糸目彼女は本気で好きなのに
黒崎
ライク? ラブ?
「あれ〜? ここにいたんだ〜?」
間延びした口調とは裏腹に、俺の背中はピシッと固まる。
せっかく、うまく巻けたと思ったのに。コイツはなんでか知らないが、俺の居場所を必ず突き止めては嫌がらせ……もとい、絡んでくる。
「ひどいなぁ、お昼は一緒にって言ってたのに〜」
「いやぁ、飲み物買ってた……」
「ほんとぉ? 水筒持ってるのに変なやつ〜」
……何もかもお見通し。心なしか、ソイツの糸目はジトリとした湿気を含んでいるように感じた。
逃げた理由くらい、察して欲しいなんていうのは俺のワガママか?
高校に入ってから、特にこれといって変わった日常を過ごしているわけでもなかった。学校行って、友達と話して、勉強は嫌いで、帰ったらゲームして、風呂入って飯食って、眠る。
「ねねっ、それガルバのウサンちゃん?」
ある女の子から、そう話しかけられるまでは。
ガルバっていうのは、ガルバニアファミリアの略。で、ウサンちゃんはそのガルバのキャラの一人。
兎が日々、ガールズバーで生計を立てていくという大人向けな内容の割に、キャラは子供向けのような可愛い見た目をしている。このギャップで人気を博していた。
これといって特徴のない俺は、ガルバのウサンちゃんが大好きだった。
そのウサンちゃんのキーホルダーをカバンに付けていた。最近は男が可愛いものをつけていても何も言われない良い時代になった。
女子ウケを狙ってるわけでもなく、純粋に好きだから付けていた。そんなわけで、女子から話しかけられるなんて思ってもなく。
「そ、そそそうだっ、よ」
0点の返事をしてしまったわけだった。
噛んだ、終わった。これで終わると思ってたのに、この女子は何を思ったか、目を輝かせていた。
流れは読めると思うが、その子もガルバが好きだったらしく、身近にガルバ好きがいなかったから嬉しかった、友達になろう、なんてトントン拍子で話は進んだ。
その頃には、チョロい俺の心はすっかり開かれてしまっていて。
「私、
「俺は
晴れて、ガルバ繋がりの友達ができた。
「最近私のこと避けてるでしょ? ひどいなぁ、同じガルバニストの仲なのに」
ガルバが好きな人は『ガルバニスト』 と、呼ばれている。一歩間違えれば共食い悪魔みたいになりそうな名称だが、俺は気に入ってる。
「避けてないって。サプライズしたい気分だったんだよ」
そういって、紙パックのいちごミルクを投げて渡す。ナイスキャッチをした後、スグは口をにぱっと開けて喜んでいた。
「わぁ、嬉しい。そーつん大好き〜」
「はいはい」
俺のことを『そーつん』 なんて呼んで、気安く大好きだとか言ってくる。知り合って間もない時は、自分の耳を疑ったけど、コイツはすぐに好きだのなんだの言うやつだって知ってからは驚きもしなくなった。
なにかあるたびに好き、大好き。何度も言われれば、人は慣れてくる。最初のうちはドクンドクンと脈打っていた心臓も、今じゃ寸分の狂いもなく緩い鼓動を打つだけだった。
「そーつん、ガルバの最新話は読んだ?」
ガルバは原作が漫画だった。青い鳥のSNSで毎日更新されていて、誰でも読むことができた。
そんなわけで、俺も欠かさずチェックしている。のだが……。
「いや、読んでない」
嘘をつくのには、ちゃんとした理由があった。こうやって嘘をつくとスグが嬉しそうにスマホを見せてくるからだ。
「あのね、今日のガルバねっ」
肩と肩が引っ付いて、いい匂いが鼻を掠める。女の子特有の、甘い匂い。ピンクのケースがついたスマホに集中なんてできない。
横へとスライドされていくガルバの漫画、甘い匂い、触れ合う肩と肩、肘にぶつかる胸の感触。
教室の一角でこんな甘酸っぱいことになるとは思ってもみなかった。まぁ、今は酸っぱいだけなんだけど。
「二人とも今日も仲良しだね」
「でしょ、えへへ〜」
いつもスグとつるんでる女子だ。仲が良さそうなのは、俺たちより君らのほうじゃないかって言いたくなる。
正直なところ、からかわれているんじゃないかとすら思っている。スグはどっちかっていうと見た目が派手だ。スタイルは文句のつけどころがないくらい良い、ふわふわした雰囲気も取っ付きやすくてモテる理由になっている。
糸目はその雰囲気に妖しさを足している……あと、胸がでかい。
「そーつん大好きだから嬉しいな〜」
あと、こういうことを簡単に言うところ。
勘違い男子が増えるに決まってる。夜道を歩いてたら後ろから刺されるんじゃないかと心配になるほどだ。
「……ちょっとトイレ」
席を立って、チラリとスグの顔を見る。
気づかないでほしいのに、スグとバッチリ目が合った。嬉しそうな顔で微笑みかけてくる。
……俺のこと、好きなんじゃないかって本気で思うからやめてほしい。
トイレで頭を冷やそう。クレバーに、勘違いしないように。
「早く戻ってきてね〜。そーつん」
……なれるかよ、まったく。
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