3.

「まずはシューズだね。確かマラソン用の靴、もってなかったよね? 」

「最近再会したはずの幼馴染に俺の家の靴事情を知られていることにとても恐怖を感じるのだが、どう思うかね? 桃瀬君」

「愛されてるね」

「さよですか」


 彼女の的外れな回答に溜息をつきながら総合スポーツ用品店の中を行く。

 俺が優心が猫耳のまま外に出たことに気が付いたのは町を歩いている時だ。

 しかし奇異なものを見るような目線で見られることはなかった。

 それは恐らく似たような人がいるからだろ。


「あ、ここだ」


 優心が立ち止まり俺を誘導する。

 アメリカの有名ダークヒーローのコスプレをした人が通り過ぎる中、「ずっといる俺よりも店に詳しいのは何でだ? 」と疑問に思いながらも彼女に誘導される。

 様々なコスプレをした人達がランニングシューズを選んでいるという混沌とした状況を、えて見ないようにして優心のおすすめの説明を聞く。


 説明を聞いていると彼女の知識の深さがわかる。

 優心は長く陸上をしていなかったはずだ。

 しかしブランドものからマイナーなものまでシューズに詳しい。

 もしかしたら陸上をやっていない間も未練がありスポーツ用品を調べて楽しんでいたのかもしれない。

 そう思うと今回彼女が力を入れる理由がよくわかる。

 もう走ることは不可能と思っていた所にまさかの言葉。

 彼女が嬉々として俺にシューズの説明をする姿をみると自然と口元がほころぶ。


「——だよ。って聞いてる? 」

「あぁ聞いてる聞いてる」

「それ聞いてないパターン。じゃぁどれがいい? 」

「俺は本格的に走る訳じゃないから、こっちの安いやつで」

「それだとすぐにすり減るよ? 」

「良いだろ? 軽く走るくらいなんだから」

「いやいや練習もするからすぐにすり減ったら困るって」

「え? 」

「ん? 」

「俺、いつの間に練習することに? 」


 聞いてない事に俺は首を傾げる。

 するとやれやれといった表情で優心は俺に言った。


「流石のカイ君でもぶっつけ本番で一番をとるのは無理だよ。毎日練習しないと」

「俺は一番を狙うつもりはないんだが?! 」

「やるからには一番を目指さなきゃね! 」


 俺を巻き込むな、と思うも口を閉じる。

 彼女にとって次の大会は重要なもの。例え巻き込まれようとも彼女のやる気に水を差すのは無粋、か。

 仕方がないと思いつつ、少し高めのシューズを買って次に行った。


「……え? 俺これ着るの? 」

「そうだよ」

「いやいやいや、俺陸上部じゃないんだが?! 」

「なるほど」

「分かってくれたか。なら違う服を――「自分は陸上部では収まらない最強の存在、ということだね」」

「分かってねぇ」


 優心の誤解に肩を落とす。

 俺の様子がおかしかったのか少し笑いながら「冗談だよ」という。


「流石にこれも買うと予算をオーバーしそうだからね。普通のランニングウェアを買おうか」

「初めからそっちを案内してくれ」

「カイ君の反応が面白くてつい」


 ごめんね、と両手を合わせてちょこんと首を傾ける。

 それに「うぐっ」となりながらもすぐに移動を始めた彼女について行く。

 いつもよりも元気がいっぱいなせいか、どうしても彼女が可愛く映ってしまう。

 どんな気持ちであんな仕草をしているのかわからないが、俺が勘違いしてしまうから少しは自重して欲しい。

 今回だけその言葉を飲み込みつつ、スポーツウェア選びを始めた。


「……カイ君。流石にそれはないよ」

「俺も反省している」


 優心が向かった先はレディースだった。後から聞くと彼女は彼女で見たいものがあったらしく。

 俺はそれに気が付かず手にとりあわや試着室へ向かいそうな所で優心に止められた。

 その時の俺の恥ずかしさは過去最高だろう。


 アパレル関係はもちろんの事、スポーツ用品店にあまり行かない俺がレディースとメンズの区別がつくはずがない。

 看板をみれば確かに「メンズ」や「レディース」と書いていたが、服は似ているわけで。

 あまり積極的に店に行かない俺が間違えるのは無理もない、と釈明したが優心から返ってきたのは呆れた声。

 ことがことだけに俺は反論できずにいた。

 少し下を向き歩いていると隣から声が聞こえてくる。


「カイ君と久々に買い物が出来たし満足かな」


 優心に向くとヒマワリが咲いたかのような笑顔がそこにあった。

 それを見て立ち止まってしまう。

 頭を掻きながら「そうか」とだけ呟いた。


 優心の表情を見ると、今日俺が感じた恥ずかしさや飛んでいった今までの貯金が気にならなくなった。

 外の暑さとは違う熱気が体の奥から湧いてくる。

 正体がわからないこれに戸惑っていると優心が「どうしたの? 」と聞いて来たので「なんでもない」とだけ答えた。

 ふぅ~ん、と何か探るような目線で見てくるので更に気まずくなり足を早める。

 そして家に着くと俺は軽く手を振った。


「じゃ、明日の朝四時に」

「え? 」


 早すぎない?

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