第43話 無能な奴が生きづらいのは努力の問題で、有能な奴が生きづらいのは死ぬしかない話

 シノノメ・ユニバースとしてヴァルファーレ魔法学園の生徒会長になる前、いや、しいて言えば彼女が転生する前にまで遡る。


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 私は、人生を楽しむ事が出来ない。東雲綾香という生を受けて、優秀な姉を、両親に愛される姉を越えないように、目立たないように静かに過ごす事。それが私の生涯のミッションだと思っている。


 だってそうでしょ? 


 テストでクラス一番になった時、先生と両親の喜ぶ顔、それに対して無駄な努力をして私に及ばなかった人達の憎しみを含んだ畏れの目。


 喜んでいた先生や両親も小学生が、有名進学校の入試テストを軽々と解いてしまい。世界中の学者達の論文に対して独自の見解を述べて見せたとき、大人も同じような畏れの目を向けた。


 あぁ、勉強はやりすぎちゃダメなんだと思った私はスポーツ、芸術と様々な方面に手を伸ばした。どれか一つくらい、私に才能が及ばない事があると信じて……でもそんな物はなかった。


 私は人間ベースでいえば完成しすぎていたのだ。そんな私をよく思わない者も当然やってくる。でもわかりきった結末がやってくるのに……


「ご、ごめんなさい……東雲さん、ゆるして……」


 男を連れてくれば、腕力でなんとか出来ると思ったのかもしれない。あぁ、喧嘩なら私も負けるかもしれない。才能が及ばないかもしれない。


 人生を楽しめるかもしれない! 


 一瞬そんな事を思ったけれど、終わってみると、頭蓋骨を損傷した人間の男の子が三基。


 そして泣き崩れる女の子が二基。


「じゃあ仲直りの握手」


 そうだ。友達を作ろう。


 私はそう思った。許して欲しいと思うならきっと仲直りして友達になってくれるだろう。そう思ったところ、彼女はソレを拒み、ただただ泣いていた。私はそんなにも恐ろしいのだろうか?


 それからできる限り、目立たないように、テストは全て平均点に、身体測定も平均値で、ありとあらゆる数値を私は平均値に調整するように生きてきた。


 そんなある日、誰とも関わらない。家と学校の往復生活、それも悪くないと思っていた。何者にもなれない、目立ってはならない。


 世間では優秀と言われた姉のエリートコースを阻まぬように、静かにしておこう。そんな事を思っていた時。

 お手洗いでその事件を目撃した。


「今日はちゃんともってきた?」


 カツアゲだ。はじめてみた。いじめられている子は……小さくて可愛らしい子だ。こういう時、普通の人ならどうするんだろう?


 あぁ、そうだ。助けるんだ。

 私は普通の人を演じる事にした。


 えっと……


「イジメはやめろ」


 そう言ってカツアゲをしている女の子の腕を締め上げた。


「なんだよお前!」

「エリ、やばいって! こいつ東雲だよ」


 そう、私はやばくはないけど、東雲だった。東雲という名前は有名なんだろうか? 


 父さんと母さんが政治に関わる人間だから? 


 それとも姉さんが有名大学に通いながらモデルをしている事?

 まぁいいや。

 こういう時の普通の決め台詞は、


「次、イジメをしていたら、許さないから」


 少女達は蜘蛛の子を散らすようにとはこの事か、勉強になった。そして目を腫らした女の子に私は普通の人として語りかける。


「大丈夫?」

「あの、ありがとうございます! 東雲さん」

「あー、うん。何かあったら相談してね。じゃあ」


 私は次の授業に間に合うように化粧室を出ると、その女の子が近づいてきた。それから、ランチタイムも移動授業の時も彼女はついてくる。


 こんなにつきまとわれた事は今まではなかったかもしれない。

 もしかすると、これは私という抑止力を持ってイジメを回避しようとしているのだろうか? 


 人間とは賢い生き物である。確かに私という虎がいれば、この少女は狐であってもこの学園におけるカースト上位に立つ事が出来るだろう。


「東雲さん、今日もお弁当ですか?」

「いいえ、今日は食堂です。タンパク質が足りないと思われるので、肉か魚の定食を食べに行きます」

「えー、そうなんですか? じゃあ私も行きます!」


 お弁当を持ってきているのに、食堂で食べるの? 


 普通の行動なのか? 


 私はこの少女の行動を観察する事で普通の人間を更新しようと思っている。

 私と彼女が食堂に来ると、全員が私達を見る。この行動は動物の危険監視における草食動物のシナジーに等しい。


 彼女達は恐怖しているの? 私を? それとも彼女を? あるいは私と彼女が二個一でいる事?


「東雲さん、ここ席あいてるよ!」


 私に話しかける知らない少女。誰だろう? 私は言われた席に、私に寄生する少女と共に座ると、彼女も話に入り定食を食べる。


 タンパク質は体重の10%を取るようにする。おそらく一枚120グラムのとんかつから取れるタンパク質は微妙に足りないかも知れないけど、あとはサプリメントで調整すればいいか……あれこれと尋ねてくる周囲の少女達。


それに私はあれこれと返して会話が成立しているのか? 

周囲の少女達は笑う。

 普通だ。


 私は普通の人間をできているらしい。この調子だ。この調子で生きて行く事で平穏に私はおおよそあと80年ほどの人生を終える事ができそうです。


 それから少しばかり、クラスに馴染んできたんじゃないかと思われる。

 それなりに悪くない。楽しいのかもしれない。楽しい、楽しい……


 クラスメイト達と関わる事が増えていき、中々に充実した生活に変わったんじゃないかと私は思っていた。


 勉強を教えてくれるという少女に何かを教われば数%程その科目の成績を上げる事で成長しているように繕ってみせた。


 少しずつ自分の成績を上げるようにしていく事で、私は皆から畏れを感じられる事もなく、問題なく日々を過ごす事が出来ていた。


 が、私は人の気持ちという物まで考える事が計算に入っていなかったのだ。そう、楽しんではいけない私が楽しんでしまった。


 結果……


 私が想像しない展開でこの幸せな日々は終わりを告げる事になる。それは私に寄生する少女と一緒に下校している時だった。


「東雲さんって、なんか変わっちゃっいましたよね? ははっ」


 私が変わった? えぇ、そう変わったように凡人として見せてきたのです。そう、この寄生してくる少女に思わせれたのであれば私の思い通りと言っていいでしょう。


「変わってみえますか?」

「うん、昔は化粧なんかしてなかったし、制服だってまわりのみんなみたいに着崩して着たりする人じゃなかった。でも、まわりに流されたみたいに東雲さんは変わっちゃった」 


 そう! 私は凡人らしくある為にまわりの皆さんの完コピをめざしたのです。そうすればする程、話しかけてくれる方が増え、彼女らの思考パターンは簡単だったので、それに合わすだけで私は普通の学園生活を過ごす事ができた。


「今の東雲さんは私の知っている東雲さんじゃないみたいです」


 哲学的な話をされますが、その実中身のない会話に思えます。彼女は何を言っているのか……


「私じゃないみたい。ですか? それは興味深いですね」

「東雲さん、他のクラスメイトの事は下の名前で呼ぶのに、私の事は全然呼んでくれないじゃないですか!なんでですか?」


 それは他のクラスメイトが自分の事はこう呼んでくれと言われたので、その通りにしてきただけで、この寄生してくる少女に関してはそれを言われた事がないのです。


 嗚呼、この少女は、自分もそのように呼んで欲しかったのでしょう。だから私は笑顔を作り彼女に聞いてみた。


「貴女の名前はなんと言うのですか?」


 少女は瞳孔を開き、私を恐ろしい者でも見るような目で見た。

 懐かしい、あの目だ。


 私を人間ではない化け物でも見るようなあの目。それに少女は後ずさり、大きなトラックが向かってくる道路に飛び出した。


 嗚呼、私が人生を楽しもうとした罰だ。

 だから、せめて……私は……私にはじめて話しかけてくれた名も知らない彼女を助ける事にした。


 多分、彼女を突き飛ばして助ける事ができたと思う。かわりに私の身体は大型トラックの激突には耐えられない。


 これで良かったのだろう。


 うん、私のような人間のなり損ないはこんな風に終わるのがお似合いなのだ。

 もし、次生まれ変わる時は今回の件を反省して、姉の完コピをして生きて行こう。

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