第十九話 サルザードでの初仕事
話し合いの後、バレッタはそろそろ戻る必要があると告げてシロネ達と別れた。
残された四人はヘレナが魔道列車でシャンスティルに帰るまでの残り三、四時間といった少ない時間の間、サルザードの第九区を共に見て回り楽しむ事にした。
楽しい時間はあっという間で、ヘレナと三姉妹に、とうとうお別れの時間がやってくる。
「貴方達、ちゃんと頑張るのよ」
「うん、頑張るね」
「絶対に達成してみせるわ」
「ん、必ず良い報告持って帰る」
「良い返事ね。・・・それじゃあまたね」
「うん、またね」
「なるべく早く終わらせて帰るから!」
「ばいばい」
サルザードの第九区にある唯一の魔道列車駅でのやり取り。
長い期間、離ればなれになってしまう家族のやり取りとしては短い、ほんの少しの言葉だけを交わしてお別れをする。
これには母親であるヘレナは既に言っておきたい事は全て話してあり、これ以上娘達へ出した最後の課題に対して干渉しないと決めていたからで、その考えを汲み取った三姉妹も細かい事は聞かずに、ここ数時間は本当にただサルザードを共に巡りながら他愛もない会話をして、ただ観光をしているかのように母親との思い出作りにだけ励んでいたのだ。
「行っちゃったね」
「ええ、そうね」
「ん・・・」
そしてヘレナが乗った列車を見送ったシロネ達は、それ以上一言も喋らずに帰宅する。
日が沈みかけても人が多く賑やかな帰りの道中、自分達の周りだけ異様な静寂に包まれてたように感じた。
「リタ、ティナ、これ本当?冗談だよね?」
道中ほとんど記憶に残らず覚えていないほど落ち込んで帰ってきた時と打って変わり、ちゃんと気持ちを切り替えたシロネはいつものように明るく振る舞おうと心掛けようとしたが、帰宅した際に聞かされたリタとティナの話によりすぐさまアトリエの方へと足を運び、そこで異様な光景を目にして困惑していた。
「ちがう、これはほんとの事」
「お姉ちゃんが昨日アンディさんの店で寝ちゃった後、帰る前アンディさんに頼まれたのよ」
シロネのアトリエにある作業台の上には山盛りとなった薬草とキノコ、そしてシロネが寝た後にアンディが依頼したと言う注文をメモした紙がある。
「開店するために必要な商品の作製依頼。ポーションが三百個、ハイポーション百個って、やっぱり冗談だよね?三人でも結構な量だけど」
「んーん、それはシロ姉の分。ティナとリタ姉にもそれぞれ錬成する物があるぐらい」
リタとティナも紙を見せるために差し出す。
受け取って確かめると内容も確かに違う。それによく見たら紙には破れた跡が・・・。シロネも自身の分担だと渡されたメモを確認すると同じく破った跡があり、元は一枚に記入してあった物を分担ごとに破いて分けたのだと予想した。
(これだけ一度に注文するなんてアンディさんすごい気合いだね。私も頑張らなくちゃ)
「あとお姉ちゃんが作った味変ストローみたいなオリジナル商品もあるなら持って来て欲しいそうよ。それで実は私達も何か売れる物ないか考えて錬成してみたのよ」
「味変ストローて・・・。まあ確かに名前決めてないけどね。それでこれが考え抜いて作った売り物候補と・・・」
リタとティナも何か売れそうな物を作れないか考えており、昨日の内に作製まで行動していたのだ。
「これが私の試作品ね。小型のゴーレムを錬成したわ。人型ってあんまり趣味じゃないんだけど便利かなって」
シロネの視線の先、机の上には手乗りサイズの人型で五頭身のゴーレムがいた。
ゴーレムはずんぐりむっくりで、チマチマ歩いている姿をシロネは少し可愛いと思い、その挙動に夢中になってしまう。
「お姉ちゃん?」
「あ、こほん。それでこの子は一体何が出来るの?」
現在、少し目を離した隙に倒れ、その短い手足をジタバタさせているゴーレムだ。この姿を見て何が出来るのかとシロネは全く予想出来ずリタに尋ねた。
「この子は・・・、まあ実際に見てもらった方が分かりやすいわ、ねっ!」
リタはそう言いながら倒れていたゴーレムの胴体をガッシリと掴み、そのままアトリエの天井へと放り投げる。
ゴーレムは天井に接触する寸前、自らの手足を天井に突き出して四脚で受け身を取り、そのまま引っ付いた。
「ん?投げて引っ付ける玩具?」
「そんなわけ無いでしょ。今は魔物に反応するようになってるから、このゴブリンの魔石を投げてみると・・・」
次に、リタはゴブリンの魔石をゴーレムの頭の先辺りに投げてみせた。すると、ゴーレムからけたたましいアラーム音が鳴り響く。
これにはシロネとティナだけではなく、何故か製作者である本人のリタも驚いていた。
「『機能停止』よ!」
リタからの停止の命令を受けてゴーレムはアラーム音を止め、張り付く機能も停止したのかゴーレムは天井からポトリと床に落ちてきた。
「はあ、少しうるさくしすぎたわ。次に錬成する時は音量下げないとね。ってお姉ちゃん、何で羽交い締めに⁉︎ティナも何して、みゃーーーっ!」
いつの間にか後ろに回り込んでいたシロネに拘束されたリタ。そこに正面から近づいてきたティナにくすぐられて変な悲鳴を上げた。
「こういうのは先に説明しておくべきじゃないかなー。ねえティナ?」
「ん、リタ姉は口より先に行動するのを改善すべき。これは罰、こちょこちょの刑」
こうして二人からの容赦の無い罰はニ分間にも続き、やっと解放されたリタは床に倒れ込んで乱れた呼吸を整えようとしていた。
そして、リタをそんな状態にしたシロネとティナの興味はというと、既に足元に転がるゴーレムへと向いていた。
「酷い目にあったけど、これは防犯用として確かに便利かも。つんつん」
「ん、それにリタ姉の言い方からして魔物以外にも流用できそう。つんつん」
床上に転がるゴーレムをしゃがみ込んで突っつきながら観察する二人。シロネは純粋に興味から、ティナは少し悪い顔をした。
「はぁ・・・はぁ・・・。もう二人ともひどいよ。私、くすぐられるの苦手だと知ってるのに」
「ひどい?リタ姉はまだ反省足りない」
「みたいだね。今度は足裏でもくすぐろうかなー?」
「え、あっ、ごっごめんなさいっ!もう勝手な事しません!」
復帰したばかりのリタに再び危機が迫る。
シロネとティナの二人が罰を与えるのを辞めたのはゴーレムに興味があっただけで、決して許されたわけでは無いとリタは察した。
その上、ここにきてリタは二人に謝っていない事に今頃気づき、急いで頭を下げて謝る。
「んー、許す」
「今言った事ちゃんと守ってね?」
「ありがとう。気をつけるわ」
「うんうん、それじゃあ・・・」
「リタ姉、このゴーレムの詳細教えて」
「わ、分かったから。そんなグイグイ来ないでっ。説明するから!」
説明と言っても先程シロネとティナが話していた内容が主な用途と機能で、リタの説明はもう少し詳細な性能を、後は使用した材料と錬成時間を伝えるだけとなった。
「次はティナの番」
リタの試作品について話し合った後、ティナはそう言って大きな瓶をシロネに渡す。
瓶の中身は緑色したゼリー状の物体が詰まっており、手渡した際の揺れでそれは容器内でタプンと揺れた。
「蓋を開けて中身掬ってみて」
「これ触っていいの?」
「ん、片手に収まるぐらいが丁度良い」
シロネは言われた通りに手を入れて押し返そうとする多少の弾力に抗いつつ、差し込んだ手の中いっぱいに中身を掬い上げた。
「掬ったらそこへ魔力を集中して十秒ぐらい待って、その後ゆっくりと腕の方へ魔力を動かしてみて」
「こ、こうかな・・・・・・わわわっ⁉︎」
ある程度は予想できていた。
ティナの指示通りにしたらどうなるのか。
それでもシロネは自身の腕を取り込むように這い上がってくるゼリー状の物体の感触に身構えていたが、思っていたよりブニブニとした感触が腕いっぱいに伝わってきて、つい声を出してしまった。
「うーー・・・はぁ、少し慣れたかも。改めてこの感触味わって思ったけど、よくティナはスライム纏えるよね」
「これは特別。感触そのものは本物と変わらない。サルザードに来てから既に三着分、三体錬成してある」
「ティナったら錬成したアイテム持ち込み禁止だからって、スライム錬成に必要な素材と取り込ませる服を多く持ち込んでたのよ」
ティナの未登録アイテム、ティナ命名クローススライム。
服装を一着だけしか覚えさせる事ができないが、使われている高性能な
見た目は服と変わらなくても自身や主人に迫る脅威を認識すると、一部の部位を硬化した膜へ形成させ、剣で傷つかず刺突剣の貫通を自動で防ぐ盾となる。
そして、さらに強力な攻撃は擬態もやめて、一部位に集まって防御へと対応したりもする。
おまけで魔力を流せば伸縮自在、汚しても消化して綺麗なままを維持できるときた。
そんな優れた発明品なのであったが、ティナは自分で使う分しか錬成する気がないらしく、錬金術師ギルドへの登録はしていない。
「前までは一体に丸一日掛かったけど流石に慣れた」
「ティナはすごいね、ちゃんと成長していて。私も頑張らなくっちゃ。・・・それでこのブニブニの子は何をしてくれるのかな?」
話している間に二の腕辺りまで伸びて動かなくなったスライムもどきのゼリーに三人の視線が戻った。
「シロ姉、魔力を流すのやめて見て」
「うん分かった。・・・あ、元の位置に戻ってく」
ゼリーは時間を遡るように辿ってきた道順を同じ速度で戻って行き、最後には元の位置である手の中へ収まる。
「その手にある物は瓶に戻して良い。それでシロ姉、包まれていた腕を触れてみてどう思う?」
「うーん・・・・・・あ、すごいすごい!ゼリーが通った所がお風呂入ったみたいに綺麗さっぱりになってる!ティナ、これって?」
ゼリーに包まれていた腕と反対の腕を比べてみたら違いは分かりやすかった。
「これには
「へえ、じゃあ肌が綺麗になったのって」
「ん、液体石鹸を取り込ませておいた」
それからティナの説明は続いた。
内容はこうだ。錬成した際に取り込んだ成分はそのままゼリー内に溶け込み、後に触れるそれ以外の成分は中でごくゆっくりと消化する。
ゼリーは濃い魔力に引き寄せられる性質をしており、一定の魔力を吸収するとゼリーは体積を細く先へ膨らませるように伸ばす。その際に、取り込んだ成分を触れ合っている面の外へ集中的に滲み出す設計をされている。
今回の場合はより濃い魔力を求めてシロネの肌に、ゼリー内の液体石鹸の成分を集中的に擦り付けながら二の腕まで伸ばし、吸収するべき魔力が無くなったので元の形へと滲み出した成分を回収して取り込みながら戻ったとのこと。
「このゼリーにはほんの少しだけ消化機能がある。一時間掛かっても薄皮一枚も溶かせないようなものだけど、石鹸効果で汚れが肌から浮きやすくしているのもあってゼリーが取ってくれる設計」
「なるほど、つまり水が貴重な旅や冒険の際にはとても便利ってことね。でも、使い捨てになるんじゃないかしら?」
「ならない。半日すれば一緒に取り込んだ汚れぐらい分解する」
「すごいわね・・・」
ここまでの説明でシロネとリタは、目の前にある瓶に詰まったゼリーの性能に感心していたが、このアイテムの可能性はまだ止まらない。
「それに初めに取り込ませたのがポーションなら、飲んだり掛けたりで使い切りのポーションが再利用可能。さらに傷口の細菌など分解できる」
「「⁉︎」」
ただ中身を入れ替えただけ。
だが、それだけで違う使い道が出来る応用力がある。
「欠点は取り込んだ物の本来の使い方より効果が低いぐらい。石鹸もポーションも、ちゃんと効果を出すまで時間と魔力が必要」
「うーん独特な、慣れてないとちょっとキツイ感触も欠点だと思うけど、確かにこれはすごいね」
「そうね。悔しいけど、私のより売れる気がするわ。とても便利だもの」
二人からの称賛の声を受け、得意げな表情をするティナ。
「なら二人が錬成したアイテムは、次にアンディさんの店に寄った時のサンプルとして持っていくって事で、今からは注文の品の錬成に集中して頑張ろー!」
「「おー!」」
後日、シロネ達はアンディの店へ注文分の納品に向かった。
報酬の額はとてつもなく、事前にリタとティナに渡した素材の金額を差し引いても実に魅力的な大金だ。
(これだけあれば生活は勿論、しばらく素材費だって問題なさそうね)
(すごいわ!いくらだってゴーレム錬成できるわよこれ)
(がっぽり〜)
三人は完全に浮かれていた。
しかし、報酬を渡した後に店の奥に引っ込んでいたアンディが持ってきた物、リタとティナの錬成した試作品を返却しながら口にした言葉は、浮かれた三人を冷静にさせるものだった。
「悪いがこの二つは買取できない。とても客に出せる物では無いと判断した」
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