第35話 勇者がストーカー的に異世界まで魔王を追いかけて拗らせた話

 獣の耳を生やした生徒のフリをしていた娘は魔法力を込めた爪で余を切り刻んだ。


「ぬ......学園内で貴様、危ないだろう」


 余は切られたところを高速で回復させる。一体何奴だ? それなりの魔法力に体術を使えるようだの。


「きゃはははは! ホントに勇者サマの言うとおりだ。殺したつもりなのに......死ななかった。でも、マオが勇者サマを待たずに、エルシファーを殺しちゃうから」


 学校内で、こやつやる気か......それはそれ、そしてこのマオとか言う娘は異界の殉教者とやらの関係者か。


「異界の殉教者は、勇者を復活させたのかの? あとお前はその邪教徒か?」

「異界の殉教者ぁ~? あぁ、勇者サマ呼び出した奴らか、マオ達は魔王討伐隊。デモン・セイバーズ。通称勇者パーティー、そしてマオはその中のモンクファイター、エルシファーは魔法は凄いけど、格闘はてんでダメでしょ? なぶり殺してあげる」


 格闘がてんでダメ?


 は?


 はぁあああああ?


 それ何情報かの?

 余の格闘能力。以前の世界では剣士、戦士、勇者の三人を同時に迎え撃った事は未だに胸がたぎるの......魔王流ダークネスアーツを見せてやろうか、愚か者めが。


「身体強化、魔法力増幅、空気抵抗極限低、速度上昇、筋力上昇、ゆくぞ? 子猫ちゃん」

「き、消えた?」


 そこそこの強化術式を組んでいるようだが、そんなもので余にたてつこうと思った事、愚かの極みと知れ。

 まずは顎。


「うわっ、あぶねぇ!」


 マオは余の拳を紙一重でよける。ほぉ、なかなかにやりおるの。まぁ、そのくらいでないと骨がないというものだが、褒美に少し打たせてやろうかの? 余もダークネスアーツを使うのが久しぶり、余はまだ驚いて固まっているので指を三本あげてみせる。


「三十秒やろう」

「は? えっ?」

「三十秒間、マオに自由をやる。余に、マオのてんでダメな体術をつかってみるといい」 


 余がここまで大人げなかったとは思わなかった。だが、マオは目の色を変えた。ブツブツと呟き頭をかく。


「ありえない......こんな魔法学園の学生が、血のにじむような努力をしてきたマオより優れてるなんて、ありえねーよ! 魔力解放、野生解放」


”武神 ヘクトルよ 我が意識に共鳴し、無双の力を与えたもう!”


 ほう、上位強化魔法とやらか、それで余に勝てると思うなら見せてみよ。余の速度についてくるマオ、そして魔法力を練り込んだ拳で余を殴る。


「ららららららっ! おらぁ!」


 全力のラッシュなんであろうな。これは、余が戦った前の世界の戦士の本気の連打より遙かに遅くて、遙かに軽いな。


「クスっ」


 これは余も悪かった。

 少しでも勝てると思って余に立ち向かってきた愚か者。それを少しばかり馬鹿にした事は認めよう。まぁ、余を馬鹿にしたのだ。


 それを報いと思え。


「30秒だ。愚か者め」


 ガン!


 吹っ飛ばされ、マオは壁に激突する。死んではおらんだろうが、死ぬ程は痛かったであろう。そういう風に殴ったからの。


「なんだよ......なんなんだよぉ! エルシファー! 覚えた、お前の顔も名前も戦い方も覚えたからな」

「貴様、このままのこのこと帰れると思っておるのか?」

「......! 逃げるよ。今回は勇者サマの言ったとおりだ。マオじゃ、勝てない。勇者サマぁああ助けてぇ!」

「?」


 は?


 余の後ろからとてつもない威圧感。


 おいおいおいおいおいおいおいおい!


  この魔法力、余は知っている。知っているぞ。あやつではないか......


 余は振り返る。


 そこには、見知らぬ少年。ミカエリス達や余と同い年くらいの少年。いや、こやつはそんな少年に転生した。


 いや、違うの......異界の殉教者達によって強制的に転生させられた。


「勇者」

「......呆れた」

「は?」

「俺にわざと負けて、お前はこんなぬるま湯生活か?」

「勇者、貴様は?」

「お前がいなくなってからは、異界の魔を滅ぼし、冥界の魔神を殺し、殺し、殺し、殺し続けた。それでも尚戦う相手を探し続けた俺は、もう敵がいない事に絶望。自ら命を絶った。すると召喚された。また魔王、お前と戦いたくて、喜んで異界の殉教者の僕になった......だが、実際に出会えたらこれだ」


 怒り、めちゃくちゃ怒っておる。そんな勇者をなだめるマオ。このマオ、勇者に死ぬ程惚れておるなぁ。


「勇者サマぁ、助けてくれてありがとにゃん!」


 にゃん?


「怪我はないかマオ?」

「お胸が痛いにゃ、なでなでして、痛いの痛いのとんでいけしてほしいにゃ」

「あとで、回復魔法をかけてやる。それより、今は」


 来る。


「あっ......」


 勇者はただまっすぐ来て、余をぶん殴った。見えなかった? 魔法の発動が? いや、違う......これは......まさに勇者。あやつの力だ。


 滾る。


 滾るが......今の余ではこの勇者には勝てぬ。いかん。こやつがあの時の勇者の力をそのもの使えるのであれば、余はここで詰む。


 いや、それはまずいの。むしろ、こやつレベルとの戦いはいろいろな冒険の果て、旅路の末に戦うものであろう。


「......死ぬ」


 紅蓮の力を込めた拳が余を襲う。全力の魔法強化をしてようやく見えたのがそこまでであった。


 ジュツ!


「おや? 君が、エルフシファー君のところの勇者かい? すさまじい力だ。だけど、この学園での暴力行為は見過ごせないな」


 し、し、し、シノノメ会長!


 こやつならあるいは......お互い魔法力を高め合う。そしてイラついている勇者に対して、シノノメ会長は余裕の表情。


 まさか、いけるのか?


「一ヶ月後」

「なに?」

「一ヶ月後に、この魔王城を俺の勇者パーティーが制圧する。そして、その魔王もお前も俺が殺す」


 シノノメ会長の瞳孔が開いたの。


 うむ、こやつ超バトルマニアだから多分今からやろうとか言い出しそうだが......


「それって、宣戦布告かな? 私の学園を襲うと? 壊すというのか?」

「そうだ。この学園の生徒を俺は皆殺しにする」


 なんだと? そんなものが勇者、お前であるわけがない。巫山戯るな、お前は余が憧れた......


「そんな事、させるわけなかろう?」

「待ちたまえ。エルシファー、一ヶ月あるじゃないか、迎え撃とうか、この愚かきわまりない勇者を名乗るテロリスト達をね。この学園。君達曰く魔王城で君達をぎたんぎたんにしてあげるよ」 


 シノノメ会長は相変わらず余裕の表情でそう言うと、勇者は手のひらを見せた。5。それは何を意味するのか?


「5人。俺と、マオとあと三人でこの学園は制圧する」

「できるものかよ。私と、このエルシファー君とその他大勢の優秀な生徒達がこの学園にはいるんだよ」


 それにフッと笑うと勇者はマオを連れて転移魔法と共に消える。ん? シノノメ会長なら何かしても良かったかのように思えるのだが

......

「やばい......なんだアイツ。あれがエルシファー君の世界の勇者かい?」

「そ、そうだの。あやつ、詰めは甘いが滅茶苦茶強かった。シノノメ会長?」


 シノノメ会長は少しばかり固まって空を仰ぐ。これはもしや......シノノメ会長でも本気でヤバいと思っておらんか?


「えっ、もしかしてシノノメ会長。勇者に勝てないのか?」

「あれは、私達同じチート持ちとは違うね。くぐってきた死線が違いすぎるな。はじめてみたよ。殺意と怨恨だけで身体と魂を動かしている存在。正直、私一人なら仕留めるのは難しいかもしれない」


 かもしれない。本当に、シノノメ会長には驚くの。あの勇者を前に恐怖しながら、戦う事を楽しみにしている。

 よぉ、堪えたの。


「対策を考える」

「そうだね。魔王連合対勇者パーティー、いいじゃん」

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