第五話 三姉妹の力、シロネの源

 冒険者ギルドで昼食を食べ終えたシロネ達三姉妹は、腹ごなしにシャンスティルの街を散歩していた。

 昼時の街には多くの人で活気があり、カフェや屋台といった食べ物を出しているお店は特に書き入れ時であった。


「良い匂いがするこの辺りにいても、流石にあれだけ食べた後だと、もう何も入る気がしないわね」

「ねー、まさか一人金貨一枚分の量を食べちゃうなんて思わなかったよ」

「ん(もぐもぐ)」

「って、ティナがまだ食べてるし!よくそんなに入るわね」

「甘い物は別腹」


 いつの間にか買ってきたフルーツの盛り合わせを片手に持ちキメ顔をするティナに、リタは信じられないといった表情で見つめた。

 それも冒険者ギルドで食べたミノタウロスの肉は、一人一キログラムをゆうに超える量だったからだ。久しぶりのミノタウロスの肉に歯止めが効かず、確かに三人はお腹いっぱいになるまで食べたはずなのだったが・・・。


「まあ無理しないで食べてる分には良いけど、お腹壊さないようにね?」

「ん、当然」


 そう言って再びぱくぱくと食べ始めたティナを見て、シロネとリタは苦笑いを浮かべるのであった。



 こうして街のあちこちで何気ないやりとりや屋台に並ぶ商品を見て回り、夕方まで楽しく過ごした三人は現在、帰宅するために一番近道の帰路である裏路地を歩いていた。


「ん〜大漁大漁♪久しぶりにいっぱい買っちゃったよー」

「お姉ちゃんがそんなに買い込むことなんて珍しいわね。まあ、あんなにも色んな魔鉱石があったら選べないのも無理ないわ」

「シロ姉お金持ち。大胆な買い物、今まで貯めていただけある」

「それだけあると何を錬成するかで悩んじゃうわね」

「シロ姉が錬成する物は面白いから楽しみ」


 シロネは自身の腰にあるポーチを撫でながらすごく楽しそうに話しており、そんな姉の後ろを着いていっているリタとティナも、まるで自分の事のように嬉しそうに応える。


「あ、そうそう、お母さんがまだ戻ってきてなかったら何食べる?もし残りの食材が足りなそうなら近場で買ってかないとね」

「うーん、肉は沢山食べたし何か別の、」

「ティナは肉が良い!」

「まだ食べ足りないわけ⁉︎」

「あっははは・・・。良いけど野菜もいっぱい出すからね?」

「え、そんな・・・」


 ティナの情けない声で、裏路地に明るい笑い声が響いた。そう、それは裏路地に寄りつく怪しい者どもへ届くほどに。


 三姉妹が進む前方の曲がり角から四人、後方からは三人の武装した男達が、シロネ達を挟み込むように現れる。


「ほら言ったとおりだろ?すっげえ可愛い子達が裏路地入ったって。見つかって良かったぜ」

「ああ、特に前を歩いてる娘、すっげえスタイル良いな」

「てか普通の狐族より綺麗な毛をしてるけど染めてんのか?」


 現れた男達は三姉妹の容姿を見て、嫌な笑みを浮かべ、その笑みを確認したシロネ達は険しい表情をした。男達の目的は明らかで、正直頼んでも無駄だと思うが、シロネは一応お願いして厄介ごとを避けようと試みた。


「私達は行くところがあるので通してもらえないですか?」


 男達に向かってシロネは丁寧にお願いした。だが、そんな事を聞き入れるぐらいなら初めから、男達は出てくることは無かっただろう。


「残念、お前らは今から俺たちと夜の遊びに付き合ってもらうからな!」

「なあに、一日付き合ってくれれば良いからよ。嫌って言うなら力ずくだぞ」

「俺たちは元C級冒険者だから素直に言うこと聞いた方が身の為だぜ?」


(この人数差に元冒険者、これだけ脅せばガキなんて言うこと聞くしかないはずだ)


 周りを囲む男達は全員似たような事を考えていた。これまで何回も使い、成功させてきた必勝パターン。今回も美味しい思いが出来ると信じているのだった。


「ねえ二人とも、元冒険者だって。どうする?ボコす?」

「そうね、は持ってきてるし、元C級らしいからテストにどうかしら?」

「ん、C級相手にテストできる機会はあんまり無いからやる」


 脅したはずなのに何故かやる気になっている三姉妹を見て男達は動揺した。しかし、男達は自称ではなく、違反行為ばかりして本当に解体され、除名されたギルドのC級冒険者メンバー。

 どこか三姉妹にただならぬ気配を感じ取った男達は臨戦態勢をとった。


「リタとティナは後ろの三人お願いね。私は正面の四人倒すから」

「分かったわ」

「ん」

「よし、それじゃあ戦闘開始!」


 シロネの掛け声と共に三人はそれぞれ行動に移した。


「ファーストアタックは貰うわ!」


 そう言い放ったリタは髪に付けていた髪飾りの一つ、一番大きな物を取り外して男の一人に投げつけた。

 標的になった男は自身の顔目掛けて不自然に真っ直ぐ飛んでくる髪飾りを、左腕に装備した小楯で防ごうと構えた。

 だが、髪飾りと小楯が接触しようとした瞬間、髪飾りの軌道が変化、小楯の上を飛び越えるかのように避けて飛んだのだ。

 飛翔する髪飾りに障害物は残されていない。

 目的地である男の額に接触した瞬間に機能の一つ、魔法陣に刻まれた初級雷魔術【ショックボルト】を放ち、男は短い悲鳴を残して気絶した。


「ちょっとした攻撃機能、何付けるか悩んだけど魔法陣も使えるじゃないの。最初は購入迷ったけど悪くないわね」


「トロン!クソッ、ハンチはトロンをやった奴を、俺はこの小娘をやる!不思議な道具に気をつけろ!」

「・・・分かった。ガカンも気をつけろよ!」


 おう!と応えたガカンと呼ばれた男は、目の前にいるティナの左肩に目掛け、鞘に入れたままの剣を振り下ろした。

 相手している娘どもは、か弱い小娘などではない。シャンスティルとかいう錬金術で溢れる街で暮らす得体の知れない道具を操る相手だ。

 道具を使われる前に痛めつけて身動きを封じようと武器を使ったのだが手応えがおかしい。手にはぶよん、とした感触が返ってきた。


「無駄、剣抜けば良い」


 ガカンの一連の動作を興味なさげに身動きもせず見ていたティナは、抑揚のない声でそう言った。


 速攻で決める。何だこの感触?ナメられた!目の前の小娘に襲い掛かり、生意気を言われるまでのほんの数秒の出来事。

 その間にガカンの中で浮かんできた疑問や感情が絡まり一瞬身動きを止めそうになったが、そこは流石は元C級冒険者。

 急いでティナから距離を取り体勢を整えた。

 そして、その咄嗟にとった行動のお陰で見えるものがあった。


(ん?何だかあの小娘の左肩、服が膨らむように大きぃっ⁉︎いやっ、今動いたぞ!)


 ほんの少しの時間であったが、確かにガカンの目には、ティナの服が動いているところを見た。それはまるで膨らみなど何も無かったかのように両肩が左右均等な形になるところを。


(あのぶよんとした粘り強さと弾力がある動き、そして感触。間違いない、あれはスライムだ!)


「おい小娘!もしかしてスライムを服に模倣させて着てるのか?」


「ん?すごい、よく分かった」


 ガカンの指摘にティナは本当に驚いた。

 この服を模倣しているスライムは、ティナが実際の服を吸収させ、手触りから重さまで完全にコピーさせたもので、家族以外にはバレた事のなかったからだ。

 ティナは、スライムが一部擬態を解いてまで衝撃を殺しす程の威力で攻撃された事を知らず、呑気にパチパチと拍手を送っていた。だが、そんな余裕たっぷりなティナの態度はこの後急変することとなる。


「でもあれだな。街を彷徨いてるっていうのに着てるのはスライムって・・・。小娘、いやお嬢ちゃんって変態なんだな」


「は?」


「だってその下、何か着込んでるのか?もしかして下着、いやいやまさか素っ裸なんて、」


「それはない。あとお前は殺す。【身体強化】」


「っと、いきなりかよ!【身体強化】!」


 初級心体魔術である【身体強化】を唱えた瞬間にガカンへ殴りかかったティナ。

 ガカンは、それを鞘に入ったままの剣の腹で受け止めながら自身も【身体強化】を唱えた。


 【身体強化】は己自身の魔力を血液のように肉体の中で循環させ、全身の身体能力と強度を高める効果がある。今の二人は常人が出せる身体能力を超え、力は本来の倍以上出せる状態になった。


「逃げるな。面倒くさい」


「それは無理な相談だ!速すぎんだろ!どれだけ【身体強化】上手いんだよ!」


 実は【身体強化】は使用者によって効果量がだいぶ差ができ、保有魔力量や魔力コントロールがどれだけ優れているかで違いがハッキリする。

 シロネ達錬金術師は錬成中ほぼずっと魔力を流す必要がある。その上、錬成釜の中をかき混ぜる際は、中身を自分が望む形にするため魔力で操り導く必要があり、その錬金術で培われた魔力コントロールの精度は、型に沿って魔力を流して魔術を唱える魔術師より上なのであった。


「そこ」


「何だっ⁉︎ぐえっ!」


 ティナの猛攻を凌ぎきれず、ガカンは少しでも距離を取ろうとバックステップを踏んだ。しかし、その僅かに両足が地から離れて回避不能となった隙をティナは見逃さない。

 ティナの服装に模倣したスライムの右の袖部分が伸び、ガカンの首を捉えた。そしてスライムはそのまま首を包み込んで、思いっきり引き寄せたのだ。

 伸びていた袖部分が引き寄せたら最後、スライムが元の袖の形に戻る時、そこに残るものは・・・。


「ぱーんち」


「−−−ぇ!?げほっ、ごほっ!」


 終着点まで引き寄せられたガカンを待っていたのはティナの拳だ。

 ガカンの喉に拳が刺さり、その場で膝をついて悶絶した。それだけで済んだのは、ガカンは【身体強化】を使っており、ティナは拳を突き出していただけなので、物凄く痛いだけで終わった。けれど、ティナの攻撃は終わっていない。


「とりゃー」


「ぐはぁっ・・・あごッ!・・・・・・・・・」


 ティナは丁度低い位置に来ていたガカンの顎を拳で捉え掬い上げた。【身体強化】を使ったティナのアッパーは大の男を吹き飛ばすこともでき、ガカンは後頭部から落ちて気絶した。死んではいない。ティナはちゃんと確認した。


「ティナ、随分時間かけてたじゃない。こっちはとっくの前に終わってるわよ」


 ティナがリタの方へ視線を向けると、そこにはハンチと呼ばれた男がリタの近くで転がっていた。


「ん、元冒険者だけあって頑丈だったから、ちょっとイライラぶつけてた」

「そ、そう、まあこれでこっちは終わったわね。お姉ちゃんの方は・・・・・・あれは戦闘訓練でもしてるのかしら?」

「ん、普通に戦っていたのならあの程度瞬殺してる」

「そうね。早く帰りたいし声掛けるわね。・・・お姉ちゃーん!こっちは終わったわよー!ちゃっちゃと片付けちゃってー!」

「はーい!じゃあちょっと待っててねー!まず一人目!」


 戦闘が始まってから今まで、シロネは【身体強化】を使った相手四人に囲まれて戦っていた。

 初めは四人で一人を相手するという事もあり囲って取り押さえようと動いた元冒険者達は、躱されたり逸らされたり、さらには投げられたりもしたので、現在では各々の武器を鞘に収めたまま戦っていた。

 ちょっとした訓練のつもりで実戦経験を積もうとしていたシロネであったが、リタに急かされてしまったので自分から攻撃する事を解禁。早速一番近くにいた短剣使いの男の腹に蹴りを入れる。

 蹴られた短剣使いは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた激痛で意識を手放した。


「おいおいおい、あの女どんな力してんだよ!【身体強化】唱えてないよな?素であんな力してるのか、化け物め!」


「あ、ひどい!人を化け物呼ばわりして!」


 獣人は常人ヒュームより身体能力が元から高い。だが、シロネが見せた怪力のように、人族でここまで力の差がある種族はいない。

 だから、剣士は【身体強化】を唱えていないシロネを見て驚いたのだ。


「待てよ。もしかしたら身体能力を底上げする道具か恩寵グレイスを持ってる可能性があるぞ!」

「いやいや、道具は流石にないだろ。あそこまで強化される道具なんて古遺物アーティファクトレベルだ。まだ恩寵グレイスの方が可能性高いだろ!いや、絶対そうだ!」


 男達が咄嗟に交わした憶測は的を射ており、シロネの力の正体は恩寵グレイスであった。


 恩寵グレイスとは、生まれた赤ん坊がごく稀に宿しており、その者は特別な力を発現させた能力である。

 動物と会話できる者、魔力操作が異様に上手く、魔術を幾つも同時に唱えれる者、そしてシロネの授かった恩寵グレイスみたいに超人の肉体を得た者など様々である。


 シロネの恩寵グレイスの能力は、まるでドラゴンのように力強く、女性らしい柔らかさはあるものの、鋼の剣で斬られたり素手で岩を殴って壊しても皮膚すら傷つく事がない。

 そして、大量錬成を披露したように保有魔力も異常であり、道具を使っても測定出来ないほど底無しである。

 誰もが羨むような力だが、実は良いところばかりでは無い。

 まずこの力は制御不能で、常に能力が働いているということ。幼少期の頃は、ただシロネを苦しめるだけの力であった。

 手に取ろうとしても何もかも壊してしまい、生まれてきた妹達にも触れられない。物心ついて間もないシロネには、あまりにも辛い生活を送る日々だった。

 しかし、シロネが四歳になりしばらくしたある日、ヘレナがミスリルやオリハルコンといった金属で作ったチョーカーを用意した。これを着けたシロネは今までに無い脱力感を味わい、それが普通の人と同じ感覚だとヘレナから教えられる。

 シロネは差し出されたヘレナの手を握り、少し歩けるようになっていた妹達に会いに行き初めて触れる事が出来たのだった。

 この時からか、シロネも便利な道具を作り、誰か人助けが出来るようになりたいと考える様になる。自分を救ってくれた母親の様に一流の錬金術師になれば、きっと叶うと信じて。



「うんうん。久しぶりに解放したけど、ちゃんと良い具合に調整できてるね」


 戦闘する時はチョーカーに魔力を流し続ける事で、力を抑える効力を弱める事ができるのもヘレナから教わった。

 シロネの本来は制御不能な力はチョーカーによってどうにかなったが、あと一つ致命的な欠点もある。それは殆どの魔術が使えないのだ。

 心体魔術といった自身の中で完結するものは使えるのだが、魔力を体外に放出して魔術を唱えようとすると、途端に魔術としての形が霧散してしまう。

 底無しの魔力を保有していても魔術は殆ど使えず宝の持ち腐れとなるところだったが、シロネは一流の錬金術師になるために沢山錬成を行える魔力があると言うだけで嬉しかったので、実は魔術を使えなくても気にしていなかったりする。


 こうして理不尽で強大な力の恩寵グレイスと向き合い、今では問題なく日常を過ごす事ができる様になったシロネは、今日も目の前に現れた障害、特に妹二人を守らんとその力を振るう。



「二人目!そして三人目っと!ふぅ、さあ後は貴方だけです。どうでしょう、もし六人の介抱を任せてもいいなら見逃しますけど・・・」

「しますします!やらせていただきます!」


 次々に標的とした男達の前に一瞬で移動しては相手を張り倒す圧倒的な暴力を前に、最後に残った一人が腰を抜かした事で動きを止めたシロネ。

 それならと見逃す代わりに気絶した男達の面倒を見るように交渉した。早く帰りたかったし、全員気絶させたら放置は出来なくなるので取った手段である。


「そう良かった。リタ、ティナ、それじゃあ行こっか。あ、そうそう、これをどうぞ」


 快く承諾してくれた男の前に、シロネはポーションを気絶した男達の分だけ置いて立ち去った。

 その後をリタとティナは急いでついて行く。


「お姉ちゃん相変わらずね。襲ってきた奴らなんて放っておけば良いのに」

「うん、でもやっぱり怪我させたと思うとどうしてもね。本当にC級冒険者なら問題ないと思うけど、」

「シロ姉、もう気にしない。それよりも夕飯どうするの?」

「あー、もう家にある物でどうにかしない?買い物する気分じゃないわ」

「そうだねー。うん、帰ろうっか」


 もう既に暗くなりつつある街並みを通り抜け、三人は真っ直ぐ帰路を駆けた。

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