6
目が覚めた。くだらない日常が、また始まった。
……だがこれは、本当にくだらない日常の延長線なのか。
頭まで被ったタオルケットを足下に蹴たぐり、大きく息を吸った。
そうして深く吐き出す。ニコチンの含まれない濁った空気なのに、それだけで頭が急速に回転してくるような気がする。気分は、案外悪くない。
まず、確かめなければならない。
10月15日が、本当に繰り返しているのかという疑問を。
それが事実なら、俺は永遠に10月15日を繰り返さなければならないのだ。
いや、もしかすれば、もう何度も繰り返してきたのだろう。
夢を見ているのだと錯覚した。正常な思考を捨て置いてしまったのだと決め付けた。確信を得るまでに、随分と時間を掛けてしまったのだろう。
ともあれ、こんな理不尽に巻き込まれたのなら、抜け出す道を探さねば。
ループする時間に閉じ込められた人間に与えられた使命は、その方法を探すものだと相場が決まっている。望んで閉じ込められたならまだしも、こんな時空に囚われていれば遠からず俺の精神は壊れてしまう。
フィクションに登場するキャラクターの気持ちが、今ならわかる気がする。そうして抜け出た未来には、溢れんばかりの希望が俺を待ち受けているのだ。
希望など、最悪なくてもいい。
そんなものは、妻が死んだときに置いてきた。
ただ、明日があればいい。それだけでいい。
俺がこんなことを思うなど、本格的に頭がおかしくなってきたのかもしれないが。
布団から抜け出し、キッチンへと向かう。
その途中、棚の上に置いたデジタル電波時計の前で立ち止まる。
真っ直ぐに換気扇へと見据えた視線を、ゆっくりと動かす。ゼンマイ式の人形みたいに、ぎこちない動きで首を動かして、その液晶へと視線を合わせる。
10月15日、13時半。
……ごくりと、生唾を飲み込んだ。
霞みゆく思考を辛うじてたぐり寄せ、換気扇へと向かう。
ボックスに残った三本から一本を抜き出し、咥え、火を付ける。
落ち着きを取り戻すために深く吸い込み、肺に満たして掻き混ぜ、ゆっくりと吐き出す。いつもより透明色に薄まった吐息が、部屋の空気と混じっていく。その行く末を見届けて、目を瞑る。
……10月15日が、繰り返している。
俺の杞憂は、杞憂のままであることを許さなかった。
覚悟を、決めなければならない。
何に対する覚悟なのか、それを見誤るほどはおかしくなっていない。
――これから起こり続けていくだろう、俺の現実について。
がちゃりと、扉が鳴った。
静かに目を開き、見据えた。
あいつが、立っている。
立っているなら、どうしなければならない?
考えるまでもない。
……殺さなければならない。
直感は大事にしなければ。真っ先にそう思ったのだから、それが俺の正解だ。
近付き、見下ろして、その姿を目に焼き付ける。
小汚い服を着ている。Tシャツにジーンズ。もう何週間もこの服装のまま過ごしている。替えの服は用意していない。そもそも、こいつに着替えの習慣など無い。それを教えるべき妻は死に、落伍者である俺が教えられるはずなど無かった。
ギラギラと光る双眸。痩けた、というよりは削がれたような頬。
その顔面に向けて。
腕を振り上げる。
体勢を崩してしまうほどにかぶりを振った。
振り下ろす。
この世の果ての音が響いた。
骨が折れた音が響いた。
愛すべきはずの娘の顔が。
陥没し、血飛沫が舞って。
それでも俺は殴るのをやめない。
殴るのをやめた先に待つ未来を、直視できるはずなど無かった。
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