ……本当に厄介だ、あの人は。


「じゃ〜ん! どう? 美味しそうでしょ!? 私が作ったんだ〜!」


 甘菜は自分で作った弁当を僕に見せてくる。色鮮やかでとても美味しそうだ。栄養もしっかり考えられている。あれほど僕の事を追いかけてきたストーカーぶりからはとても想像が出来ない。


「……そうなんだ」

「ねぇ〜! もっと褒めたっていいじゃん! 頑張って朝6時に起きて作ったんだから!」

「君はすごいね」

「もうっ! 全然感情が伝わってないよお!!」


 あまりに素っ気ない反応からか、甘菜は頬を膨らませながら僕の事を見てくる。料理が出来るって所を僕に認めてもらいたいのだろうか。……いや、僕は料理人なんかじゃない。


「そうだ、私の一つ食べる?」


 甘菜は卵焼きを一つ、僕の方に差し出してくる。不思議な笑みを浮かべながら。


「……食べない」

「そんな遠慮しなくていいから〜! 優く〜ん、ほら、あ〜ん……」

「――!!」


 甘菜の唐突すぎる行動からつい慌てて距離をとった。危うく弁当を落としそうになったが何とか踏みとどまる。


「もう、そんな照れないでよ〜」

「……からかうつもり?」

「いやだって、そんな真っ赤な顔で可愛い反応されたらからかいたくなっちゃうじゃん♪」


 まるで悪戯をする子供かのように僕の事を笑ってくる。顔面が長時間熱湯をかけられたかのように熱い。今の甘菜の笑顔が余計に恥ずかしさと怒りがふつふつと湧き立たせる。


「ほら、早く食べなよ〜♪」

「絶対嫌」

「ねぇそっぽ向かないでよ〜! あ、それとも〜……恥ずかしいのかなぁ? 『絶対零度』って言われてる君がそんな表情をするなんてな〜♪」


 突然耳元で囁かれ、思わず身体を震わせる。耳に空気が入り、それが鼓膜をくすぐってくる。実に嫌な感じだ。


「……もう放っといて」

「そんな顔で言われてもな〜! 説得力一つもないよ?」


 また笑われる。まるで僕を年下のように見ているかのように。本当に屈辱だ。早くこの場から抜け出したい。

 一先ひとまず早く食べ終わろうと自分の弁当を食べ進める。このままでは心臓が保たなくなる。


 ――甘菜この人に、甘々に溶かされてしまう……それだけは避けなくては。

 

 なるべく甘菜の方を見ずに、弁当を食べることに集中する。しかし、一方的に甘菜が僕に押しかけてくるせいで弁当食べ終えるどころの騒ぎでは無い。


「ねぇ……照れてないでこっち向いてよ〜」

「……」

「ふぅ〜っ」

「ひっ――!!?」


 左耳に息を吹きかけられる。それと同時に全身がビクッと震える。反射で甘菜の方を向いてしまった。


「ふふっ、顔真っ赤だねっ」

「……うるさいな。元はと言えば君がそんな事するからだ」

「だって優くん可愛いんだも〜ん♡」

「はぁ……もう好きに言って」


 僕は視線を背けながらそう言い捨てる。そうでもしないとこの心臓が保たなくなる。


 この昼休みは、僕にとっては理性の持久戦になりそうだ――

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