でぃすあぐりー・あんぐりー!

「一カ月……?」


 聞き間違いかと思ったけど、スグはきょとんとした顔で俺を見るだけだった。

 もう友達になってから何日も何ヶ月も経っている。なのに、友達になってから一ヶ月くらいで俺たちは付き合ってた?


 いつ告白した? いつ付き合った? いつ好きになった?


 疑問ばかりが頭に浮かぶ。けれどスグは、なんでもないことのように話題を流していった。


「それより食べさせてよ〜。お昼休み終わっちゃうよ〜」

「あ、ああ……」


 拗ねたような顔で、俺に催促をしてくる。

 頭の半分が、スグの発言に埋め尽くされたままスグにご飯を食べさせていた。


 出会って一ヶ月で付き合うなんてあり得ない。俺たちは中学校はおろか、小学校が同じだったとか塾が同じとか、そういう接点の一つもなかった。


 そもそも、いつ告白した? された?


 俺はこの前、ようやく好きだって言えたのに。好きだって言ってもらえたのに。


「……ん、そーつん!」

「ん、え? な、なんだ?」

「たーべーさーせーてー」

 

 スグの膨れっ面と拗ねた声に呼び戻される。

 慌てて食べさせてあげるが、スグは心ここに在らずな俺を見抜いているのか、ずっと拗ねた顔をしていた。


「……なんでボーってしてるの?」

「え? し、してないよ」

「してるもん。私以外のこと、考えてるもん……」


 拗ねるを通り越して、シュンとしてしまった。

 スグが楽しみにしてたお昼休みを、このままで終わらせたくない。せっかく付き合えたのに、初っ端から雰囲気の悪いままなんて嫌だ。


「……ご、ごめん。緊張してて、他のこと考えて紛らわしてたんだよ」

「緊張? 私といて?」

「……嫌われたくないから」


 そういうと、スグはまた頬を膨らませた。そして前のめりになって、俺に詰め寄ってくる。


「私、そーつんのこと大好きだよ? 嫌いにならないよ? なんでそんなこと言うの?」

「ちょ、スグ……!」

「ねぇ、なんでそっぽ向くの? すごくすごく好きなんだよ? ねぇそーつん、そーつん?」

「スグ……!」


 次第に大きくなっていく声を抑えて、スグを座らせる。スグも自分が暴走していたのに気づいたのか、顔を赤くしながら座り直した。


「めちゃ仲良いじゃん」

「お熱ーい」


 周りが冷やかすように言ってくる。そう言われるのが今はまだ救いというか。このときばかりは、スグの人気に救われた。


「……ほら、みんなも言ってるじゃん。私たちは仲良いって」

「わかったよ、わかったから……」


 なおムキになって言ってくるスグに、俺はもうタジタジだった。スグにとっては譲れないことなんだろうか……。

 まぁ、悪い気はしない。というより、ニヤける頬を止めるのに必死なくらいだった。好きだのなんだの言われて、嬉しくないわけがない。

 

 お弁当を食べさせ終わると、スグは満足そうな顔で食後のいちごミルクを飲んでいた。のんきなもんだ……。ようやく、俺は自分のお昼が取れるっていうのに。

 購買で買ったパンの包みを剥がすと、スグはそれに気づいてパンを奪い取った。


「なっ! まだお腹空いてるのか!?」

「違うよ〜!」


 食い意地はりすぎだろ! なんて言ってしまうところだった。言ってたらたぶん、ていうか絶対怒られてたと思う。

 スグは俺から取り上げたメロンパンを一口大にちぎると、俺にそれを向けてきた。


「あーん」

「え?」

「え? じゃないよ。あーんしてー」

 

 言われるがままに口を開けると、スグは放るようにメロンパンの欠片を食べさせてきた。

 もぐもぐごくんと飲み込む一連の流れを、スグは満足そうな顔で見つめていた。


「おいしー?」

「わ、分かんないって……」

「えー? じゃあ、わかるまで食べさせてあげるー」


 そんなこんなで、スグになされるがままメロンパンを食べ終わってしまった。結局、味なんて分からなかった。

 それでもスグは、満足した顔でいた。


「そーつん、かわいー」

「どこがだよ」

「んー……ぜんぶ!」


 意味不明すぎる。俺のどこが可愛いんだろう。

 それを聞いたところで、また意味不明な答えが返ってくるに違いない。ため息を心の中で吐いて、買っておいた紙パックのアイスココアを飲み始めた。


「一口ちょうだい?」

「食い意地……」


 苦笑しながらアイスココアを手渡す。これって間接キスだよな、なんて思いながら、気にしていないフリをした。

 高校生にもなって間接キスであれこれ考えたりしない。


「ありがとー!」

「……」


 顔どころか耳まで真っ赤なこの子は、本当に高校生なんだろうか。




「そーつん、今日も頑張ったよ」

「なにを?」


 放課後の帰り道、スグは急にそんなことを言い出す。なにを頑張ったって言うんだろう。まぁ、学校頑張ったとか言うんだろうな……。


「そーつんとイチャイチャするの我慢したよ!」


 本当になにを言い出してるんだろう。イチャイチャを我慢? あーんとかしてたのはイチャイチャにすら入らないっていうのか?

 

「褒めて! あとイチャイチャしたい!」

「後半が本音だな?」

「そうだよ! ギュッてして!」


 わざわざ公園まで来てなにをするのかと思えば、こんなことをするなんて……。ちっとも期待してなかったと言えば嘘になるけれど。

 周りを確認してから、優しく抱きしめる。力加減を間違えたら、簡単に折れてしまいそうなほどに華奢な身体。


「あったか〜」


 嬉しそうに抱きしめ返してくる。胸のドキドキがバレないか、裏に隠れる下心がバレやしないか少し焦ってしまう。

 スグは朗らかな笑顔で、俺を抱きしめ続ける。目の前に女子の顔があるなんていう、非現実的な景色に違和感すら覚えていた。


「そーつん……」


 熱のこもった吐息と一緒に名前を呼ばれる。これって、そういうことなんだろうなって他人事に感じながら、近づく唇に目を奪われていた時だった。


「……俺たちって、いつ付き合い始めたっけ」


 独り言のように漏れでた言葉に、我ながら空気の読めないもんだと笑ってしまいそうだった。そういうムードだって、恋愛初心者の俺ですら分かるシーンだったのに。


「今聞くこと?」


 案の定、スグは頬を膨らませていた。離れた唇が名残惜しくて、後悔に押しつぶされた胸がキュッとなる。

 でも、ちゃんと聞きたい。ちゃんと俺たち、こうしてあれして、付き合えたんだねって。


「言ったじゃん、友達になって一ヶ月くらいで付き合ったよって」

「いや……告白とかした覚えないし」


 そういうと、スグはキョトンとする。そして俺から離れた。

 温もりが消えたのは、俺の体だけじゃなくてスグの顔からもだった。


「したよ、されたよ……。好きだよって、そーつんも同じだねって」

「……この前、学校サボった時にようやく付き合うようになったと思うんだけど」


 追い討ちになってしまったのか、スグは顔を歪める。遊園地に連れて行ってもらえなかった子供みたいに、純粋で無垢な、悲しい顔だった。


「言ったもん……好きだよって。そしたら、そーつんも俺も好きだよって……」

「……え?」

「言ったよ、絶対に言った。今さら、嘘だとか冗談だとか、許さないもん」

「スグ?」

「私、そーつん大好きだもん。結婚するもん、ずっと一緒だもん」

「スグ……?」


 声色は暗く、悲しみは深くなっていく。

 言葉自体は微笑ましいほどのものなのに、含まれる感情だけが、暗い。


「あの、スグに言いたいことあるんだけどさ」

「……別れ話だったら怒る」

「いや、俺はスグのこと好きだって話」


 そういうと、スグはキョトンとしてから顔をポンッと赤くさせた。糸目なのに、なんとも百面相の得意な子だ。

 

「そ、そーつんは私のこと好き?」

「好きじゃなかったら一緒にいないよ」

「でも、付き合ってないって……」

「付き合い始めた時期に、誤解がありそうだから話しようって思った。俺はスグのこと、彼女だと思ってる」


 なかなか恥ずかしいことを言ってる自覚がある。でも、スグが悲しんでるところはあんまり見たくない。

 スグは両手で、自分の頬を包み込む。赤くなっているのが恥ずかしいんだろうけど、耳まで真っ赤だからあんまり意味がない。


「……隣、座って」


 手近にあったベンチに座って、隣をポンポンと手で叩く。

 スグは言われた通りに座ると、俺の肩に頭を預けてきた。ふわりと香る、髪の毛の匂い。シャンプーの匂いなんだろうけど、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。

 スグは俺の手を握ると、離れないとでもいうように手を一本ずつ絡めてきた。


「……ちゃんとお話する」

「ありがとう」


 こんな可愛いことをされて、ちゃんと話をできるかがちょっと心配だった。

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