片割れのオレンジ
「あ、おかえり〜」
「ただいま」
トイレで適当に頭を冷やしても、結局この子を前にすると熱くなる。
こんなにあったかい笑顔をされると、冷静になろうとしているこっちがバカなんじゃないかとすら思えてくる。俺の勘違いなんかじゃなくて、本当に俺のことを好きなんじゃ……。
「そーつん、卵焼き交換しよ?」
「いいけど……」
スグは俺の返事を聞くと、目に止まらぬ動きで弁当箱から卵焼きを交換した。
俺の卵焼きを食べると、スグは幸せそうな顔で顔を緩める。
「おいし〜。そーつん家の子供になりた〜い」
「調子のいいやつめ」
こういうところは微笑ましい。日頃の雰囲気とか見た目とはそぐわない子供っぽいところ。
こういうところが無闇やたらに人に好かれるんだろう。気をつけないとな……。
「じゃ、いただくよ」
「……」
スグは俺が卵焼きを食べるところをじっと見つめる。これも毎回のこと……というか、スグはいつもお弁当のおかずを交換して、俺が食べるってなると見つめてくる。
しかも見る目が怖い。糸目の奥に潜む、なんというか仄暗いものを感じるというか。
別に占い師でもなんでもないし、俺が勝手に感じてることだけど……。
「……食べないの?」
「食べるけど……そんなに見られると恥ずいな」
「え〜? 見てないよ〜」
いつもの間延びした口調なのに、やっぱりどこか怖くて。
何かに蓋をするみたいに、卵焼きを口に含んだ。
「美味しい?」
「……うまい。スグん家の子供になりたいくらい」
「ほんと? じゃあ結婚しよ?」
なにをいっとんだ?
今まで、好きだとか大好きだとか言われたことはあった。それは友達として、ラブじゃなくてライクだって分かっていた。
でも、結婚? 俺たちは高校生だから、できる年でもない。それに、冗談でも言っちゃいけないような気がする。
「冗談でもそんなこと言うなよ」
説教くれてやろうと思った。冗談だとしても、本気にするなと笑われてもいいから、友達として怒るべきだって。
「冗談じゃないよ? そーつんのこと大好きだもん」
「……だからなぁ」
予想もしていなかった返事に、また言葉が詰まる。なんていうか、スグは色々とズレてるのか?
昔っからの仲ってわけでもないけど、こんなことを平気で言ってしまうのはちょっと問題だと思う。
「……まぁいいや。それよりさっき、ガルバ読んでないって言ってたけど嘘な」
「えっ? なんでそんな嘘つくの?」
「そのほうがスグが元気になるから」
そういうと、スグは卵焼きを食べた時より笑顔になった。その笑顔が眩しいというよりは、やっぱりどこか微笑ましくて可愛い。
スグは俺の肩に頭を預け、その綺麗な茶髪からふんわりと香る匂いでドキドキさせてくる。
「そーつん、私のこと好きだもんね〜」
「……そういうことでいいよ」
スグの人懐っこさは、長所であって短所でもある。
すぐ勘違いするようなやつなら、大変なことになってただろう。スグって昔からこんな感じなのか?
……放課後、スグといつも一緒にいる女の子に聞いてみるか。
「そーつん、一緒にかえ……」
私が声をかける前に、そーつんは席を立った。
せっかちだなぁ、もっとゆっくりすればいいのに。そしたら、もっと一緒にいられるのに。
まっ、いいや。そーつんと一緒に帰りながら、帰りにシェイクの新作飲んだり……そーつん、そーつん。
「なぁ、ちょっと相談したいことあるんだけど……」
あれ?
なんで、他の子に話しかけるの?
「ここだとちょっと困る……助かる、シェイクくらいなら奢るからさ」
なんで?
私と一緒に行くんじゃないの。私、楽しみにしてたのに。
「そーつん、どこ行くの?」
「っ、スグ。今日はちょっと用事あるからさ、先に帰ってて」
そーつん。
どうして、そんなに困った顔、するの?
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