第四話 仕事の対価

 シロネが妹達からプレゼントを贈られた日の翌日の昼前、三姉妹は冒険者ギルドにポーションを納品するためにお出掛けしていた。


「ねえ二人とも、冒険者ギルドの納品終えたら街を回らない?お昼も何処かで食べちゃいたいし、何か掘り出し物もあるかも」

「良いわね。お金も入ってくるから、何かゴーレムの良い素材でも探そうかしら」

「ん、賛成。でもリタ姉がまた無駄遣いする」

「無駄じゃないわよ!それにティナだって人のこと言えないでしょ!」

「違う。ティナのスライムで必要な素材は安い。でもリタ姉が外出すると毎回ゴーレムの高い素材買ってる」


 バチバチと、二人の間で火花を散らす睨み合いが始まってしまった。


(あらら、始まっちゃった。何か最近見たことあるやり取り。何度も何度も、喧嘩するほど仲が良いって言うけれどねー・・・)


「はいはい、もう喧嘩しないの。目立っちゃってるから早く行くよー」


 そうやって三人は、いつものやり取りをしながら人々で賑わう大通りを歩く。

 時折、たまたま出会った顔見知りに挨拶や話しをしたりと交流し、ついに目的地である大きな建物、冒険者ギルドへと辿り着いた。


 ここは本来、大勢の冒険者で溢れかえるような賑やかな場所であるが、今は昼時、朝早くに貼り出される依頼書を争うように取り合った末に、受けた依頼で遅くまで帰ってこない冒険者がほとんどで、昼には基本的にギルド職員以外居ないのが普通だ。

 だが、昼でもギルドに少数の冒険者が居ることもある。それは出遅れ組や街にやって来たばかりの冒険者、あとはギルド内にある酒場で飲んだくれている者だ。

 三姉妹が納品に訪れた本日は、数名の飲んだくれが居るのであった。



「セシルさん、お母さんの代わりにポーションの納品に来ました」


 冒険者ギルドに入るなりシロネが話しかけたのは受付嬢の一人で、ギルド職員の中でも一番仲の良いお姉さんだ。


「あら、シロネちゃん達が来てくれたの?忙しいヘレナさんに急ぎの依頼してごめんなさいね。ヘレナさんにも伝えてもらえるかしら」

「それなのですが、えーと、その忙しいお母さんの代わりに私達がポーション作って持って来たのですが・・・」

「ほんと!?シロネちゃん達、ヘレナさんにギルドの依頼任されたのね」

「はい。あの、何か問題がありましたか・・・?」

「あっ、ううん違うの。シロネちゃん達がヘレナさんに仕事を任されるようになって嬉しいなーって。私はちゃんと三人が腕の良い錬金術師だって信頼してるから。それこそ錬金術の街と言われるここ、シャンスティルの中でも上位に食い込むような、ね」


 セシルのその言葉には、お世辞など一切含まれていない。本当に心の底からそう思っている事が伝わってくる。

 シロネ達三姉妹は、子供と侮ったりせずに真摯な態度で評価してくれるセシルを大変好ましく思っているのであった。


「けどごめんなさい。納品される物は絶対に鑑定室で一度確認される事になってるから。鑑定出来る職員に証明書貰って来てもらえるかな」

「はい。大丈夫です。お母さんが錬成した物だって絶対鑑定して確認される事は知っています。それじゃあ私は鑑定室にポーション持っていくから二人は、な、か、よ、く!ここで待っててね?」

「分かったわ」

「ん」


 二人は揃って素直に返事した。

 また喧嘩を始めると、そろそろシロネが本気で怒りだすと感じ取れたからだ。


(お姉ちゃん本気で怒ると怖いのよね)

(シロ姉の激怒は恐ろしい)


「リタちゃんとティナちゃんがお姉ちゃんを待っている間、二人には果汁水出してあげるね。酒場の方で待ってて」

「ありがとうございます!」

「ありがと」


 二人の事はセシルに任せ、シロネはギルド内にある鑑定室へと向かう。


 鑑定室に入ると、そこは対応窓口があるカウンターがあり、向こうには行けないように遮られている。見えないようになっているが、カウンターの奥で動き回っているギルド職員の気配がある。

 しかし、カウンターには一人も職員が見えなかったので、シロネは備え付けの呼び鈴を鳴らす。すると、一人の職員が応対するため、こちらにやって来るのがわかった。


「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「依頼品を納品するために確認をお願いします。これが依頼書です」


 シロネは冒険者ギルドの依頼書を渡した。

 鑑定室では、納品する物の確認の他に、鑑定依頼したい物を持ち込んで鑑定してもらう事が出来る。

 前者は冒険者ギルドの依頼書を、後者はセシルが居た受付で、どのような物を持ち込むのか提示して、渡す為の書類を作成してもらう必要がある。


「確認しました。ポーション五十個にハイポーション三十個ですね。量が量ですので、足元にある箱に入れてください。入れた物はこちらに送られるようになっているマジックアイテムです。消えたわけではないので安心してください」


 シロネは足元には、カウンターと同化して突き出てるような形になっている箱があり、箱の底に魔法陣が描かれている。

 魔法陣は魔術師ギルドで日々研究されている魔術の一種であり、書く内容で様々な効果を発揮する物を作るという点から、錬金術の商売敵であった。


(転送用魔法陣、対となっている出口の方の魔法陣へ物をテレポートさせることができるんだっけ・・・・・・。ふ、ふーん。確かに便利だけど、錬金術だって負けないもん)


 シロネは腰にあるウエストポーチから、ポーション五十個、ハイポーション三十個を次々と取り出して箱の中に入れてゆく。

 見た目からポーションの瓶が五個も入るか分からないようなポーチの大きさだが、このように大量の物を持ち運べたのはアイテムボックスと呼ばれる錬成物であったからだ。

 アイテムボックスは錬金術で製作され、色々な容器を本来の容量より多く収納する事が出来るようにした物の総称である。

 性能もピンキリで、収納容量、取り出し口、重量軽減、内部経過時間という項目で、アイテムボックスの性能が表される。

 収納容量は単純にどれだけ入れられるか。

 取り出し口は、バックにどれほどの大きさの物を一度に入れられるか。

 重量軽減は、入れた物の重量がどれだけ減るのか。

 内部経過時間は、入れた物のが内部で経過する時間の速度の違いである。


 かつていた大賢者と呼ばれた者が錬成したアイテムボックスは、豪邸を丸ごと収納しても容量に余裕があり、内部の時間も止まっていて食べ物も腐らず、重さも感じ無かったとか。


 シロネが持つ物は、ヘレナが三姉妹にそれぞれ一つずつ渡した物であり、それらの性能を簡単に言えば、ポーションの瓶が三百個ほど入り、ロングソードぐらいの長さのものなら出し入れでき、ポーション三百個入れても重さはあまり感じられない。バックの中は、外と時間の流れは変わらないと言った具合だ。

 例の大賢者が錬成した物と比べると見劣りするが、この性能でも商人や冒険者からしたら垂涎の的であり、出すとこに出せば大量の金貨が得られること間違え無しの希少な物なのである。


(うーん、でもまあ、どっちも便利で人の役に立つんだから、どっちかが廃れるより、切磋琢磨して発展できる関係になれたら良いよね)


 シロネがそんな事を考えながらポーションを箱に入れてから五分ほど待っていると、カウンターに先程のギルド職員が戻って来た。


「お待たせしました。納品された物は大変良い物でした」


 大変良い物、それが聞けて内心とても喜んだシロネ。カウンター越しでは見えない位置で、小さくガッツポーズをした。


「こちら、達成のサインをした依頼書と納品された物の品質を保証する証明書です。物はこちらでこのまま管理しますので、この二枚をギルドのエントランスにある受付に提出をして報酬を受け取ってください。本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 シロネは鑑定室から退室して、妹達が待つギルドのエントランスに戻って来た。

 そこには飲み物をもらってちょびちょび飲んでいるリタとティナは酒場に、受付にはセシルが居た。


「セシルさん、戻りましたー」

「おかえりシロネちゃん。その様子だと大丈夫だったようね」

「はい!これ、確認お願いします」

「どれどれ・・・・・・うん、問題無し。それじゃあ報酬を用意するから少し待っててね」


 シロネが差し出した二枚の書物を確認し、セシルは報酬を用意するためにギルドの奥へ向かった。

 シロネは、セシルが戻って来るまでのんびり待っていようとしていると、酒場の方からリタとティナが近づいて来ていた。


「納品した物は無事に受理された?」

「バッチリ!鑑定してくれた職員さんに褒められたよ」

「ふふん、まあ当然ね」

「ん、ママに厳しく教わった課題が活かせた」


 ヘレナは三人に錬金術を教える時、絶対に達成しないとこれ以上教えないと言い聞かせていた課題が幾つかある。

 その中にはディーニア家、ヘレナが決めた基準の高品質なポーションを毎日錬成して、良くも悪くも変化させないように品質を保つ訓練をした。

 そして慣れれば一週間、ひと月と空ける期間を増やしても、問題なくその条件を守る事が課題であった。

 この課題は、商人など定期的に取引する客先相手と契約した時、納品する度に品質の違いなどでトラブルを発生させないために必要な技術だと教わった。そして家族内で同じ物を錬成してまとめて納品する際や、複数回に分けて錬成する時にも有用なので、三人は確かに必須だと納得した。


「はーいおまたせ。報酬はポーション五十個で金貨十枚、ハイポーション三十個で金貨十二枚ね。はいどうぞ」

「ありがとうございます。それじゃあ報酬は、」

「ティナとリタ姉が六枚、シロ姉に十枚で」

「それに昨日の分返すから私は五枚で、お姉ちゃんに一枚追加よ」


 当たり前のように報酬を山分けにしようとしたシロネであったが、先に妹達が正しい分配を口にした。


「お姉ちゃん、また前みたいにある程度均等に分けようとしたでしょ。お姉ちゃんの方が仕事しているんだから報酬もちゃんと受け取ってよね」

「でも・・・・・・三人で取り組んだ仕事だし、別におかしくないよね?」

「ん、けど今回は仕事量が明確な上、その働きの報酬もはっきりとしてる。ポーションの錬成はシロ姉一人で完遂した。金貨十枚は受け取るべき」


 三姉妹がヘレナから依頼を任される時、三人で取り組むように言われている。

 そうなると、どうしても一度に多くを錬成できるシロネの仕事量が二人より多くなってしまうのだが、シロネは毎度報酬を均等に分けていた。


「私達が自由に錬金術出来るように、多くの報酬を与えようとしてくれるのは嬉しいわ。けどね、働いた分はちゃんと対価を受け止めるべきよ。見習い錬金術師の時代は終わり。これからはプロの錬金術師として自らの仕事の成果を誇るなら、それに見合う報酬を主張するべきよ」

「それは・・・・・・うん、そうだね、わかったよ」

「シロ姉もしたいように錬金術する」


(私がやりたい錬金術・・・・・・、それは・・・・・・)


 シロネは自身の首にあるチョーカーをそっと撫でた。


「まあ、それはお姉ちゃんが自由に考えるべき事でしょ。それよりも・・・」

「ん、もうお昼。お腹空いた」 


 丁度二人のお腹から可愛らしい音が鳴った。


「ふふっ、そうね。じゃあご飯に行こっか?」

「ええ」

「ん」

「それじゃあセシルさん。私達は行きますね」

「はーい、またよろしくお願いしますね。・・・あ、そういえば昨日の晩に良いミノタウロスのお肉が入ったので、酒場の限定メニューにステーキで出しているのですが・・・」


 歩いて去ろうとしている三姉妹の足がピタリと止まった。


「お姉ちゃん!」

「シロ姉!」

「うん!セシルさん、ミノタウロスのステーキとりあえず三人前、お願いします!」


 三姉妹はセシルの所まで引き返した。

 お肉大好き、特に好物の牛肉で最高峰クラスのミノタウロスという魔物の肉に釣られた三姉妹は仕事で得たお金を使い、腹一杯に満たされるのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る