第二十二話 可愛いので抱きしめちゃいます!

 アンディさんのお店にリタとティナの試作品を持ち込んだあの日から、はや二週間の時が流れた。

 私はとても忙しくしています。

 ええ、前よりは注文少なくなったとはいえ、一人で、そう一人で捌いているからです。

 あの後、帰ってきてから色々と取り組んでるリタとティナ。

 頑張る妹を応援したいという思いでつい言ってしまった一言が原因だった。


「二人ともオリジナル商品で頑張ってるならアンディさんからの注文、その間お姉ちゃんが受け持つよ」

「ほんと!お姉ちゃんありがとう!」

「シロ姉好きー」


 抱きついてきた二人を受け止めて撫でる。

 うんうん、お姉ちゃん頑張るから。

 その時はそう、そんな感じで軽い気持ちで申し出たんだよね。




「お姉ちゃんご馳走様」

「ごちそうさまー」


 二人は夕食をとっとと食べ終え、自分の食器をキッチンへ運ぶために席を立つ。


「リタ、ティナ、またすぐに錬金術するの?」

「うん、もう少しで良い物出来そうなんだ」

「ティナも」

「そう・・・あ、明日の朝からアンディさんのお店に行くから、朝食のパンをここのテーブルの上に置いておくね」

「分かったわ」

「ん」


 アンディさんにダメ出しされたあの日から初めはまだ明るく色々と相談したりして楽しくやっていた。

 しかし二人は現在、既に二回ほど再挑戦しているのだが、どちらも今だに取り扱って貰えないみたい。それで今では思い詰めたように錬金術漬け。

 新しい商品作りだって別に期限など無いし、なんなら作らなくても良いんだけどアンディさんに向かって挑戦的な宣言をした手前、負けず嫌いな所がある二人が諦める訳なかった。

 あんまり無理しなければ良いけど・・・。


「二人とも頑張るのは良いけど、ちゃんと休んでね」

「わ、分かってるわ!」

「んー、ん」


 ふ、不安だ・・・。

 でもあまりしつこく念を押すと拗ねちゃうから二人を信じるとしよう。

 私は食器の洗った後、明日すぐに出られるように色々準備だけして就寝した。


・・・


 うーんっ、雲一つ無い晴れやかな良い朝。

 窓から差し込む陽光がとても気持ちいい。


「さてと、身支度整えて・・・あ、二人とも部屋でちゃんと寝ているかなー・・・」


 身支度を整えた私は二人の自室を確認。

 うん、何となくこうなる事は分かってたけど、どちらも部屋の主人が不在だった。


「もう、ちゃんと休んでって言ったのに」


 リビングに行っても二人の姿は見えず、ダイニングのテーブルの上にあるブレットケースを確認しても朝食のパンは手付かず、これはずっとアトリエにいたよね。間違いない。

 私のアトリエにはアンディさんのお店に持っていくポーションがあるので寄るけれど、先に二人のアトリエを覗いてから行こう。



「ティナーいるのー?・・・・・・お邪魔するね」


 返事は無かったけど、部屋を覗くと色々とメモした用紙が広がる机に突っ伏しているティナを発見。どうやらアトリエで寝てしまったようだ。


「ティナ起きて」

「・・・・・・むにゃ」

「うーん、これは徹夜して力尽きたばかりの感じだね」


 揺さぶってもしっかりとした反応が帰って来ない。

 この状態はシャンスティルで何度も見ているので、中々起きないのを知っている。

 起こすのを諦めて毛布を掛けてティナのアトリエを出る。次はリタのアトリエだ。



「リタいるー?・・・あ、起きてるね」


 部屋の中から音が聞こえてきた。

 リタは起きていたようだ。


「お姉ちゃ、おはよ・・・」

「おはよう、まさに完徹したって感じだね」


 リタは目を擦りながらボソボソとハッキリしない声で出迎えてくれた。

 耳と尻尾も元気がない。へにゃりと垂れ下がってる。


「ちゃんと休むように言ったでしょ。そんなフラフラしてたら危ないよ」

「んー・・・だいじょぶぅ・・・」

「あー倒れそうだよ、もう・・・。自室に連れて行くからね」


 フラフラして危ないリタを背負い、錬成釜の中をそっと確認する。

 中には何も無く、錬成中ではなかったことにホッと一息。

 錬成は当然、途中である程度放置したりして手を止めると失敗する。特に、まだ性質を変化させている最中は不安定で、下手な魔力コントロールと短時間の放置は一番ひどい失敗、中身が飛び散る爆発へ繋がる。

 他人の錬成を引き継ぐ事は不可能なので、もしその段階だったら早急に避難する必要があったよ。もう既に背中のリタから寝息が聞こえてるからね。


 アトリエを後にした私は、とりあえず背中のリタを本人の自室へ連れて行き、ベッドに寝かせた。

 リタは完全に夢の中へ旅立ってる。これは昼頃まで起きないね。


「まあ二人とも寝ているなら、それはそれで良いかな。その間に用事済ませて昼食用意すれば良いし」


 昨日の夕食の時にアンディさんのお店へ行く事は伝えてあるし、このまま出掛けても問題無いよね。

 私は自分のアトリエにあるポーションが入っているバックを持って、ちゃんと戸締り確認して出掛けた。





「クルルちゃん、ハルナさん、おはようございます」

「いらっしゃいませ!シロネさん」

「いらっしゃい」


 朝早くから開いているアンディさんのお店に入ってすぐ、視界に入ってきた二人の店員さんに挨拶する。

 特徴的な桃色髪を持ち、とても元気が良い可愛い女の子はクルルちゃん。

 この辺りでは珍しい黒髪ロングでキリッとした印象があるクールな女性はハルナさん。


 クルルちゃんとハルナさんは、アンディさんに個人的に雇われていたらしく、こちらの店を開店する時期に合わせて呼ばれた二人。

 前に働いていたお店の後輩に引き継ぎ作業をしてからこちらに来たそうだ。



「これいつものポーションです。確認お願いします」


 アンディさんのお店が開店して十日ほど、ポーションをかなりの量取り扱っているお店、ワイドレンジは有名になった。

 けれど、一つの商品に集中してお客さんが来たら、当然在庫が無くなってしまう。

 ポーション系の商品自体は小出しにして出しているものの、開店前に蓄えた大量の在庫だってそう遠くないうちに無くなるとアンディさんに相談された。

 そこで『毎日ポーション五十個の納品する。それらは通常より高額で買い取る』という内容で契約を締結した。

 それからは毎日ポーションを錬成して、アンディさんのお店に納品。そのついでに食材や日用品、そして錬金術の素材を買い込んで帰るのが日課となった。


「ほんと、いつもありがとう。とても助かってるわ」

「いえいえ、こちらも貰うものはしっかり貰ってますから」

「ふふ、しっかりしてるわね」


 左手を口元近くまで持っていって、くすりと微笑むハルナさん。

 ふむ、歳はそう変わらないと思うけど、こうも立ち振る舞いの違いで大人びて見えるとは。

 普段からクールなハルナさんからは、大人の余裕を感じるよ。




「・・・・・・はい、品質と数も問題なし。お支払いはいつも通りに半分は課題の返済で、もう半分は現金で大丈夫?」

「それで大丈夫です」


 店員さんである二人には既に私達の事情は話してある。

 当然アンディさんと協力関係を結んでいるのと、リタとティナがこっぴどくやられた初日の納品時に取り決めた支払い方法、返済に半分と現金で半分ずつ支払うとなっている事も。

 この支払い方法はお互いの事情、全額現金だとまだ資金が少ないアンディさんが苦しく、全額返済にしてしまうと私達がアンディさんから支給される素材以外手に入れられなくなる。

 だから基本は半分ずつと取り決めた。

 まあ契約では無いので支払い方法はこちらで調整して良いとアンディさんは言ってくれたのでとても助かる。



 ここまで聞いた二人は最初、私たちの境遇に同情してくれた。

 そうだよね。立派な家とアトリエとか与えられたものの、唐突に金貨百万枚の借金はひどいよね!

 それからはお互いに大変だったと苦労話を話し合ったり、色々な話題で盛り上がってすぐに二人とは仲良くなれました。



「うわー!やっぱりシロネさんのポーションはすごいです!こんな高品質の物を毎日用意出来るなんて!」

「そ、そうかな?」

「はい!」


 お客さんがいないのを良い事に、レジで納品をしていたら掃除をしていたクルルちゃんが覗き込んできた。

 クルルちゃんは本当に元気な素直な子で、この屈託のない真っ直ぐな笑顔で言われると、お世辞に謙遜で返すようなやり方はできず、逃げ場が無いので照れてしまう。

 そう、この人懐っこさはズルい。可愛い。なでなで。


「えへへ・・・」

「はうっっ!」


 撫でたら笑顔で頭を預けてくるという、すっごく可愛い反応が返ってきた。

 サルザードに向かう前、お母さんに錬成したアイテム持ち込み禁止と言われてまだ寝る時に抱くぬいぐるみ錬成してないし、クルルちゃん貰っていって良いかな?


「その、シロネ。可愛いものが好きなのは聞いてたけど、変な顔してるわよ?」

「あっ、」


 やっちゃった。人前で惚けてしまうなんて。

 このままでは色々危ない。しっかりとしなくては・・・。


「大丈夫です!(キリッ)」

「撫でるの、やめちゃうんですか?」

「はわぁ〜」

「はぁ、駄目そうね・・・」


 仕方ないんです。クルルちゃんが可愛く上目遣いで誘うから・・・!なでなでなでなで。


「これはアレね。用事なければ上の階でアンディと話してる人に会って貰おうと思ったけど、任せられないわ・・・」

「あーすみません。仕事か何かあるなら真面目にやります」

「・・・不安だけど、アンディから貴方さえ良ければ自分の元まで案内するように頼まれていたのよ。タイミング良ければ会わせられると」


 何だろう?この二日間くらいは忙しいからとポーションやそれ以外の納品での取引はハルナさんとして会っていなかったけど、忙しそうにしてたのはその会わせたい人と関係あるのかな?


「時間なら大丈夫なので問題ないですよ?」

「・・・不安だわ」


 ハルナさんはもう一度そう呟いたけど案内してくれた。

 場所は前にバレッタさんと初めて来た時に色々話し合った部屋で、私が覚醒れぼりゅーしょんで寝てしまった場所だ。



「アンディ、シロネをお連れしました」

「そうか、入ってくれ」


 ハルナさんの後を追い入室すると、そこには前と同じ席にアンディさんが、そして前にリタとティナと一緒に座っていたソファーにはそれは小柄な、リタとティナより幼く見える銀髪ツインテールの可愛い一人の少女がいた。


「シロネ、忙しいとこ時間を取ってすまない。シェリー、そちらの彼女の隣に座ってもらえるか?」

「は、はい、それじゃあ失礼しますね」

「い、いえ、お気遣いなく・・・」


 私が座る事になると先に座っていた少女は、長いソファーなのにも関わらず、席を空けるように横にずれて座り直す。


「それでは新しい飲み物をご用意します」

「ああ、頼む」


 ハルナさんはそう言って部屋を出て行った。


「じゃあまず紹介する。先に言ってしまったがシロネ、彼女はシェリー。君と同じ錬金術師で期待のルーキーだ」

「シェリー、です・・・」

「シェリーちゃんだね。私はシロネ、よろしくね」


 あらら、手を差し出してみたけどシェリーちゃんは不安そうに自身の左手で右手を包み、それを胸の前に持っていき縮こまってしまった。

 とっても恥ずかしがり屋さんなのかもしれないね。


「まあ何だ、実はシェリーをここで預かることになったんだ。この建物はかなり広く、店の奥に居住スペースあるぐらいだからな。専属となって頑張ってもらう」

「そうなんですか?・・・・・・バレたら衛兵さん来たりは・・・」

「無い。保護者と本人の合意の上だ」


 合意の上なんだ。合意か、親御さんは何故シェリーちゃんを送り出すような真似をしたんだろう。

 アンディさんは人を思いやれる人だ。

 自分に有益だからって強引な手は使わないと信じてる。

 それでもシェリーちゃんがここにいるって事は、つまりリタとティナより二つ三つ年下のこの子が働かないと厳しい環境だったって事かな。

 結構複雑だよね。今は部外者の私が深く踏み込まない方が良いだろう。時が来たらアンディさんかシェリーちゃんが打ち明けてくれると思う。


 それまで私にしてあげられる事、か。

 なでなでだね。よし!なでなでなで〜。

 シェリーちゃんは手が触れる一瞬だけビクリとしたが、撫でるのを受け入れてくれたのか、拒否するような反応はしなかった。


「実はシロネに頼みたい事がある」

「はい、何ですか?」


 当然なでなでは継続中。

 私は器用にちゃんと聞く姿勢を取りながら、右手だけはシェリーちゃんのために動いている。


「本当に忙しい所すまないと思っているが、シェリーに錬金術を教えてやって貰えないか?」

「え?」

「シェリーはしっかりと錬金術を教わったわけではなく、ほぼ見よう見まねで独学で学んだそうなんだ」

「て、天才だ!」


 私達、結構若手では凄腕だと自負しているけど、それは生まれて半分以上錬金術に費やした上に、教えてくれる師匠が良かったから成り立った結果だ。

 見よう見まねで錬金術を扱う?独学で何かを錬成する?

 私達にはそんなのほぼ無理だ。

 お母さんが錬金術師じゃなかったら、きっとリタとティナはまだシャンスティルで誰かに教わってて、私は・・・。


「そう天才だ。だから今からでも色々覚えてもらいたいんだが、今の俺にちゃんとした錬金術師達に差し出せる対価が無い。そこでシロネに任せたいんだ。もちろん、報酬として素材や金を支払う。どうだろうか?」

「・・・・・・シェリーちゃんがしっかり働けるようになっても、」

「ああ、大丈夫だ。この関係はこの店が破産するか、それとも君達がヘレナさんからの課題を諦めるまで変わる事がない」

「・・・・・・そうですか、分かりました。私にどこまで出来るか分からないけど頑張ってみます」

「助かる。ではこの件について、ん?」

「んー?」


 色々決めるためにいざ話し合おうとした時、私の右手が何かに包まれるように握られた。

 私の右手を持っているのはもちろんシェリーちゃん。


「シェリーちゃん、どうしたの?」

「あり、がとう・・・。よろしく、お願いします。シロネ、お姉ちゃん・・・」


 私の右手を自身の胸の前あたりまで両手で持っていって、ぺこりと小さくお辞儀するシェリーちゃん。それにお姉ちゃんって・・・。


「はわ・・・」

「はわ?・・・わっぷっ⁉︎」


 気がついたらシェリーちゃんを抱きしめていた。そう、シェリーちゃんの顔を私の胸で包み込むように抱きしめた。

 もうね、こうするしかなかったのよ?

 こうなるべきなのよ。

 もう安心してねシェリーちゃん。シロネお姉ちゃんに全て任せて!


「アンディさん」

「・・・何だ?」

「シェリーちゃんをください」

「駄目だが?」

「シェリーちゃんは私の元にいるべきでは?」

「思わんが?」

「シェリーちゃんだって私の所に居たいと言ってますよ?」

「じきに何も言えなくなりそうではあるな」


 アンディさんは分かってくれない。

 こんな平行線なやり取りをしていると、温かい飲み物を入れてきてくれたハルナさんが戻ってきた。

 これはハルナさんに協力してもらう必要があるね。


「あー・・・やると思ったわ。こらシロネ、シェリーを離しなさい」

「何でですか!」

「苦しそうじゃない!そして暴走してるのは間違いなくシロネ、貴方だからよ。まず落ち着きなさい」

「やー!」

「なあこの件、保留に戻して良いか?」


 それから私がアンディさんのお店を出るまでに一時間も掛かった。



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