4.
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。ちょ、優心はやすぎ」
「そんなこと言ってちゃんとついてきたじゃん」
俺は息を切らして両ひざに手をやり体を支える。
息を整えつつ顔を上げると、全く息を切らしていない優心が太陽の光を浴びながらスポーツドリンクを口にしていた。
ごくごく、と勢いよく飲む音が聞こえ、そして
優心は「ぷふぁ」とドリンクから口を離して少し飛沫を上げる。
少し濡れて輝く唇を白い腕で拭きとり俺の方を見た。
「はい」
「おう」
俺は疲れに耐え切れず草むらの上に寝転がった。そこへ優心がスポドリを投げ込んだ。
彼女なりの気遣いだろう。
流石に寝転がったままでは飲めないので草むらの上に座りスポドリの蓋を開ける。
半分くらいのスポドリを甘さを感じながら飲んで、三分の一くらいにまで減らして彼女に投げ返した。
「ありがと」
「どういたしましてっと」
ナイスキャッチ、と言っている間に俺の息は整った。
服やらシューズやら買った翌日月曜日の朝四時。俺達は集合して早速走った。
最初は体を慣らすためストレッチや軽いジョギングで体をほぐした。
今日は初日ということで軽めの体力作りのはずだったのだが内容は散々。
「……お前本当にブランクあるのか? 」
「もちろん」
「嘘つけ」
「まだ小学校の頃のラップライムを超えれてない。ゆっくり走ったけど、これじゃまだ一番は夢のまた夢だ」
まじか、と思いながらも腕にしている時計を見る優心。
あれは昨日優心がスポーツ用品店で買ったやつだ。
その時「高い物を」と思ったが、彼女の真剣なまなざしを見て無粋なことを考えてしまった自分を恥じたのを覚えている。
しかし気を張り過ぎてないか?
太陽を後ろにしているせいか赤く見える優心の顔を見て思う。
「さ。もう一本走って学校へ行こう」
「……おう」
俺に手を差し伸べてそれをとる。
優心に引き起こされてお尻を払う。
さっきよりも遅めのペースで走った後、俺達は学校へ行った。
やはりというべきか優心が髪を切ったことに周りが騒いだ。
本格的な質問が始まったのは昼休み。
騒ぐ周りに優心が「マラソン大会に出るのに邪魔だから」と言う理由をつけると一先ず沈静化。
一部納得していないクラスメイトがいるようだが、出る大会を教えるとそれを口に出すようなことは無かった。
のだが――。
「快清君も出ますので」
その一言で一気に注目を浴びてしまい俺はたじろいだ。
優心め。外堀を埋めに来たな、と心の中で恨みつつ周りからの質問を捌いていく。
俺は約束をしたら守るタイプだと自負している。
しかしながら恐らく彼女は「もし大会当日棄権したら」とでも思ったのだろう。
にやりと笑みを浮かべる彼女を見ながらも一息つくと追撃がきた。
「二人で猫耳カチューシャを被り猫獣人のコスプレで参加します。皆さん声援のほどよろしくお願いしますね」
「おいコラちょっと待て。俺はその話を聞いてないぞ?! 」
「今言いましたので」
髪を短くしても清楚系ムーブを続けていたから為油断した。
クラスメイト達の前で弄ってくるとは思わなかった。
くそっ、と心の中で毒づくその一瞬の間にまたもや質問の波が来た。
お揃い、ということもあってか二人の仲はどうなのかとか、どこまで進んでいるのかとか。
彼女達は俺の影響で優心の趣味が変化したと考えたのだろう。
学内では清楚系で通っている優心とオタクで通っている俺。
いつも隣にいる彼女が「猫耳で走る」などと言ったらここに行きつくのは無理もない。
だが事実はそれに反するわけで、この何の利益も生まない質問を半ば投げやりに回答した。
しかしまぁ優心が来るまで俺の事を煙たがっていたやつらが良くぬけぬけという、と言いそうになったがそれを飲み込む。
当たり障りのない回答をしている間に昼休みが過ぎていった。
「おい快清。今期のアニメに陸上ものはなかったと思うが」
六限目も終わり放課後になると友人に早速聞かれた。
俺がサブカルの影響を受けやすいことを理解しているからこその質問だろう。
「影響されたんじゃないよ」
「そうなのか?! 」
「そんなに驚かなくても」
「快清が……、あの快清が何の影響も受けずにアウトドア趣味に走るなんて、天変地異が起こるぞ! 」
「そんな大袈裟な」
「キャンプアニメが流行った時、頻繁に俺と一緒にキャンプ行ったのは誰だ? んん? 」
「そう言われると弱い」
その言葉に俺はぐだーっと机に突っ
あの時の事を言われると痛い。
目の前にいる同胞が言う通り、俺がアウトドア趣味をやる時は大体何かの影響を受けている。
しかしこと今回に関しては、サブカルの影響ではない訳で。
どうやって説明をしたものかと考えるも、この誤解を解くのを諦めた。
頭が回らない。
朝から走ったせいかかなり眠い。
何やら友人が言っている。しかし言葉の半分くらいしか聞き取れない。
うとうとしながら友人が時計を見たのを確認。
彼が「じゃぁまた明日な」と言うのを重たい腕を上げて返事をする。「大丈夫か? 」と聞こえたので「疲労だから大丈夫」と答えると彼は誰かと話して扉の向こうへ消えていった。
「カイ君。起きなよ」
「!!! 」
ガバっと頭を起こす。
するとそこには短く黒い髪をしたブレザー姿の幼馴染・桃瀬優心がそこにいた。
「今何時? 」
「十六時頃」
「うわっ! マズ」
教室が明るかったため気付かなかったが、外を見ると夕日が傾いていた。
すぐに教科書とタブレットを鞄に入れて席を立つ。
「ふふっ。お寝坊さんだね」
「……人が少ないからってここ学校なんだが、良いのか? 素が出てるぞ? 」
「外見では見分けがつかなくなっています。口調を変えるだけで切り替え可能なのでご心配なく」
「恐ろしい」
俺はポツリと呟きながらも鞄を肩にして、教室を出た。
職員室へ行き俺が部屋に誰もいないことを担任に告げて帰路に就く。
夕日が沈む中良い匂いが漂ってきて腹が空く。
ぐぅ、とお腹が鳴るとクスリと隣から聞こえて来た。
「……久々に走ったんだから仕方ないだろ? 」
俺の言葉に「そうですね」と口に手を当てながら彼女は言う。
今日は散々だった。
クラスメイト達からは嫌な注目の浴び方をし、疲労で睡魔にやられ、そして幼馴染に笑われる。
これほどまでに屈辱的な一日はあっただろうか? いやあったかもしれない。
「無理、してない? 」
「? 無理を? 」
「うん。だって今回のマラソンだって、殆ど無理やり参加させたようなものだし」
隣を見ると俯きながら優心が言っている。
確かに彼女の言う通り無理にマラソンに参加して、俺が嫌う注目を浴びた。
本来なら「ちょっときついかな」とか、気が利く人なら「そんなことないよ」と言うのだろう。
しかし俺は自然とその言葉が出なかった。
彼女が楽しみにしているマラソン大会。
俺一人ならばきっと一生縁のないものだっただろう。
しかし
運動はしていて損はない、と思う。しかし俺は積極的にやりたくはない。
そう考えると優心の提案は俺にとってメリットがあったとなる。
優心は改めて自分を振り返ったのだろう。そして自責していると。
「確かに優心が強制したな」
「……」
「けど良かったと思う」
優心は「わからない」といった表情をした。
「もし優心が誘ってくれなかったら俺はこの先マラソン大会には出なかったと思う」
「……」
「運動を習慣づけるには良い機会だったと思うよ。自分のため、健康のため、将来のために俺は走ることにする」
「そっか」
優心は少し顔を上げる。
「あとその時に優心が隣にいてくれたら嬉しいかな」
「! 」
優心の顔が一気に赤くなった。
そして急に近寄ってピタリと体をくっつけて来る。
動きづらく、一旦足を止めて、離れるように言おうと思ったら俺を見上げた。
「それってプロポーズ? 」
今度は俺の顔が真っ赤になった。
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