第九話 大商人とヘレナの繋がり

「すごく大きな建物・・・」


 ヘレナがまず最初にシロネ達を連れて来た場所は、ウォーリス商会と呼ばれるサルザードで一番大きな商業組織である。

 ここで取り扱われている商品は数え切れないほどで、その中にある目的の品を求め大勢の人が集まり、そして入場待ちの長蛇の列を作り上げていた。


「さあ貴方達、あの列に並ぶわよ!」

「「「えー!」」」


 人気スポットに来たのなら並ぶ事は普通なのかもしれない。だけど初めて訪れた大都会、折角ならもっと散策して色々見て回りたいと思っていた三人は、時間が取られるであろう列へ並べというヘレナの指示に不満の声を上げる。


「って言うのは冗談で、ふっふっふー、私にはこれがあるの」


 ヘレナがアイテムボックスになっている鞄から取り出したるは一枚のカード。

 光沢を放つそれは複雑な模様が入り、ウォーリス商会の建物にデカデカと描かれた紋章と同じ物がカードの中心にもあった。


「お母さん、それは?」

「んーこれはねー、まあついてくれば分かるから来なさいな」


 大勢の客を想定して用意された大きな正面出入り口から離れ、ヘレナが建物の裏へと歩いて行くのでシロネ達は不思議そうにしながらも付いて行く。

 建物の裏には商品を搬入するためと思われる頑丈なシャッターがあり、脇には警備員の詰所がある。

 だが、それだけならまだしも、三姉妹が気になったのは、そこから離れた上に見えないようにされた位置にもう一つ、不自然に大きな警備員の詰所がある事だった。

 その中には六人もの屈強な警備員達が目を光らせており、人数も搬入口側より多い。

 そんな何故あるのかも分からない上、迫力もある近寄り難さ満点な場所にヘレナは平然と近づき、待機している警備員に先程取り出したカードを差し出す。


「ここに用があるんだけど、これで入れてもらえる?」

「・・・確認させていただきます。少々お待ち下さい」


 ヘレナに応対していた警備員が、後ろで直立不動のまま待機している一人に何やら指示すると、その警備員は奥へと消えた。


 そして一分後、奥から警備員が小さな台座の様なものを持って現れる。

 台座はヘレナの対応をしている警備員に手渡され、受け取った警備員はすぐさまその上にヘレナが渡したカードを置く。

 すると台座から淡い光が漏れ出し、続くようにカードの紋章部分も光り始めた。それを確認した警備員は、台座からカードを取ってヘレナに丁寧に返却する。


「はい、確認が取れました。ヘレナ・ディーニア様ですね。会長から話しは伺っています。どうぞすぐ横の扉からこちらへお入りください」

「ありがとう。さあ貴方達行くわよ」


 詰所の中へと繋がる扉がひとりでに横にスライドして開いた。

 それを確認したヘレナは後ろで、「え、そこから入っていかなくちゃいけないの?」と言いたげな表情で固まっているシロネ達に声を掛けて、開いた扉の方へ歩いていく。

 置いていかれそうになった三人は、急いでヘレナの後ろ姿を追う形でウォーリス商会に入る事となった。





「お待ちしていましたよヘレナ君。そして初めまして御息女の皆さん。私はデニム・ウォーリス。今日はようこそいらっしゃいました」


 様々な絵画で装飾された長い廊下を進み、二階、三階と階段を登って辿り着いた部屋。

 そこでモノクルを付けた初老の男性、大商会の主であるデニムが四人を出迎えた。そして部屋にはもう一人、初老の男性の後ろには彼とどこか似た青年が続いて自己紹介をする。


「アンディ・ウォーリスと申します。商人として未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 アンディは自己紹介の締めくくりにお辞儀をした。


「シロネ・ディーニアです。こちらこそよろしくお願いします」

「リ、リタよ!よろしくしてあげても良いわよっ!」

「ん、ティナはティナ」


 丁寧に返したのはシロネのみ。

 リタは案外顔見知りで、どうも慣れた相手では無いと強く出てしまう。そしてティナは相変わらずマイペースであった。

 そんな二人にシロネは小声で注意をするが、リタは顔を背け、ティナはまるで聞こえてないかの様に振る舞う。


「はははっ、流石ヘレナ君とアレク君の血を受け継いだだけありますね」

「ちょっと、それはどういう事かしら?」

「いや、なんだか懐かし光景だなと思いましてな」

「私達の昔、そんなだったかしら?」

「ヘレナ君達がサルザードで冒険者パーティーされていた頃にそっくりですよ」


「あっ、そう言えばお母さん。デニムさんとはどうやって知り合ったの?」


 どうしてこんな偉い人と母親が知り合いになれたのか、過去話をしそうだったので純粋な好奇心からかシロネが会話に割り込んでヘレナに尋ねた。


「ふふっ、シロネ君。それを教えるには今から二十年前まで遡る必要があります」


 シロネの問いはヘレナでは無く、何故か楽しそうにしているデニムが応える。そしてそのまま質問の答えも話し始めた。





 デニムが話す舞台は、二十年前の建国して数年しか経っていないヘリアス王国にあるサルザードでの出来事。

 まだ街は無く、五つのダンジョンのために最低限の施設だけ用意された村とも呼べる規模の場所で、ヘレナとデニムは出会った。


「さあ見ていってください。このアイテムはただ火起こしをするだけのアイテムです。しかーし!ここにある初級炎魔術【着火】の魔法陣を書いた紙を丸めます。それをアイテムの火が出る所に詰めて、後は起動するだけで・・・」


 露天商をしていたデニムは客寄せのため、売り物の着火用のアイテムと魔法陣を描いた紙で起こるある現象を実演し、冒険者に売り出そうとしていた。

 今は用意する工程まで見てもらったので、後は実演するだけ。デニムはアイテムを空に掲げて起動させる。

 するとアイテムから火起こしにしては大きな炎が吹き出し、人の頭ほどの大きさがある火の玉にまでなると空へと打ち上がり消えた。


「この様に二つのアイテムと魔法陣を使うと少し火力と射程は落ちますが、お手軽に同じ初級炎魔術だが攻撃用の【ファイヤーボール】が撃てます。掛かる魔力はアイテムの分だけ。さあいかがです?火起こし用アイテムは銀貨五十枚、魔法陣は一枚で銀貨二枚になります」


 そこまで言うと周りで見ていた冒険者数名に買っていって貰えた。


「今回の売り上げは約金貨十枚分か・・・。これでどうにか食いつなげるな」


 日も暮れて人通りが少なくなってきたので、デニムは撤収しようと露天を片付け始めると、走って近づいてくる人影が一つ。


「ねえねえおにーさん、面白い商売していたね!錬金術で作ったアイテムとこれは手書きの魔法陣なのかな?・・・うん、アイテムは適正だけど、さっきのをするのに必要な魔法陣がギルドのものでは無く、自作で用意した物ならかなり利益出るね」

「・・・・・・君は何をしたいのかね?それを聞いて技術を盗むのかい?それとも魔法陣がお手製だからそこまでの価値が無いと言いふらして商売の邪魔をする気かな?」


 デニムは突如現れたまだ若い狐の獣人の少女を警戒した。

 こちらの商売の要である技術を一目で見抜き、正直魔法陣についてはかなり暴利で金を稼いでいる事を言い当てたのだ。

 かなり険しい顔で睨むデニムだったが、少女は気にした様子が無く、むしろ笑っていた。


「あははは違うよ。私が一番興味あったのはおにーさんの商売。ねえ私が作ったの任せるから売って稼いでくれない?」


 これまた突然の申し出にデニムは驚きを隠せない。会って間もない相手に買い取りでは無く委託で販売を任せようと言うのだ。


(何がしたいのだ。どういう意図で私に託す?持ち逃げは考えないのか?)


 訳がわからず数秒デニムが固まっていると、さらに二人の男女が近づいて来た。


「ヘレナ。突然駆け出すな」

「そうよ。疲れるじゃない」

「あ、アレクとメリッサやっと来た。もう二人とも遅いよー」


 二人ともヘレナと呼ばれた目の前の少女ぐらいに若く、男はヘレナと同じ狐の獣人だ。大剣を背負っている。

 そしてもう一人のメリッサと呼ばれた少女はエルフであった。大きな杖を持っており、きっと魔術師なのだろうとデニムは予想した。


「ここがダンジョンに潜る前に言ってた露天商か?」

「出たらお話しするんだー、とか言ってたわね。もう片付けしてるし迷惑なんじゃない?」


 そうだ、と内心でデニムは肯定する。

 これからアイテムを錬成して魔法陣を描かなくてはいけないのだ。

 少女の戯言に付き合っている暇は無い。


「そ、そんなこと無いよね?これは私やおにーさんにとって良い話なんだよ。だから、ね?」


(ね?と言われても結局何を売るのかすら分かっていないのだが・・・)


「もしかしてヘレナ、何を売って欲しいか伝えて無いのでは?」


 困惑しているデニムを見て、見事問題点を言い当てるメリッサ。


「あ、いけない。えーっと、あれとこれと・・・」


 アイテムボックスの機能があると思われる鞄から色々出すヘレナを見て、デニムは話し合う気が無くなった。


(アイテムボックス・・・、良家のお嬢様の道楽か・・・。下々の者に高性能なアイテムを見せて驚かせたいとか、託した物をどう取り扱うか結果を見て嘲笑いたいとかか?)


 デニムは聞いた事がある。

 貴族がそうやって下々の者に物を与え、感謝で地に頭をつける喜ぶ様や、盗みをしてまで必死に生きようとする姿を見て自尊心を満たす遊びをするとか。

 目の前に並んだ見るからに熟練の錬金術師が作ったと思われるアイテムを見て、もう既にこの若い少女が作った物とは信じられなかった。


「どうですか?どんな液体でも魔力を込めて振れば、いつかは飲み水になる水筒とか、爆発したら強烈な閃光を放つ爆弾とか・・・。後はこれ、覗いて見るだけで【鑑定】の効果がある虫眼鏡です」


(出すとこに出せばちゃんと大金で売れるものばかり。こんな寂れた商人に任せずとも店に売れるだろう。やはり道楽か、一体これだけで金貨が何枚積まれるのやら)


「とりあえず水筒と虫眼鏡は三個ずつ、爆弾を三十個渡しておきますね。売れたらお代の半分貰えたら良いので任せて良いですか?」

「多っ!?何故そんなに渡す⁉︎」

「え?だって商売するなら同じのいくつかあった方が良いですよね?」


(そうだが、本当に任せる気なのか?これだけあれば金貨百枚は硬い。持ち逃げされたら大損害だぞ?)


 どう言う反応をするのか試されているのか、もう何が何だか分からなくなったデニム。それにお代の半分、という言葉に圧倒的な違和感を感じる。


「なあヘレナ君、で良いかい?聞き間違いではなければ、まるで私が自由にこれらの値を決めて、売っただけの私が取り分の半分頂けるように聞こえたのだが・・・?」

「そうです。私が作った物なのでそこまでお金掛かって無いですから。実はですね、これから錬金術で作った物全部任せてもお金にしてくれる商人さんと繋がっておきたかったんです」


 デニムは聞いた話しだと、ヘレナという少女は錬金術師の師匠の下から離れ、今では自分の腕を試すため旅をしながら錬金術、それに冒険者として活動をしている事。

 そこでサルザードでダンジョンに潜り、様々な素材を得て錬成を行う事で上達を図る。

 しかし、金銭面を考えないとそろそろ活動が厳しくなった。けど交渉する時間や手間は惜しいらしく、この委託して売ってもらう事を思いついたとか。


「どう?どちらも得をする、うぃんうぃんな関係?ってやつになれると思うんだけど・・・」

「・・・・・・・・・わかりました。その役目、受け持ちましょう」


 たとえ騙されていたとしても手元に金になる物があるのだ。こんな関係が本当は無かったとしても構わないとデニムは考えた。それに・・・。


(碌な錬金術師や魔術師にはなれない私であったが、こんな好条件で成り上がれなければ商人としてもやっていけるはずが無い。物の値段も任されたのだ。これを幾らに増やせるか挑戦されたものだと見た)


 ここでの経験を活かし、協力している錬金術師や魔術師が作り上げた作品を上手く取り扱って利益、そして立ち上げた商会の業績として伸ばし続け、たったの二十年で世界で有数の大商会へとなったのだ。





「ヘレナ君達とは一年と少しの間でしたが、あの時の関係が無ければ、今の私は無かったでしょう。しかしあの時、突然の冒険者引退と別れを宣言しにヘレナ君が来て驚きましたが、実はシロネ君を妊ったからだと先週聞かされて、さらに驚かされましたな」

「本当にあの時はごめんなさいね」

「いえいえ、明らかに得していたのは私ですし、活動はすぐ仲間と王都へ移ったので問題は無かったですよ」


(へえー。お母さんの昔ってそんな風だったんだ。確かに口数が少ないお父さんと強い口調のメリッサさんというエルフの方がパーティーとして一緒にいたのなら、今の私達みたいかも)


「貴方は私の恩人です。だから、これからも何でも協力しますよ。そのカードがあればいつでもここに来れる様に伝えておきますから、何か相談があればどうぞお越しください」

「あはは、そこまで恩感じてもらわなくても良かったんだけど・・・。まあ今回はお願いしますね?」

「ええ、商会が保有する技術力をふんだんに使用した物を用意しました」


 ニヤリ、と今までの落ち着いた雰囲気に似合わない笑みを浮かべるデニム。


「すごい自信ね。それじゃあ見せてもらいましょうか。ウォーリス商会の技術力を」



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