第十八話 課題が開始される前日の様子

「あ、いけない、話し込みすぎたわ。もうそろそろお昼だから急いで何か作ってくるわね。シロネもお腹空いたでしょ」

「う、うん。昨日のお昼の前に倒れたからか、とてもお腹空いてたりして・・・」


 シロネが起きてからその場に集まって話しっぱなしで、時間は既にお昼の時間帯へと差し掛かろうとしていた。


「なにぃー?それはいけねえや。俺のアイテムボックスに食料補充しておいたから、すぐそれを食え」


 それを聞いて三姉妹は嬉しそうに、特にティナが大変分かりやすい反応を示している。


「うーん、あんまり高級なのばっかり出されるのは困るんだけど、ここはお言葉に甘えましょうか」

「やった。お肉!ミノタウロスのお肉!」

「ティナ、貴方は自重しなさい。一昨日何度もおかわりしたステーキ、ミノタウロスの上位個体のもので、そこまで厚くないあの肉一枚だいたい金貨五枚ほどするわよ?」

「ん⁉︎」


 一昨日の夕食の時、ティナはバレッタからステーキを八枚を受け取り食べていたが、まさかそんなに高価な物だとは思ってもいなかった。


「まあ良いじゃねえか。あの晩は新居祝い、そして今日は三人の門出を祝うって事でよ!」

「バレッタ大好き!」


 感極まったティナがバレッタにしがみつく。

 ティナは食べ物で完全に手懐けられた。


「うし、いつまでもここにいねぇで、リビングの方へ行くとするか!」

「「「はーい!」」」


 シロネ達はダイニングの方へ移動し、バレッタがアイテムボックスから取り出した豪勢な昼食を摂る。

 ただ先程、料理に使われた食材が高級品ばかりと聞いて、遠慮をする三姉妹は一昨日のような量を食べずに自重した。

 なんと、あのティナがそこまで食べていないのである。ただ名残惜しそうにはしていたが。




「よし、腹ごしらえも終わったし、大事な話しをしましょう。まず、いきなりなんだけど、私は今日の夕方に列車でシャンスティルに帰ることにしたわ」


 事前にいつ帰るのかを三人へ伝えていなかったヘレナが、本当にいきなりそんな事を言い出した。


「お母さん、もう帰っちゃうの?」

「ええそうよ。貴方達には既に頼れる仕事の相方もいるから任せるとするわ。いつまでも私がいると邪魔になりそうだからね」


 ヘレナはこう言うものの、実は自分でもいつ頃帰るか具体的な日数は決めておらず、娘達のサルザードでの環境が整うまで滞在する予定であった。

 けれど、自分達で取引先のアンディと話しをつけて、オリジナルの名前がちゃんと錬金術師ギルドに登録されていない有益な物の錬成にも成功している。

 それに一緒にアンディの所へ付いて行ったバレッタも、三姉妹が錬成したという物を見てサルザードでもやっていけると判断し、それをヘレナに伝えてあった。

 こうして、ヘレナはサルザードに着いた当初で考えていたよりもだいぶ早く、シャンスティルに帰る事を決断をするに至った。


「それで貴方達に例のアレ渡しておくわ」


 ヘレナはアイテムボックスから、布袋を三つ取り出して三人の前に置いた。


「これにはそれぞれ金貨三百枚入ってるわ。言ってあった通り一人ひとつ渡すわね。ちゃんと大事に、考えて使いなさい」


 三人がそれぞれ受け取った金貨の重み。一枚が例え親指の爪ぐらいの大きさだとしても、一度にこれほどの金貨を手にした事は無かった。

 だが、シロネ達はそんな大金を手にした喜びよりも不安で顔を曇らせる。何故なら目標の金貨百万枚がとても果てしないものだと実感できてしまったから。


「何よ貴方達、そんな不安そうな表情して。いつもの自信満々な態度はどうしたのよ?」

「だって、金貨百万枚だよ?正直、どれだけ大変なのか分かるけど、そこまで稼いでる私達が想像出来ないよ!」


 シロネ達がヘレナから任された仕事の中で、一番報酬が良かったものでも金貨五十枚ほどにしかならず、サルザードで目標の金額を稼ぐまでに一体どれぐらいの時間が掛かるのか、三人は全く想像できないでいる。


「んーそうねえ。確かに金額だけ見ると途方もなく感じるかもしれないけど、ここサルザードはシャンスティルに居た頃では考えられない額が動くわ。高ランクの錬金術師になったら、案外簡単に稼げるかもしれないわよ?」

「そうだな。俺が真面目に働けば、あー・・・ひと月金貨二十万は余裕で稼げると思うぞ。それにとんでもないの作ればもっと稼げる」

「ひと月で二十万枚⁉︎」

「す、すごいわね・・・」

「ん、夢がある」


 マスターランクまで上り詰めた者の稼ぎはシロネ達に衝撃を与えた。そしてさらにバレッタが話す内容は三人への追撃となる。


「錬金術は個人の腕や魔力、そして工夫する知恵といった問題はあれど、ほぼどんなものだって作れる。そうして出来たやべえアイテムなんか、一度の取引で金貨が万枚動く事なんざ割と普通だぞ?」

「錬金術凄すぎる!」

「でも一体何がそんな大金で取引されてる?」


 シロネは尻尾の毛が逆立つほど驚き、ティナはバレッタの話しに食い付く。そしてリタは呆然として無反応だった。


「俺が知ってる中で最も高値で話せる物といったらエリクサーだな。錬金術で作れる薬品の頂点様だ」


 極めた錬金術の到達点の一つ、それ一本で全ての身体の異常を取り除き、欠損部位が全て元通りに生え、そして身体の機能が若返り寿命をも伸ばすといわれた幻の薬品。

 現在平均寿命は七十と言われる常人ヒュームの中から、過去に百四十まで生きた金持ちの人物がいた。

 彼は自身の財産を全て投げ打ってエリクサーをいくつも手に入れて生きながらえた。だが、生に執着した彼が最期を迎えた時、周りには何も無くなっていたという話しは錬金術師や金持ちの間では有名だ。


「ここ数年表立って取引は無いが、エリクサーが取引されてた時の値段は確か金貨六百万が平均だったっけな。エリクサー錬成すればランクや金銭面全て、ヘレナの課題なんざ余裕で終わるぞ」

「ろっぴゃっ⁉︎む、無理です!」


 もう驚き過ぎてまともに何も言えない。

 そしてシロネ達三姉妹は思い知った。極まった錬金術は普通では考えられない事象を実現させ、それをやり遂げた錬金術師はそれ相応の対価や名誉を得る事ができる。


(頂点がすごいのは分かったけど、目標のグレイテストランクまで到達出来ただけでも金貨百万枚を稼ぐのも夢じゃ無いかもしれない・・・。よし、着実に頑張っていこう!)


「はいはい貴方達、あまりの金額に驚くのも良いけど、頂点ばかり気にしていても仕方ないわ。それは分かってるわよね?」

「うん」


 このヘレナの問いにはシロネは返事をして、リタとティナはしっかりと頷く。


「そう、なら後は自分達で考えて、わからない事はアンディ君やこれから出会う頼れる人に相談して慎重に行動しなさい。安全第一に、ね」

「「「はい」」」


 今度は三人揃ってしっかりと返事をした。

 そんな三人を見たヘレナはひとつ頷き、こう言い放つ。


「それじゃあ明日から私が出す最後の課題を始めます。目標はこの土地と家の購入額、金貨百万枚をアンディ君の所へ支払い、錬金術師ギルドからグレイテストランクと認められる事。この二つを達成出来たら、胸を張って戻ってきなさい!」

「「「はい!」」」


 シロネ達三姉妹の新たな日々が始まる。

 三人は、これから様々な発見や多くの問題を解決して・・・または起こしたりもするが、それらの経験を得て成長していくことになるのだ。

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