ラブ? ラブ!
「む〜っ」
「しょうがないだろ、朝だし……」
結局、学校をサボってファストフードの店まで来てしまった。しかも朝だから、シェイクはまだ買えなかった。
朝早くにこんなところに来ることもないから知らないのはしょうがないが、学校をサボってまで来るもんか?
「ほら、メロンソーダとポテトもあるんだからいいだろ?」
しかも俺の奢り。男子高校生のせいいっぱいの見栄っ張りだった。
それに、こんなにむくれてちゃお金出してなんて言えない。余計に怒らせたりしたら、貴重な友達が一人減りかねない。
「そーつんと昨日行くつもりだったのに……」
「昨日? ああ、昨日はちょっと用事が……」
俺がそう答えると、スグのポテトをつまんでいた手がピクリと止まる。
糸目がゆらりと俺を捉える。頬杖をついているのに、どこか圧力を感じるような雰囲気。
逃げるようにスマホを開いてみる。無機質なフォントの文字が、現在時刻を表すだけだった。
「用事って、なに?」
別にこっちは悪いことはしていない。そもそも、スグに前から一緒に行こうと誘われていたわけでもない。なのに、まるで俺が悪いかのように感じるのはなんでだろう。
とはいえ、スグのことを聞いていたなんて正直に言えるわけもない。昔のことをアレコレ聞かれて喜ぶ人間なんてほとんどいない。
「……ちょっと、親睦を深めようかと」
「私以外の女の子と?」
トゲのある言い方に、少し怯む。今までスグが本気で怒ったところを見たことがなかったし、普段は柔らかい雰囲気のスグが、こんなに敵意をむき出しにしているところなんて想像したこともなかった。
「スグにはっ、関係ないだろ……」
反射的に、こっちも強く返してしまった。スグがこんなに怒ってるところが珍しくて動揺していた、なんて言い訳をしても無駄か。
「……るもんっ」
「え?」
「関係あるもんっ!」
朝の静かな空気が一瞬にして壊れた。壊してしまった、というのが正しいか。
俺は目を丸くしていた。周りで朝ごはんを楽しむ人も、机を片付けていたスタッフの人も、なんだなんだと視線を向けていた。
スグはハッと我に返ると、恥ずかしそうに周りの人にペコペコと会釈をして席に座り直した。
「……ごめん、おっきい声出して」
「いや、それはいいんだけど……」
分からなかった。スグがこんなに感情的になる理由も、大きな声を出してまで関係あるだなんて言ってくる理由も。
それに、朝からこうして無理やりに引っ張られた理由も。
「なぁ、何があったんだ? なんか嫌なことしたか?」
「……私以外の子とデートした」
聞き間違えたか? 俺には一生縁のなさそうな言葉が聞こえたんだけど。
一応、聞き直しとくか。そんなわけないけど、そんなわけ……。
「デートって言った?」
「言ったよ、デートしてた。私以外の女の子と」
してないしてないしてない。なんでだよ、デートの定義について語るか?
昨日のことを言ってるのか? アレは本当に相談ごとに乗ってもらっただけで、それ以上でも以下でもない。
「してないって。大体、あの子には相談に乗ってもらっただけで……」
「なんの相談? 私にできないこと?」
スグの圧が強くなった。たぶん、俺が嘘をついてると思ってるんじゃないか。こんなに疑われると、こっちが悪い気がしてきた。
「……本人に聞くのは違うかなーって思って」
「なにを? 誕生日? 住所? それともスリーサ……」
「止まれ止まれ、なにを言い出そうとしてんだ」
ちょっと気になるけど、こんなところで変なことを言い出すのは困る。俺もスグも大恥かくところだった。
スグもスグで自分がなにを言い出そうとしていたのかに気づいて、頬を赤らめていた。
「……スグ、俺に好きだって良く言ってるだろ? なんなら、結婚しようとかさ」
「うん、好きだもん」
「それ、誰にでも言ってるんじゃないかって」
こんなこと言いたくなかったんだけどなぁ。なに意識してんの? とか、誰にでも言ってるなんて言われたら立ち直れなくなる。
かなりの覚悟を決めてカミングアウトしてみたものの、そんな俺とは裏腹にスグはキョトンとした顔をしていた。
「誰にでもは言ってないよ? そーつんにだけだよ」
もっと問題になることを言い出した。これは予想外だったなぁ、なんて暢気な考えをしている自分すらいた。
スグはメロンソーダを一口飲むと、ストローからハリのある唇を離した。
「そーつんのこと好きだもん。だから、そーつんにしか言わないよ?」
「だから、それが分からないんだよ」
その好きはどっちだ? 友達として? それとも異性として?
どっちに転ぶか……異性として好きなんてあり得ないだろうけど。そう思うのは現実逃避か、はたまた自信のなさの表れか。
「ホントに俺のことが好きなのか?」
「好きだよ? ずっと言ってるじゃん」
……この聞き方じゃ、堂々巡りを繰り返すだけだ。もう変なことを聞いてるわけだし、何を言っても結果は変わらないだろう。
腹を括る、というよりは若干ヤケになっているだけか。
「じゃあ俺と手繋げる? ハグも、キスだってできる? 恋人みたいなことできるの? そういう好きなのか?」
一息に言って、コーラをグイッと飲む。パチパチと弾ける炭酸の感覚は、まるでカウントダウンの音のようにも聞こえた。
スグはまだ表情を崩さなかった。というより、キョトンとした顔をしたままだった。それも、そのはずだった。
「そういう好きだよ?」
「……え?」
スグはおもむろに俺のコーラを飲むと、いつもと同じはずの柔らかな笑顔で、俺を見つめた。
「こ、これじゃ……伝わらない?」
よく効いた空調のせいか、冷えたドリンクのせいか。
お互いの頬が赤いのを、朝日のせいにはできなかった。
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