第十一話 最後の課題

 それからヘレナからの提案で、夕飯を取りながら課題について説明するという事になった。

 時間も結構遅く、話し合ってたらいつ食事にありつけるのか分からなくなりそうだからとヘレナは言った。


「それに夕飯はここに着いた時に頼んでおいたから、もう届いてると思うわ。楽しみにしててね?」

「ええっ!いつの間に?」

「まあまあ気にしない。ほら行くわよ」

「あ、ちょっと待ってよー」


 質問は受け付けないと言わんばかりに、ずんずん進んで先に行くヘレナにシロネ達は慌てて付いていく。

 それをデニムは楽しそうに、アンディは今まで一言も喋らず、じっとその後ろ姿を眺めていた。




「やあ待ってたよ。久しぶりだねぇヘレナ」

「バレッタ姉さん・・・。久しぶり、会いたかったわ」

「おやおや、三十五になっても姉離れ出来ていないのかい?」


 シロネ達がダイニングに着くと、ヘレナがバレッタ姉さんと呼ぶ女性が料理を並べたテーブルで寛いでいた。

 シロネ達が初めて聞いた母親の姉の存在。けれど、容姿は普通の常人ヒュームのようで、血の繋がり、実際の家族っていう訳では無さそうだと予測する。身長も二十センチメートルはヘレナより大きい。


「それはないわよ。出来てなかったらここまで中々会わないの耐えられるわけないじゃ無い」

「ふーん、まっそれもそうだな。なら可愛くない妹弟子はほっといて・・・、後ろの可愛こちゃんを頂いちゃうか!」

「むっきゅっ⁉︎」


 ヘレナと楽しそうに話すバレッタは既にシロネ達の近くまで来ていた。

 そして、つれない反応をするヘレナの代わりにバレッタが目をつけたのは、ヘレナのすぐ後ろ、料理には目がない食いしん坊のティナが一番近くにいたので、思いっきり抱きしめて捕まえるのだった。


「ん〜、髪はさらさらなのに耳はふさふさ、いや、もふもふしてるし尻尾は更にもっふもふで最高だな!」

「んーっ!んんーっ!んぅっ⁉︎」


 顔をバレッタの胸に押し付けられる形で抱きしめられたティナは、必死に抵抗していると自分の顔に当たる物を掴んだ。


(この人、シロ姉のより⁉︎)


「あの・・・、ちょっと!ティナが苦しんでいるので離して下さい!」

「おおっ!凄い力の嬢ちゃんだな。・・・んん?そのチョーカー・・・なるほど」

「え、なに?んむぅっ⁉︎」


 ティナを拘束する腕を剥がすところまでは良かったが、次はシロネが捕まって先ほどのティナと同じような態勢になる。

 しかし、バレッタはティナにした様な事をせず、空いた手でシロネの頭を撫でる。


「確かシロネだったか?適応して良かったな」

「んーむっ!ぷはぁ!バレッタさん、何が良かったんですか?それに何故私の名前を?」

「んーあー、まあ気にするな!」


 自力で脱出したシロネはバレッタがすごく気になる事を呟いたとので、尋ねてみるのだが流されてしまう。


(うわっこの人、お母さんより無茶苦茶して人を振り回しそうだよ)


「それより飯用意したから食おうぜ。保温機能を持ったアイテムの皿使っているから、ある程度の温度より冷めたりしねえが、熱いうちの方が美味いだろ」


 一悶着あったが、さっきまで最後の課題発表だからと強張っていた三姉妹はバレッタの行動で掻き乱され、ある意味緊張がほぐれた。別の気になる事が出てきたから、というのもあるが・・・。


(絶対バレッタさん、何か私が知らない大事なこと知ってる)

(驚異の・・・胸囲の格差社会。シロ姉より大きいのは強すぎる)

(大きい人がグイグイ来て怖い!)





「それじゃあ改めて紹介するわね。この人はバレッタ。私と同じ錬金術の師匠の下で一年早く教わっていた・・・いわば姉弟子にあたる人よ。本当は今日会いに行く予定だったけど時間が無いから来てもらったわ。貴方達、挨拶しなさい」


 全員が食卓につき、やっと話しが進んだ。

 まずはバレッタの紹介から三姉妹の自己紹介の流れになるのだが、どうしても最初の出来事からか、皆少し声が強張っていた。


「なあヘレナ、俺なんかしたか?」

「そりゃ初対面でいきなり窒息させられそうになったら、普通はみんな怯えるんじゃない?」

「なぬ、そっかぁ、まあさっきは悪かったな。お詫びに俺が丹精込めた料理をいくらでも食べてくれ。ヘレナから好きだって聞いてたから特上のミノタウロス肉のステーキも用意したぞ!」


 アイテムボックスから出されるミノタウロスのステーキ。それは鉄板の上で激しく油を跳ねさせ、今まさに焼かれたばかりのような状態で出てきた。


「どうだ!完成させてやったぜ。内部空間が完全に止まったアイテムボックスをな!・・・けどまあ、容量はだいぶ狭いけどよ」

「すごい。バレッタ姉さんおめでとう!」


 アイテムボックスを錬成する際、機能を調整する難易度は容量、一度に出し入れできる物の大きさ、重量、そして内部時間の順で難しくなる。内部時間が停止したアイテムボックスを作れる者など世界に十人はいないと言われているほどだ。

 そんな偉業を成したバレッタに、ヘレナとデニム、そして三姉妹もこれには大拍手。

 ただティナの目線はお肉に釘付けであったが、まあそれも無理もない。その特上のミノタウロスの肉は、三姉妹がシャンスティルで食べたものより見ただけで美味しいと分かる。

 食べるのが大好きなティナは、その肉が今までで食べたどんな肉よりも美味しいと食す前から感じ取っていた。


「ほら、全員の分は勿論、おかわりもいっぱいあるからどんどん食え」

「「「わーい!」」」


 相変わらずお肉大好きな三姉妹、自分の娘達を見てヘレナはため息をつく。


(この子達、もう課題の事忘れてるんじゃないかしら。緊張感なんて無いわね。今も「おいし〜」とか言って肉に夢中だし。あ、ティナ、その肉高いんだからもっと味わって食べなさい!)


「ごほん。貴方達、そろそろ課題について話したいんだけど良いかしら?」


 流石にシロネ達も課題と聞いて反応する。

 ちゃんとヘレナの方へ向き、真剣に聞く姿勢をとった。


「よし、それじゃあこれから課題について話します。前もって伝えてあった通りシロネ、リタ、ティナ、貴方達には今日からこの家を拠点にサルザードで錬金術師として活動しながら暮らしてもらうわね」


 ここまではシロネ達の予想通り、サルザードで錬金術師でやっていくという事は間違いでは無かった。けれど、その上で何か大変な事が用意されているとシロネは考えていた。

 そして、その予想は間違っていなかった事が後で証明される。


「ただ、そこで二つほど達成してもらう事があるの。一つ目、貴方達全員、錬金術師ギルドのランクをグレイテストアルケミスト以上になってもらうわ」


 これを聞いたシロネ達は難しい表情をする。

 錬金術師ギルドにも冒険者ギルドと同じでランクがあり、それはルーキー、ベテラン、スペリオル、グレイテスト、マスターの五段階となっている。

 ルーキーはギルドで試験を受けて合格するか、錬金術師育成学校を卒業すれば得られるランクである。シロネ達三姉妹も試験に合格して今はこのランクだったりする。


 ランクを上げるためにはギルドの依頼をこなしていけば、昇格試験を受ける権利を与えられ、合格すれば一つ上のランクへ上がっていく冒険者ギルドと同じ単純な仕組みだ。

 だが、ランクの種類が少ない分、ランクアップまでの難易度は錬金術師ギルドの方がはるかに難しい。

 グレイテスト以上は錬金術師の一割ほどしかいないと言えば、その難易度も分かりやすいだろうか。


「貴方達の知っての通り、大半の錬金術師はスペリオルで行き詰まる。昇格試験の難易度が跳ね上がるからね。私も何とかグレイテストになったんだけど・・・」

「俺はマスターランクだぞ」


 ヘレナは二十歳という若さでグレイテストランクへ上がった天才だったが、その姉弟子はさらに上を行く、錬金術師全体の僅か一パーセントもいないとされるマスターランクまで上り詰めた人物であった。


「すごい!マスターランクの錬金術師に会えるなんて!」

「そ、そうね。どうりで迫力がある訳だわ」

「リタ姉、それは関係ない」

「はっはっは!もっと讃えても良いぞ!」


 シロネはノリノリ、リタはおっかなびっくりしながらバレッタのノリに付き合っており、ティナだけは誉めながらもステーキのおかわりをもらっていた。


「ごほんごほん、私は信じてるわ。貴方達ならグレイテストぐらいなって、いずれ私を超えるマスターランクになってくれる事を・・・」

「お母さん・・・」


 バレッタに遮られたが、大事な話しなので気を取り直して続ける。今喋った事、それはヘレナの期待、本心から出た言葉だった。


「わかった。私達、グレイテストランク目指して、いずれお母さんを超えるマスターランクになるね!」

「ええ、必ずなるわ!」

「んー(もぐもぐ)」


 こうして三姉妹はサルザードで、高ランク錬金術師になるための生活が始まる・・・。


「あ、いけない、もう一つのして欲しい事を忘れていたわ。二つ目はデニムの方から説明してもらうわね」

「・・・・・・本当に良いのですか?」

「ええ、これも大事な課題、ですから」


 確認を取ったデニムは数枚の紙を鞄から取り出すとシロネ達の方へ渡し、それを受け取ったシロネは一枚ずつ確認していった。


「立地と広さ?アトリエとして開くここは第九区の一番新しい区域で、通常の住宅の四倍もの敷地がこのアトリエの土地としてあるらしいよ。建物全て最新式で耐震、耐火性に優れ、鍵は魔術師ギルドで作られた魔道具のカード?で、中に描かれた魔術回路は精密で、複製困難な上に登録した魔力を持つ者以外が使用してもアンロックは不可能だって」

「魔術師ギルドも中々やるじゃないの」


 魔術師が作る道具は魔道具と呼ばれ、特別なインクで描かれた魔術回路へ魔力を直接、または魔石をはめ込んで流して作動させる道具の事である。


「そしてアトリエにはそれぞれの作業部屋に最新式の錬成釜を、実験スペースには大型物質搬入用のシャッター付き、倉庫には素材保存用の冷凍庫二台配置。本当すごいよね」

「ん、あの錬成釜は凄かった。魔力伝達をなるべく阻害しないようにミスリルで合金された物だった」

「シャッターも良いわね。大型ゴーレム作っても出し入れが楽で良いわ」

「うんうん、良い仕事されてるわね。デニムになるべく良い場所を頼んで良かったわ」


 ヘレナの要望は、娘達が錬金術師として活動しやすい場所、それもなるべく良いところ、という条件で一週間前にデニムへ依頼していた。

 初めて頼ってきた恩人のため、張り切ったデニムは条件に合う空き家を見つけ、中を改装して錬金術師に必要な仕事道具を最新の物を配置させた。費用など度外視で、だ。


「えーと、なになに?土地と建物、そして道具や家具全てで、金貨百万枚の・・・請求?え?」


 ここまで高くてもデニムは恩人であるヘレナに感謝の気持ちとして送ろうと考えていたが、ヘレナはそれを良しとしなかった。

 それは娘達への課題の一つとして組み込むから結構だと。


「そう、それが貴方達への二つ目の課題。ここの代金、全部自分達で払ってね?」

「はぁ⁉︎お母さん何考えてるの!」

「ありえない。払えるわけがない。ママはおかしいことしてる」


 リタはキレて、ティナも珍しく非難する中、シロネは考え込んでいた。


(お母さん、やる事は滅茶苦茶だけど、いつも私達のことを考えて行動してくれてた。それにサルザードへ来る前に所持金を全てシャンスティルに置いていくように言ってた。買わせる気ならあまりにもおかしい)


「お母さん、もしかしてサルザードで錬金術師として稼いだお金で払うって事であってる?」

「流石シロネ、正解よ。デニムに頼んで分割払いにしてもらったわ。危険なんてどこにでもあるいつ死ぬか分からない世の中、そんな長い間、本来は待ってもらえるような金額じゃないんだけどね。特別に待ってくれるそうよ」


 シロネがデニムの方へ視線を向けるとペコリと頭を下げた。


「いつまでも払わない、というのは当然無しだからね?毎月、そうね・・・金貨三千枚は払ってもらおうかしら。それも錬成で作ったアイテムを販売して得た金銭のみで清算可能って事で」

「ちょ、ちょっと待って!どんどん厳しくなっていってるんだけど!もしかして、錬金術師ギルドの依頼で納品した場合、報酬のお金って」

「んー、錬金術師ギルドの依頼もこなさないといけないから、確かに厳しすぎるか・・・。分かったわ、ちゃんと証明書を見せて、その金額までなら渡してもいいわよ」


 流石にそれぐらいは譲歩をするヘレナ。

 ヘレナは課題について語る必要があるのはこれぐらいかな?と話しを切り上げようとした時、デニムが手を挙げる。


「一つ良いかね。これは提案なのですが、実はシロネくん達の課題をする横で、ヘレナ君に倣って私もアンディに課題を出そうと思ってね。ここの近くで新たに商会を立ち上げさせるので、そこに清算していただけないかな?」

「ウォーリス商会へ支払うお金なのに、その新たな商会に渡すっていう事でいいの?」

「ええ、アンディはそれを資金に収益を伸ばして目標の金額を得るのが課題です。まあ少し違いますがあの日の再現をして、アンディがどこまで出来るのか見てみたいのです」


 まあ聞いた話しと少しは似ているかもしれないとシロネは思った。

 だが、アンディの課題がかなりシロネ達次第な所があるので、かなりのプレッシャーものである。


「ただ初めに全く運用できる資金が無いのは厳しいので、金貨千枚与えます」

「あ、私の方は貴方達それぞれに金貨三百枚渡すからね。忘れてたわけじゃ無いわよ?」


(あ、って言ったよねお母さん・・・)


「おー頑張れよお前ら。期待してるからな!」

「商人と錬金術師が組んだ時の可能性、私にまた見せて下さい」

「信じてるからね、貴方達」


 大人達は期待する。自分達が育てた若手達ならきっと乗り越えられると。

 そしてこの難題を前に、早速動き出す者がいた。


「シロネさん少し相談したい事がある。食事が終わったら場所を変えて話せないだろうか?」



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