第六話 狙われた狐は脱兎の如く
「突然ですが、貴方達は迷宮都市サルザードで暮らしてもらいます!」
シロネ達三姉妹が裏路地で元冒険者に襲われた日。帰宅すると既に家に帰って来ていた母親、ヘレナからの第一声である。
「えーっと、お母さん、どう言う事なの?」
「本当に突然ね・・・」
「ん、びっくりー」
戸惑い、呆れ、驚き?と三者三様の反応をした三姉妹。その様子にヘレナは少し不満げな表情を見せるが説明へと移ることにした。
「ごほん、えー昨日、隣街でたまたま出会った古い顔馴染みと一緒に問題解決に当たってね。その人はここヘリアス王国で上から五本指に入る大商会の会長で、今はサルザードに力を注いでるそうなの。物資運搬や現地で製造、不動産までも手掛けてるそうよ。そこでピンと来たの、貴方達の最終課題。現地の錬金術師として活動出来るのか、それをサルザードでやってもらいます!」
「うわっ、いつもの行き当たりばったりな思いつきだ!けど、次で最後なんだね・・・」
シロネはごくり、と喉を鳴らす。
「そう、だから一週間後、魔道列車に乗ってサルザードに行くから、シャンスティルでお世話になった人に挨拶しときなさい。持ち物はそのアイテムボックスに入る分だけ、お金と錬成した物を持って行く事禁止。とりあえずこれだけは守ってもらうわ」
えー、と不満の声が三つも上がる。
「武器はどうすれば?」
「使う分の一つだけ」
「ん!服のスライムは!」
「禁止ね」
「がーん・・・」
「えっとその、スライム繊維を織り交ぜた下着なんかは?」
「それが無いとシロネ、貴方は動きずらいのよね?魔力を込めれば激しい動きをしても衝撃を吸収するんだっけ?」
「ん、ティナの力作。だけど使う必要はシロ姉にしか無い。理不尽な格差」
「どうして私の娘なのに貴方だけそんなに成長したのかしら?これも
「違うと思うけど・・・あ、何?ティナ!ちょっとやめてよ、胸を叩かないで!」
「何してるのティナ!やめなさいよ!」
「止めないでリタ姉、これすると巨乳のご利益がある。だから最近ティナの方が・・・」
「⁉︎・・・・・・それなら私も触るぐらいなら・・・・・・」
「リタまで何言ってるの⁉︎ちょっとぉ・・・!」
大切な話しをしていたはずが何故か騒がしく、いや姦しい声が響き渡るディーニア邸。
数分後、そこには息を荒くするシロネとツヤツヤになったリタにティナ、それにヘレナがいた。
「みんなひどいよー・・・さいてーだよーぐすん」
「あはは、まあその下着は持っていって良いわよ。あとやっぱりティナの服スライムとリタも身に付けれるゴーレム装備なら良しとしてあげるから。うんうん、これもシロネのお陰よ。二人とも、感謝しておく事」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ありがと、シロ姉」
「・・・・・・・・・うん」
まだ先程のダメージのせいか、ぺたりと脱力し切って座り込むシロネが返事をする。
その時のシロネの姿は、お礼を言われる経緯が恥ずかしかったか、へなりと垂れた耳に赤らめた顔、視線は逸らして顔を少しでも見られまいと口元辺りを服の袖で隠しながら小さく恥ずかしそうに返事していた。
「何かしら、この胸の高鳴り・・・」
「シロ姉は魔性の女」
「うちの娘が恐ろしい・・・」
また怪しい光を宿した三つの視線を浴びて、ビクリと体を震わせたシロネは逃げ出した。
「わわわ・・・えと、夕食作りに行ってくるー!」
狐だけど、まるで脱兎の如く逃げ出したシロネは一瞬で姿を消した。
「あ、シロネ!夕食はもう作ってあるから配膳お願いねー!・・・・・・聞こえたかな?まあいいや、リタ、ティナ、貴方達もシロネをからかうのは程々に、」
「お母さんに言われたく無いわ!」
「そうだそうだー」
「・・・・・・あとシロネの言う事はちゃんと聞く事、いいわね?」
「逃げたわ」
「ん、逃げた」
娘達からの猛攻撃に泣きたくなるヘレナであったが、大切な事を伝えている最中なのでへこたれない。
「良い?本当に大事な事だからね。三人でちゃんと協力して困難に立ち向かうのよ?そうすれば出来ないことなんて無いんだから。あそこには凄い人達がいっぱいいる。貴方達もそうなれる様に願ってるわ」
「・・・・・・はい」
「ん」
ヘレナが真剣な事に伝わったのか、二人は神妙な面持ちでそれを聞いた。
余りにも熱が入りすぎて先程とは別の変な空気になったが、リビングの方からシロネの呼ぶ声が聞こえて来て三人は少し笑った。
「ははは、まあ貴方達はやる事しっかりすれば、既に一流の錬金術師なんだからしっかりね?さあ、リビングに行きましょうか」
その夜、シロネは眠れなかった。
今まで長い期間シャンスティルから出るなんて事もなく、当然錬金術もシャンスティルでしかした事が無かった。それが今度から自分達だけで暮らして何もかもやらなくてはいけない。
一体、外ではどうなってしまうのか?
未知という不安が胸中に際限無く湧き出てくる。だけど、その中に期待も確かにあった。母親からの期待にも応えたいとも思った。
「やってやる。やってやるんだから!」
という意気込みを胸に気合を入れた。そして・・・。
(よし!これで気合十分!だけど・・・・・・うん、余計寝れなくなっちゃった・・・)
シロネの夜はまだまだ続く。
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