第44話 思えば遠くに来たもんだ。そんな風に目的もなく歩いていても棒に当たる話

「東雲あやか、君は今まで人生を楽しむ事ができなかったみたいだね」

「そんなことはないと思いますよ」


 あやかは死して尚意識があるということに関して考えてみたが、思いの外解答は出なかったので、自分の常識を二段階下げて、ここがあの世とか呼ばれているような世界であることに仮定した。


 何故なら、目の前にいる自称・運命の神を名乗る少年がそう言うので……


「君には勇者になって魔王を倒してもらいたいんだ」

「お断りします。私は勇ましい者でもないですし、魔王という方になんの恨みもないため、それを殺めるということはしたくありません」


 自称・運命の神は最初こそ紳士的な対応だったけれど……


「んだよぉ! この日本からの転生者。どんだけめんどくせーんだよ! さっさとチート持っていって魔王殺してこいやぁ!」

「お断りします」


 ガン!


 自称・運命の神は突っ伏して、白目を剥く。そして、泡を拭きながら、あやかに尋ねた。


「東雲あやか、君は一体何かしたいことややりたい夢とかないのかい? 大抵君たちくらいの年齢の子供は喜んで剣と魔法の世界に飛び込んでいき、渡されたチートで無双して、ハーレム作ったり、まったりしたり、冒険したり、世界を支配したりしてるなんだ。何かやりたいことはないのかい?」


 ない。とはあやかは答えなかった。うーんと、考える。そして自称・運命の神に話してみる。


「であれば、私は魔王として勇者に討伐されてみたいかもしれません」

「は? なんなの君、ドエムなの?」

「いえ、私は死ぬまで敗北というものを味わった事がないんです。きっと、貴方が言う。若者達が喜んで、転生していった理由は、私とは真逆だったからじゃないでしょうか? 何者にもなれず、ただただ敗北を繰り返した人生だったんです。そんな誰からも必要とされていない人間であれば、力を与えられ、必要とされれば居心地もよく、その世界にいくんじゃないですか?」 


 あやかのその答えに対して自称・運命の神は……


「君、ナチュラルに猛毒やね! って、変な言葉になったじゃないか! 君、それ絶対他の転生者や転移者にいうなよ? 自殺しちゃうよ。まぁ、そうかもしれないけど、それで魔王なの?」

「私は人生を楽しんではいけないんです」

「それは生前の君じゃないのか?」

「きっと私の意識がこのままであれば、どこの世界に行っても同じでしょう。そして魔王。悪の親玉ってなんだか楽しそうじゃないですか。いつも大声で笑ってますし」


 自称・運命の神はあやかの行き先を決めた。彼女は自分の言葉を否定したのだ。楽しもうとしている。魔王としての生き方を……


「わかった。ある世界で、勇者に討伐され、滅びを待つ魔王がいる。魔王は後継者を選ばず、そのまま朽ちるつもりらしい……君はその魔王の後継者になるんだ。東雲あやか……いや、この運命の神すらも手こずらせた宇宙のような思考。君はシノノメ・ユニバースとして魔王の末裔となれ」


 指をさしてそう言う自称・運命の神を注意しようかと思ったあやかだったが、もうそこには自称・運命の神の姿はなく、巨大ななんらかの化け物がゆっくりと砕けていた。


「あなたが魔王?」

「何者だ?」

「あなたの末裔だって」

「この魔王の末裔? 馬鹿を言うな……眷属は全て、あの人間達の究極兵器、勇者によって滅ぼされた」

「それは御愁傷様。ところで、あなたの後継者になる為にここにいるらしいのだけど、あなたに望みや願いはあるの?」


 魔王が口を挟もうとしたが……魔王は何かを察した。そしてあやかに話し出した。


「元の世界に戻りたい」

「ごめんなさい。それは叶えられそうにない。他には?」

「せめて、連れて行って……この世界のいく末をお前の目で……名は?」

「東雲あや……ううん、ユニバース」

「シノノメ・ユニバース。盟約に従い、魔王権限を与える……ドラグニティ・ティルフィングの全ての記憶と力をその身に!」


 巨大な魔王がどんどんあやかの中に入っていく。そしてあやかは見た。この魔王と呼ばれた者達の集まる場所に現れた勇者なる異端の存在の力。薙刀のようなものを振い、魔物達を殺害していく。この魔王が全力を持って戦うも勇者には届かなかった。


「勇者って想像していたのと違うなぁ」


 あやかの中で少しばかり性格が変わる。いや、魔王のふりを始める。記憶の中にいる勇者は、意識なんてなさそうなバーサーカーのような存在だった。

 だが、ただただ強い。


「なるほど、これが私を終わらせてくれる存在ですか、実にいい」


 それから、あやかは勇者を探す旅に出る。時折、魔物を討伐したり、希少鉱物を売って路銀を稼いではただただ勇者を探した。

 そして……勇者は元の世界に帰ったことを知った。それを知り、あやかは涙を流した。


「ははっ、やっぱり私は人生を楽しんではいけないんだ」


 目的を失った。無意味な程の力を持った自分。これでは元の世界と何も変わらない。魔王から賜った力、それは圧倒的だった。

 六式と呼ばれる。特殊な魔法の力、いいや……あやかよりも前に転生した者が持っていた特殊能力その物。この世界のパワーバランスを崩すほどの力、こんな力はいらない。


 自ら死ぬこともできず……あやかは運命の神を恨んだ。何をするわけでもなく彷徨っていると、腐敗した大きな魔物に襲われる老人とその孫らしい子供。

 老人は魔法を放っているが、腐敗した大きな魔物を倒す程の力はない。当然、あやかはその二人を救った。


「六式展開」


 あやかの足元に魔法陣が出現する。それは知るひとぞ知る魔王の呪印。それを見た老人は驚愕の表情を見せるが、あやかは腐敗した魔物に対して手を掲げた。


「力場の展開完了。一部魔法の自動化を開始。同時に魔法の解読、そして私の言語に同時翻訳」


 魔法という物を初めて使うが、OLの事務作業みたいな物だとあやかは思った。あらゆる方面への処理。そしてそれらを纏め、提出。


“偉大なる超魔導士ドロテアが生み出した。消えることなき黒い炎よ“


「噛みつけ! ファイアーバグ!」


 あやかの拳ほどの黒い炎の球体が、炸裂し腐敗した魔物を包む。そして、耳をつくほどの爆音とともに跡形もなく消しとばした。


「六式、シールド魔法・展開!」


 あやかは老人と子供の前で防御魔法を張って二人を守った。あやかは「大丈夫ですか?」

 と聞くと、老人は子供を後ろに……


「君は魔王なのか?」

「はい、魔王シノノメ・ユニバースです」

「目的はなんだ? 先ほどのドラゴンゾンビ。異界の殉教者達の僕を一撃で……」

「予想するに、魔王ではない別の敵がこの世界にはいるということですか? 私、魔王になってまだ数週間くらいですから、この世界の事あまりわからないんですよね」


 あやかのその話に、老人は警戒しつつもこの世界について語った。勇者に魔王を倒してもらい。平和がやってきたとそう思ったのだが……勇者がいなくなった事。そして、魔王との戦いで各国が疲弊していた事。


「なるほど、異界の殉教者なる。異世界の邪神を信仰するカルト教団がいるという事ですか、人間は争いが好きですからね」


 あやかに尊敬の眼差しを向ける。子供。


「お姉さん、すごいかっこよかった」

「そうですか? それはよかったです。魔王の力も人の役に立つのですね」

「君は本当に魔王なのか?」


 それが異界の殉教者に命を狙われた魔法学園の学園長とその孫。そして後に学園のシノノメ会長になる物語であった。

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